影魚
実は校長は巌巌会のヤクザの構成員の一人なんです
ヒューゴは件の屋上プールへと向かった。話が話だけに、途中の廊下さえ不穏な雰囲気に感じてしまう。
「はあ〜、やっぱダリいな」
校長には調子のいいことを言っていたが、内心は面倒くささが勝っていた。そんな調子でヒューゴは屋上前のドアの前に立つ。鍵を差し込み、ドアノブに手をかけて開け放つ。その瞬間だった。
「ま、待ってください!」
突然の声にヒューゴは振り向く。そこにいたのは、学校の制服を着た一人の少年だった。
「おう、どうした?」
軽く声をかけながらも、ヒューゴは少年の言葉を完全に無視した。すでにドアを大きく開け放ち、屋上へと足を踏み入れる。
「待ってくださいってば!」
少年は慌てた様子で後を追い、ヒューゴの背中を追って屋上の中へ飛び込んだ。
その瞬間——
屋上の奥から、何かが高速で迫ってきた。
黒い影が風を切り裂くような勢いで一直線に飛来し、少年がくぐり抜けたばかりの鉄製のドアに激突した。
激しい金属音と共にドアが内側から大きくへこみ、蝶番が引きちぎれるように吹き飛んだ。ドアはもはや原型を留めず、屋上を塞ぐように倒れ込み、通路を完全に塞いだ。
「……は?」
ヒューゴは眉を寄せて振り返る。
そこにいたのは、影だった。
形ははっきりと金魚を思わせる。ふわふわと揺れる長い尾びれ、丸く膨らんだ体躯、そして大きく開いた口。しかし実体はなく、ただ真っ黒な影だけが太陽の下で濃く浮かび上がっている。目も鱗も見えない。ただ輪郭だけが金魚の化け物のように蠢いていた。
影の金魚はゆっくりと体を反転させ、再びこちらを向いた。
その動きに合わせて、床に落ちた影が不自然に伸び、ヒューゴと少年の足元へと忍び寄ってくる。
「なんだこりゃ……マジかよ」
ヒューゴはため息を吐きながらも、初めて本気で顔をしかめた。
少年は青ざめた顔でドアの残骸に駆け寄るが、びくともしない。
「出られない……!」
姿の見えない影だけの金魚は無言のまま、ゆらゆらと尾を揺らしながらゆっくりと近づいてくる。その影が触れた床の部分が、まるで水面のように波打つ。
ヒューゴは思わず目を細めた。
白く乾いた屋上のコンクリートを、巨大な金魚の影がゆったりと横切っていく。尾びれが優雅に揺れ、胸びれが水を掻く。影の動きだけを追えば、まるで巨大な金魚が透明な空中を優雅に泳いでいるかのようだった。
しかし。
違和感に突き動かされて見上げても、そこにはどこまでも広がる青空しかない。何もいない。ただ、ちぎれ雲がゆっくりと流れているだけだ。
「探偵さん……」
少年が震える指で床を指差した。
「あれです……あの影が、みんなを……」
ヒューゴは再び視線を足元に落とす。
影は確かにそこに存在し、意思を持つように動いている。それなのに、その影を落としているはずの“本体”が、世界のどこにも見当たらない。
「……なるほどな」
ヒューゴの唇から乾いた笑みが漏れる。
「本体は見えない、か。タチの悪い能力だな」
その瞬間、床の影が猛烈な勢いで急加速した。巨大な金魚の輪郭が、ヒューゴの足元を一瞬で駆け抜ける。
直後、ブォンッ!!と頭上で鼓膜を震わせるほどの猛烈な風圧が炸裂した。
直撃こそ免れたものの、見えない何かが髪の毛の先を鋭くかすめていく。ワンテンポ遅れて、プールの向こうにある頑丈な鉄製フェンスが、悲鳴のような音を立てて激しくひしゃげた。
ギギギギギ……ッ!
目に見えない圧倒的な質量に押し潰され、鉄骨が飴細工のようにねじ曲がっていく。
だが、そこには何も映らない。ただ、破壊されたフェンスだけが、今そこに「何か」が通過したという冷酷な事実を物語っていた。
「……見えねぇ敵ってのは冗談きついぜ」
ヒューゴの顔から、完全に笑みが消え失せた。
作者は金魚育てるのが下手すぎて何匹も死なせたことがあります。......反省してます。




