透
取材に応じたNISIKIの元護衛は、カップのコーヒーに視線を落としたまま、静かに口を開いた。
……はあ。
もう、いい加減にしてほしいんですよね。
俺はあの頃、本気で美鈴様のことを思ってたんです。誰よりも。護衛として近くに置かれて、一日中傍にいることが許されてたのは俺だけでしたから。食事の時間も、読書の時間も、少し体調が悪そうな顔をした時も、全部俺が最初に気づいてました。
「今日はページが進みすぎですよ」
「飲み物、少し冷ましてからにしてください」
「昨日より顔色が悪いです。無理しないでください」
何度も言いました。うるさがられたことだってあります。でも、言わずにはいられなかった。放っておけなかったんです。あの方は無防備すぎる。箱の中で育った人は、危険がわからない。だから俺が、言わなきゃいけなかったんです。
それを「鬱陶しい」とか「息苦しい」とか言われた時期もありましたよ。
……言われました。直接ではないですけど、態度でわかりました。
でも、俺は耐えました。気弱なだけですから。怒鳴られたらすぐ萎縮するし、強い人の前だと何も言えない。実際、宗玄様の前ではほとんど頭を上げられませんでした。それでも美鈴様の側だけは離れなかった。離れたら、何かあった時に守れないからです。
まあ……守りましたよ、実際に。
あれは美鈴様がまだ箱の中にいた頃です。NISIKIに大規模な襲撃があったんです。裏社会の連中が手勢を引き連れて押し入れてきた。守衛のほとんどが別の部署に回されていて、戦力が手薄だったんです。
誰も、俺に期待してなかったと思います。気弱で、目立たなくて、いつも美鈴様のスケジュール帳を確認してるだけの男ですから。
でも、俺が出ました。
廊下に刃糸を張りました。見えにくい、細い、切れ味のいい糸です。
俺の武器です。
襲撃してきた男たちが勢いよく飛び込んできたところを、膝の裏、手首、首筋にかけていきました。走れば走るほど糸が食い込んで、自分で自分を切り刻む形になる。
悲鳴が上がって、血が床を滑って、何人かが動けなくなりました。残った連中が俺を狙って銃を向けてきた時も、俺はただ糸を追加で張っただけです。弾を撃たれそうな軌道にも、糸を。
……気弱なんですよ、俺は。だから正面から殴り合うなんて無理です。怖いし、手も震える。でも、糸なら張れる。見えないところに、執拗に、何度でも。
結局、その日は中まで侵入されることはありませんでした。美鈴様は無事だった。俺が「今日は外出禁止です」「窓から離れください」と何度も言って、部屋から出さなかったからです。
誰も、あまり感謝しませんでしたけど。
「透がやったのか」みたいな顔をされただけでした。
……まあ、いいんです。俺は美鈴様が無事なら、それでよかったので。
結局、あの方は出ていきました。
箱を抜け出して、外の男……いや、女ですか。運び屋とかいう。
俺がどれだけ止めたか。どれだけ「危険です」「戻ってください」と繰り返したか。聞いてもらえませんでした。
……で、ですよ。
美鈴様のことは、もう過去です。
……なのに、です。
たまに思い出すんですよね。あの、箱の中で本を読んでいた横顔とか。俺が「今天是ここまでにしときましょう」って本を閉じさせた時の、少し残念そうな顔とか。
「透は本当に細かいね」って、困ったように笑われたこととか。
……いや、思い出さないようにしてるんです。してるんですけど。
どうせあの方も、俺のことなんてほとんど覚えてないでしょう。ねちねちうるさい護衛がいたな、くらいにしか。
刃糸で人を斬ったことなんて、知らないでしょうし。
俺の方が一方的にいろいろ思ってただけです。独りよがりなだけです。わかってます。
でも、わかってても、こうして愚痴の一つも言いたくなる時があるんですよ。
はあ……。
もう、いいんです。
美鈴様は美鈴様で、外で好きにすればいい。
……本当に、もう、いいんです。




