宗継
天城紫苑達が敗れたその日の午後。
「おい宗継〜、本当によかったのか〜?」
用心棒ヴィクトールはハンバーガーへとかぶりつく宗継へ尋ねた。
高級車の後部座席で、宗滅は真面目な顔のままハンバーガーを両手で持っていた。ケチャップが指に少しついている。彼はそれを気にする様子もなく、ゆっくりと噛み締めてから答えた。
「問題ない。祖父は私にNISIKIを任せた。つまり、私の判断で動いていいということだ」
「判断って、それか〜?」
ヴィクトールが顎でハンバーガーを示す。
宗継は真顔のまま頷いた。
「雷真は世俗を学ぶために街へ出たそうだ。私も長男として、同じことをしようとおもってな。庶民の味を知らねば、民の心はわからない」
「で、その『庶民の味』がファストフードのハンバーガー?」
「ああ。安い。早い。それなりにうまい。合理的だ」
ヴィクトールは溜息をつきながら自分の分のポテトを摘まんだ。この男は昔からこうだった。言うことはいちいち真面目で立派なのに、やっていることは大体ずれている。
「で、巌巌会の件は?」
宗継の手が、わずかに止まった。
「……祖父が直接動いた以上、私があれこれ言う立場にはない。ただ」
彼はハンバーガーを置き、窓の外を見た。キーリオスの雑多な街並みが流れていく。
「あの人も、結局は逃げていたんだろうな。家族からも、自分の居場所からも」
「お前も逃げてるだろ」
「違う。私は『学び』をしている」
「ハンバーガー食ってるだけだろ」
「学びだ」
真顔で言う宗継を見てヴィクトールはもう突っ込むのをやめた。この調子で今日も「世俗勉強」が続くのだろう。昨日はコンビニの揚げ物を全部制覇すると言い出し、一昨日はゲーセンで爪を折るまでUFOキャッチャーをやっていた。どれも「民の娯楽を知るため」という大義名分付きである。
車が少し揺れた。
ヴィクトールの目が細くなる。後部座席から周囲を確認する。特に異常はない。だが、今朝からどこか引っかかるものがあった。紫苑が倒されたという情報が裏社会に流れ始めていて、ギャングの動きが忙しない。特にキーリオスに潜入している巌巌会の構成員は何か暗躍しているそうだ。
「おい宗継。今日は早めに戻ろうぜ〜」
「まだだ。次はあの『回転寿司』というものを体験する」
「はあ?」
「レーンに流れてくる料理を、自分の意思で選ぶ。選択と責任を学ぶのに適している」
「ただ食いたいだけだろ」
「学びだ」
ヴィクトールは額を押さえた。
そのときだった。
交差点で信号が赤に変わった瞬間、右斜め前から黒いバンが急接近してきた。ヴィクトールの手が即座に動く。
「……来たな」
宗継はハンバーガーを袋に戻し、静かにシートベルトを確認した。表情は相変わらず真面目だった。
「ヴィクトール。対応を頼む」
「わかってるよ〜。けどお前も少しは緊張しろ」
「緊張している。だからこそ、冷静に対処する」
言いながら、宗継はポケットから折り畳み式の小型端末を取り出し、何事か入力し始めた。覗いてみると緊急連絡ではなく、どうやら回転寿司の店舗検索らしい。
ヴィクトールは本気で呆れた。
「お前な……」
バンが急停止し、ドアが開く。黒服の男たちが降りてくるのが見えた。巌巌会の構成員だ。紫苑が敗れた今、焦っているのだろう。
ヴィクトールがドアを開け、外へ出る。
「宗継、車から出るなよ」
「わかっている。私はここで民の味を守り続ける」
「ハンバーガーのことだな?」
「学びだ」
ヴィクトールはもう何も言わず、前へ出た。
車内では、宗継が真面目な顔のまま、袋の中のハンバーガーを見つめていた。ケチャップが少し布に落ちそうになっている。彼はそれを丁寧に拭き取り、静かに呟いた。
「……やはり、庶民の味は奥が深い」
外では、すでに最初の銃声が響いていた。




