真意
「あなた達の目的はなんなんですかあ?」
カテリナはおずおずと、だがまっすぐに天城紫苑へ問いかけた。
「ふふ、目的? そうね……けれど、あなたが期待しているほどの壮大な目的はないかもしれないわ」
紫苑は口元に小さく手を当て、上品に微笑む。
傍らに立つ龍牙はいつの間にスーツに着替えており、腕を組んで平然と壁にもたれかかったまま、二人の会話を静かに聞いていた。
「そ、それって……どういう意味ですか?」
「目的はたった一つ。龍牙を、名実ともに『最強の用心棒』に仕立て上げることよ」
紫苑の瞳の奥で、底知れない光が妖しく揺らめく。
「意味が分かりません……!」
「それもそうね。じゃあもっと詳しく説明してあげるわ。もう知ってるかもだけど龍牙の能力は"二つ"「不死身」と「肉体操作」。この時点でほとんどの人が最強だと思うわね?」
「?……はい」
「たけど盛者必衰。不死身にも弱点がある。それが記憶の消耗。それを解決するのが私の生き物を生み出す能力、憶食生物なの」
話がまだ全く見えなかったが紫苑はまた話を続ける。
「金魚は人を捕食して記憶を得る。医師は人を治療をして記憶を得る。白鯨は目で見つめた者の記憶を奪い、対象を消滅させる。そして、これらで奪った記憶は全て誰かに移し替えることができるの」
龍牙は壁にもたれたまま、腕を組んで苦笑した。
「俺も最初聞いた時は『何言ってんだこいつ』って思ったぜ。」
「まあ、失礼ね」
紫苑は少しだけ頬を膨らませる仕草を見せたが、その声色はどこまでも穏やかで、かえって不気味だった。
「ですが……今ではきちんと理解してるんでしょ?」
「まあな」
龍牙は後頭部をポリポリと掻きながら苦笑する。
「ある日、俺が再生するたびに削られて失っていく記憶を、お前が集めてきた記憶で補填できるって言った時は、流石に笑うしかなかったがな」
「本来なら、記憶という精神の核が底を突いた時点で『黒峰龍牙』という存在は崩壊して終わりよ」
「けど、紫苑がいる限り、その『燃料』はいくらでも補充できるってわけだ」
カテリナは目を見開いたまま、言葉を失った。
「じゃあ……今まで奪われてきた人たちの記憶は、全部……」
「ええ、すべて龍牙のため」
紫苑は一切の迷いもなく、愛おしそうに言い切った。
「彼が何度傷つき、何度その命を散らせようとも、私の傍らで戦い続けられるようにするためよ」
冷たい静寂が部屋に落ちる。カテリナは胸の奥から込み上げる激しい感情に、思わず拳を強く握り締めた。
「そういう理由で……」
「もちろん、万能な奇跡ではないわ」
紫苑は静かに首を横へ振る。
「他人の記憶をそのまま注ぎ込んだところで、それが龍牙自身の思い出にすり替わるわけではないもの。ただ……失われて削れていく記憶の”空白”を埋め立てるための、良質な代替物にはなる」
「いわゆる、精神の『燃料』ってやつだな」
龍牙は自嘲気味に頷いた。
「だから昔の思い出が元通り戻ってくるわけじゃねぇ。けど、能力を維持して生き永らえるには十分すぎるんだ」
「つまり……」
カテリナは震える声で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あなたたちは、そのために……」
「ええ」
紫苑は隠すことすらしない。
「あの学校も」
「あの病院も」
「あの水族館も」
「すべて、龍牙を生かすために必要な過程だったの」
そのあまりにも静かな肯定に、カテリナは背筋が凍りつくような恐怖を覚えた。
「人が苦しんでいるんですよ……! 恋人のことすら忘れてしまう人がいるんですよ!?」
「もちろん理解しているわ」
紫苑の表情は少しも揺らがない。怒るでもなく、悲しむでもなく、ただ当然の事実を口にするかのように続けた。
「でも、それって私達に関係ある?」
一拍置き、紫苑は愛おしむような眼差しで龍牙を見上げた。
「私はただ、子供の頃から私を守ってくれたこの人を守りたいだけ」
紡がれたのは、たったそれだけの、あまりにも純粋で歪んだ欲望だった。
龍牙は参ったというように首を振る。
「だから俺は、そこまでして俺を生かさなくてもいいって、何度も言ってるんだがな」
「却下よ」
紫苑は即座に言い捨てた。
「あなたは昔からそう。自分が傷つくことも、自分の中から記憶が消えていくことも気にしない。……だから、代わりに私が気にするの」
龍牙は頭を掻き、大きく息を吐き出した。
「……相変わらず頑固な女だ」
「あなたほどじゃないわ」
二人は顔を見合わせ、小さく微笑み合う。
その場を包む空気は、敵の拠点にいることを忘れさせるほど穏やかで、あたたかだった。
しかし、その狂気的なまでの穏やかさこそが、カテリナには心の底から恐ろしく映った。
何百、何千という無辜の人間から奪った犠牲の上に成り立つ、二人だけの閉じられた信頼と愛。
「そんなの……」
カテリナは溢れ出そうになる怒りと恐怖で、唇を激しく震わせた。
「そんなの、絶対に間違っています……!」
紫苑はゆっくりとカテリナへ視線を向けた。その瞳は、どこまでも澄み渡り、静かだった。
「そうでしょうね。あなた方から見れば、私は救いようのない最低の悪党でしょう」
紫苑は、世界で一番美しいものを見るかのように微笑む。
「けれど、それでいいの。世界中が私を悪人と呼び、蔑もうとも龍牙がこの世界で生きていてくれるなら、私にはそれだけで十分だから」




