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復讐に行ったら、超能力探偵に出会ってしまった話  作者: 小説書こう


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無垢なる水槽

今回スポットが当たるのはリシアです。

華やかな観光地である水族館に隠された「巌巌会」の影。ヒューゴやメロルスがそれぞれ事件の手がかりを掴む中、彼女が見つめる「完璧すぎる日常」の違和感と、静かに迫る心理戦をお楽しみください。

夕方。東京湾沿いに建てられた巨大水族館のガラス張りの外壁には、無数の魚が泳ぐ美麗な映像が映し出されていた。休日ということもあり、館内は家族連れや恋人たちでごった返している。

その賑やかな人混みの中を、一人の女性が静かに歩いていた。

リシアだった。

耳には髪に隠された小型通信機。腰の奥には不測の事態に備えた隠しナイフ。


「……本当にここなの?」


手元の端末に表示されているのは、前に宗玄から送られたごくわずかな資料だ。

【調査対象:湾岸水族館】

巌巌会が経営する水族館。数年前に経営権を取得。

裏資金洗浄の疑いあり。

情報はそれだけだった。

学校では失踪事件が起き、病院では記憶喪失の患者が見つかっている。それなのに、この水族館だけは何の足跡もない。

リシアは一般客に紛れながら、入口から出口までの順路をじっくりと歩く。

巨大水槽、クラゲのライトアップ、愛嬌を振りまくペンギン、歓声が上がるイルカショー。

どれも普通だった。あまりにも普通すぎた。

スタッフの動きも、客の楽しげな様子も、すべてが自然。

異常がないこと。それ自体が、逆に異常だった。


「失礼します」


リシアは笑みを浮かべ、案内係の女性スタッフへ近付いた。


「こちらの水族館で、最近何かトラブルや事件とかありませんでした? 落とし物とかではなく、その……少し物騒なこととか」


「いいえ、そのようなことはございませんよ」


「例えば、スタッフの方の行方不明者とか」


「聞いたこともありませんね」


「急な怪我人が出た、なんてことも?」


「特には。毎日平和ですよ」


完璧だった。少しでも後ろ暗いことがあるなら、動揺や視線の揺らぎがあるはずだ。だが、彼女の笑顔、声色、目線、そして呼吸のすべてが完全に自然だった。

リシアはその場を離れる。


(演技じゃない。本当に、何も知らないんだわ)


それから二時間、館内をさらに歩き回った。資料室の扉、バックヤード付近の人の出入り、非常口のロックの構造。すべてを観察し、調べ尽くした。

それでも、何も出ない。


「……おかしいわ」


そう呟いた時だった。順路の薄暗い通路の奥に、巨大な「黒い壁」が見えた。

不審に思い、近付く。

それは、水槽だった。横幅二十メートル以上、高さ十メートルはあろうかという巨大なガラス。

なのに、中が一切見えない。

照明は消され、魚影の輪郭すら浮かばない。ただ、圧倒的な「黒」だけがそこに広がっていた。

足元の説明プレートには、そっけなくこう書かれている。


──《展示調整中》──


リシアは足を止め、ガラスの奥をじっと覗き込んだ。やはり何も見えない。

「すみません」


近くを通りかかった別のスタッフを呼び止める。


「はい、何かご用でしょうか」


「あの水槽は、何を展示する予定なんですか?」


スタッフは一瞬だけ黒いガラスに目をやり、機械的に答えた。


「展示調整中です」


「いつ頃完成する予定ですか?」


「未定となっております」


「中には今、何が入っているの?」


「……展示物です」


誰に聞いても、返答はすべて同じだった。まるで、あらかじめ決められたプログラムを再生するロボットのように。


「……そう。ありがとう」


リシアは再び歩き出す。

その時、ゾクリと背筋が凍った。

誰かが、自分の背中をじっと見つめている気がする。

鋭く振り返る。──しかし、誰もいない。ただ、楽しげに通り過ぎる家族連れがいるだけだ。


「気のせい……?」


そう割り切ろうとした。しかし、あの巨大な黒い水槽の前を通るたび、強烈な視線が容赦なく背中に突き刺さる。何時間歩いても、何回そこを通りがかっても、必ず。


「……誰なの?」


振り返っても、やはり誰もいない。

頭上からは、ただ穏やかな館内BGMだけが流れ続けていた。

その日の調査は、成果ゼロで終わった。

翌日。リシアは再び水族館を訪れた。しかし、やはり何もない。

三日目。館内の空気は平和そのもの。

四日目。スタッフの答えは「展示調整中です」。

五日目。別のスタッフも「展示調整中です」。

六日目。ついに館長を見つけて言葉を交わしたが、返ってきたのはやはり「展示調整中です」という虚ろな笑顔だけだった。

そして、七日目。

一週間、毎日通い詰めた。だが、事件は起きない。誰も消えず、誰も怪我をしない。情報は完全にゼロのままだった。

リシアは巨大な黒い水槽の前に立ち、ぽつりと溢した。


「……負けたわ」


珍しく、彼女は深く肩を落とした。

学校に潜入したヒューゴも、病院を調べたメロルスも、それぞれ確実に成果を持ち帰っている。自分だけが、何一つ手がかりを掴めない。


「これじゃ、諜報員失格ね……」


無力感を抱えたまま、リシアは静かに水族館を後にした。

彼女の足音が完全に遠のいた、その時。

誰もいなくなった巨大水槽の奥深くで。

人の耳には決して届かないほど小さく、ゴポリ、と水泡が揺れた。

光の届かない漆黒の闇の中で。

何か巨大なものが。

ゆっくりと、瞬きをした。

ご一読ありがとうございました!

どんなに優秀な諜報員であっても、「何も起きない」ということほど恐ろしく、崩しにくい防壁はありません。リシアが味わう初めての敗北感と焦り、そして最後に残された不穏な予兆……。この水族館の『黒』が物語にどう絡んでくるのか、今後の展開もぜひ見守っていただけると嬉しいです!

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