フラグ回収はコーヒーの後に その六
「おい、待て。あれを見ろ」
ヒューゴが不意に、完全に崩落した工場奥のコントロールルーム跡を指差した。
パチパチと火花を散らす制御盤の影に、不自然に動く人影がある。
「まだ生き残りのウォーカーがいるのか!?」
メロルスが警戒して義手を構えるが、ヒューゴはニヤリと笑って歩き出した。
「いや、あいつが『黒幕』だろ」
二人が瓦礫を押し退けて近づくと、そこにはスマートフォンのような端末を必死に操作している一人の男がいた。地味な作業着を着ているが、その顔は恐怖と焦燥で激しく歪んでいる。
「クソッ、何でセラフィムが負けるんだ! プログラムは完璧だったはずなのに……!」
「おい、お前が実行犯だな」
ヒューゴの冷ややかな声に、男は飛び上がって振り返った。
「ひっ……!」
男は逃げようとしたが、メロルスがその前に立ちはだかり、重厚な義手で男の襟元を容赦なく掴み上げた。二メートル級のロボットをねじ伏せた腕力の前には、ただの人間など紙切れも同然だ。
「離せ! 離しやがれ! 俺が誰だか分かっているのか!」
「知るかよ。だが、お前のせいで俺たちは死にかけたんだ。たっぷりお礼を言わせてもらうぜ」
メロルスが拳を軽く握ると、機械の駆動音が不気味に響き、男は一瞬で真っ青になった。
「そこまでにしてもらおう」
背後から、低く威厳のある声が響いた。
瓦礫の隙間から姿を現したのは、数人の武装私兵を従えた宗玄だった。通信画面越しではなく、ついに本人が現場に現れたのだ。その目は、激しい怒りで燃え上がっている。
「宗玄……!」
拘束された男が、その名を呼んでガチガチと歯を鳴らした。
ヒューゴは男をメロルスに降ろさせると、宗玄に向けてひらひらと手を振った。
「よぉ、宗玄。約束通り、セラフィムの破壊と開発者の救助、それからこのお土産だ。これで合計一億、きっちり口座に振り込んでくれよ?」
「……フン、仕事は見事だった。報酬は五分以内に入金させる」
宗玄は短く答えると、すぐに視線を実行犯の男へと移した。その冷徹な眼差しに、男は完全に腰を抜かして床にへたり込む。
「宗玄、俺をどうする気だ……! 警察に渡すんだろ!? 裁判を受けさせろ!」
必死に法にすがろうとする男に対し、宗玄は冷たく言い放った。
「警察? 裁判だと? お前は我が社の最新兵器を暴走させ、工場を半壊させ、私に何億もの大損害を出させたのだ。そんな生ぬるい場所へ送るわけがないだろう」
宗玄が手を挙げると、背後の私兵たちが男を無慈悲に引きずり始めた。
「これよりお前には、我が社の地下深く、光も届かぬ極秘の『特別研究所』へ行ってもらう。そこでは、AIの演算能力を向上させるための有機パーツとして、死ぬよりも過酷な実験にその身を捧げてもらうことになる。お前の脳が完全にすり潰れるまで、な」
「いやだ……! 助けてくれ! 殺してくれぇぇぇ!」
男の悲鳴が夜の工場跡地に虚しく響き渡り、やがて私兵たちの足音とともに闇の奥へと消えていった。その先に待つ運命が、ただの「死」よりも遥かに悍ましいものであることは、その場にいる全員が察していた。
「ひぇぇ……やっぱNISIKIのトップは格が違うな……」
メロルスが本気で引いた顔で呟く。
「ま、俺たちには関係ないさ。金さえ手に入ればな」
ヒューゴの端末が電子音を鳴らし、百億円の着金を確認する。ヒューゴは満足そうに笑うと、メロルスの肩を叩いた。
「さあてメロルス、大金も手に入ったことだし、街に戻って美味いもんであきらめの悪い祝杯でもあげるか!」
「賛成だけど、次はもっと平和な仕事にしてくれよな……」
二人はボロボロになった身体を引きずりながら、再びバイクへと向かう。東堂は壊滅した工場の前で立ち尽くしていたが、二人はもう振り返らなかった。
夜明け前の冷たい風が、煙の燻る工場を通り抜けていく。こうして、一億の報酬と引き換えに幕を閉じた大事件は、都市の闇へと静かに葬られていった。




