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もうすぐボス戦でーす
夜風が火照った肌を優しく撫でていく。
崩壊した水族館から少し離れた路地で、ヒューゴとリシアはようやく呼吸を整えていた。
遠くからパトカーと消防車のサイレンが、夜の闇を切り裂いて近づいてくる。
「……派手にやったわね」
リシアが苦笑した。
ヒューゴは頭を掻きながら肩をすくめる。
「仕方ねえだろ。あのまま放っておいたら、お前の記憶全部食われてたかもしんねえし」
「そうね」
彼女は小さく笑い、視線を少し逸らした。
「ありがとう」
「いいんだよ」
二人がそんな会話を交わしているとそこへメロルスとカテリナがやってきた。
「ヒューゴさあーーーん!!」
その屈託のない笑顔を見ていると、ついさっきまでの死闘が嘘のように思えた。
四人は近くのベンチに腰を下ろした。
学校で起きたこと、病院での出来事、水族館での戦い——それぞれが得た情報を順に共有していく。
人を喰う金魚。
記憶を奪う医師。
記憶を捕食する白鯨。
そして、全てに繋がる一つの名前。
重い沈黙が落ちた。
その空気をぶち壊したのは、やはりカテリナだった。
「今日はもう調査終わりましたよね!?」
「まあな」
「なら!」
カテリナは満面の笑みで手を合わせた。
「せっかくですし、温泉に行きましょう!!」
「…………」
一瞬、誰も言葉を発しなかった。
ヒューゴがゆっくり顔を上げる。
「……温泉?」
「はい!」
「なんで?」
「癒やしです!」
即答だった。
「いっぱい怖いことありました!」
「いっぱい戦いました!」
「いっぱい頭使いました!」
「だから!」
カテリナは両手を大きく広げた。
「温泉です!!」
「意味分かんねえ」
ヒューゴは呆れたように笑ったが、すぐに夜空を見上げて小さく息を吐いた。
今日一日だけで、学校では怪物と戦い、恋人は記憶を狙われ、水族館を半壊させた。精神的な疲労は想像以上だった。
「……やぶさかじゃねえな」
「ですよね!!」
カテリナが飛び跳ねる。
メロルスとリシアも特に反対はせず、こうして四人は山間の老舗温泉旅館へと向かうことになった。
一時間後。
木造の落ち着いた建物、静かな日本庭園、竹林を抜ける夜風、そして遠くから聞こえる川のせせらぎ。
「……癒やされる」
ヒューゴが思わず呟いた。
「ですよね!」
カテリナが誇らしげに胸を張る。
部屋に荷物を置くと、リシアが立ち上がった。
「じゃあ、先に温泉ね」
「男女別です!」
「当たり前だ」
ヒューゴが即座に突っ込むと、カテリナがにやりと笑った。
「ヒューゴさん、残念そうですね!」
「誰がだ」
「顔に書いてありますよう!」
「書いてねえよ」
悔しそうにヒューゴが言うとリシアがくすりと笑う。
「じゃあ、あとで」
「ああ」
四人はそれぞれ暖簾をくぐった。
湯気が立ち込める露天風呂。
夜空には無数の星が瞬いている。
「はぁぁぁ……」
カテリナが肩まで湯に浸かり、幸せそうな溜息を漏らした。
「日本の温泉って最高ですねぇ……」
「本当に」
リシアも静かに身体を沈める。
張りつめていた神経が、温かい湯に溶かされていくようだった。
しばらく、二人は無言で湯の音だけを聞いていた。
やがて、リシアが静かに口を開いた。
「……カテリナさん」
「はい?」
「今日だけで三体。みんなで能力由来の存在を倒したわ」
リシアは夜空を見上げた。
「金魚に医師に白鯨……これだけ派手に動けば、生み出した能力者本人が気づかないはずがない」
カテリナの笑顔がわずかに引き締まる。
「つまり……」
「ええ。私たちはもう、天城紫苑達に認識されたと思って間違いないと思うわ」
温泉の熱とは裏腹に、冷たい緊張が二人の間に流れた。
リシアはカテリナを真っ直ぐに見つめた。
「だから、気を付けて。あなたは戦闘経験がないから狙われる可能性は十分にあるわ」
カテリナは少しだけ考え、すぐに柔らかく微笑んだ。
「大丈夫です!メロルスさん達がいますから」
リシアはその笑顔をじっと見つめ、ふっと優しく笑った。
「……そうね」
しかし胸の奥に残る、小さな棘のような不安だけは、どうしても消えなかった。
天城紫苑こわいねぇ(黄猿)




