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復讐に行ったら、能力者探偵と出会った  作者: 小説書こう


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46/60

デート❤︎

キーリオス中央区。

都市の象徴でもある超高層展望塔『スカイスピア』。

地上八百メートルにある展望フロアへと続く高速エレベーターの中、ヒューゴは腕を組んでいた。

表情はいつもの通り、眠そうで、気怠そうで、やる気なさそうだ。

だが、その内心は完全にパニックに陥っていた。


(やっべぇ……!)

(デートだ! 人生初じゃねえけど、久々すぎる!)

(何話せばいいんだ!? 探偵の仕事の話か? いや、絶対つまんねぇな!)

(そもそも、なんで俺はこんなに緊張してんだよ!)


一方、その隣に立つリシア。

彼女もまた、平然とした大人の女の余裕を醸し出していた。

だが、その内心は――。


(落ち着いて、リシア。これは任務じゃない。尋問じゃない。暗殺でも潜入でもない……。ただのデート。そう、デートよ)

(……で、デートって何するんだっけ? まず会話? 私たち、今会話してる!? 落ち着きなさい、私……!)


二人とも、表情の下で内心だけがけたたましく騒ぎ合っていた。

一日前――探偵事務所。


(よし……! 八万七千リアルも取り返した。これで金の心配はねぇ。あとはリシアをデートに誘うだけだ)


ヒューゴは事務所の椅子に深く腰掛けながら、そんなことを考えていた。

問題はただ一つ、彼女と連絡を取る手段がないことだった。電話番号もメッセージアプリも交換していない。つまり、本人が目の前に現れるのを待つしかない。


(まあ、そんな都合よく来るわけ――)


ガチャ、と小気味よい音を立てて扉が開いた。


「ハァーイ、ヒューゴ。遊びに来たわよ」


現れたのは、まさにその本人だった。


「うおっ!?」


ヒューゴは思わず椅子から転げ落ちそうになる。


「なによ、その反応。失礼ね」

「いや、お前いつもいきなり現れるな……」

「ふふっ、そうかしら?」


リシアは楽しそうに笑いながら、興味深そうに室内を見回した。

壁に貼られた依頼書、散らかったデスク、積み上げられた資料。


「へぇ、ここがアンタの職場なのね」


だが、ヒューゴはそれどころではなかった。


(来た……!)


心臓がうるさいほど脈打つ。今だ、今しかない。これを逃したら、次の機会がいつになるか分からない。


(言え……! 俺!!)


ヒューゴは拳をギュッと握り締めた。


「な、なあリシア!」

「ん?」


振り返ったリシアの端麗な瞳と、正面から目が合う。その瞬間、緊張は最高潮に達した。


「お、俺と……」


喉がカラカラに渇き、声がわずかに震える。


「俺と明日……デートしないか?」


言った。ついに言った。

事務所に一瞬、静寂が落ちる。リシアの瞳が少し大きく開かれた。予想外の直球だったのだろう。ヒューゴは生きた心地がしなかった。数秒が、まるで何分にも感じられる。

やがてリシアは、頬をわずかに赤く染めながら視線を逸らした。


「え……?」


小さく声を漏らし、少しだけ沈黙した後――柔らかく微笑んだ。


「……ええ。いいわよ」

「本当に!?」

「ふふっ、そんなに驚くこと?」

「いや、だって……」


ヒューゴは思わず立ち上がる。心臓が爆発しそうだった。そんな彼を見て、リシアはくすくすと肩を揺らす。


「変な顔してるわよ、ヒューゴ」

「うるせぇ!」


だが、その顔は隠しようもなく嬉しそうだった。

フロアに広がる夜景を見下ろす二人。周囲はカップルばかりで、リシアは少し照れくさそうに外へと目を向ける。


「綺麗ね」

「だな」

「今日は来てよかったわ」

「そうか」


少しの間、都市の光だけが二人を静かに照らしていた。リシアがふと悪戯っぽく笑う。


「でも、意外だったわ」

「何が?」

「ヒューゴがこういうお洒落な場所に誘うなんてね」

「俺だってたまにはやる!」

「へぇー」

「命懸けで取り返した金だからな」

「ふふ、まだ言ってる」


その心からの笑顔を見て、ヒューゴは少し言葉をなくした。リシアもその視線に気付く。

目が合う。どちらも逸らさない。

周囲の喧騒が、遠くへ消えていく。

リシアが小さく呟いた。


「……なによ?」

「いや」


ヒューゴは少し困ったように頭を掻いた。


「今日のお前、すごい機嫌良さそうだなって思って」

「アナタもね」

「そうか?」

「そうよ」


また訪れた沈黙。だが、今度は少しも気まずくない。むしろ、いつまでも浸っていたいほど心地よい時間だった。

ヒューゴが少しだけ距離を詰める。リシアも逃げない。

そして、二人の唇が、自然と重なった。

本当に、優しく、長く。

唇が離れた後、二人とも少しだけ固まった。


「……」

「……」


先に顔を真っ赤にして逸らしたのは、ヒューゴの方だった。

それを見たリシアが、耐えかねたように吹き出す。


「ふふっ、なんでアナタの方が照れてるのよ」

「うるせぇ」

「笑うな」

「無理よ、おかしくて」


そんな甘い空気の真っ只中、背後から不意に声が掛けられた。


「……ヒューゴ?」


その声に、二人は同時に振り返った。

そこに立っていたのは、一人の女性。長い黒髪に、白いワンピース。どこか儚げな雰囲気を纏った彼女を見た瞬間、ヒューゴの顔からすべての表情が消え失せた。


「ぅあ……セレナ」


その反応に、リシアの眉が僅かに動いた。


(知り合いね。それも――かなり深い)


長年の経験と女の勘が、百発百中で正解を告げていた。

セレナは驚きに目を丸くしている。


「本当にヒューゴなんだ……。何年ぶりだろ」

「さあな」


ヒューゴが珍しく視線を泳がせる。その様子を見て、リシアの脳裏に電流が走った。


(はあ!? 元カノ!?)


セレナの視線がリシアへと向けられる。リシアも大人の笑みを浮かべてそれに応じた。だが、その目は一切笑っていない。セレナも瞬時に察する。


(あっ……今カノだ)


女同士の目線が交錯し、火花が散る。その重苦しい空気に、ヒューゴだけが気付いていない。


「そういや、紹介してなかったな。リシアだ」

「どうも」

「セレナです」


笑顔で握手を交わす二人。だが、お互いの手のひらには微妙に力が籠っていた。ヒューゴだけが気付いていない。本日二回目である。


「へぇ……」


セレナが寂しげに笑う。


「ヒューゴに彼女が出来るなんてね」

「まだ彼女じゃねぇよ」


その一言に、リシアが即座に鋭い視線をヒューゴへ向けた。


「そうなの?」

「え?」


ヒューゴが硬直する。完全に地雷を踏んだと本能が察知した。


「いや、その……」

「そうなの?」

「違う違う!」

「どっちなのよ」

「分からん!」

「何それ、最低ね」


リシアが呆れたようにため息を吐くと、セレナが思わずクスリと吹き出した。

昔と何も変わっていない。その笑顔を見て、ヒューゴも少しだけ過去を思い出した。能力なんてまだ無かった頃。普通の学生として、放課後にくだらない会話を交わしていたあの頃。

だが、セレナの瞳が少しだけ翳りを帯びる。もう、その頃には戻れない。だからこそ、彼女には今、聞きたいことがあった。


「ねぇ、ヒューゴ。少しだけ時間、もらえる?」


リシアの視線が鋭くなる。

 

「二人きりで、話したいの」


場の空気が一変した。ヒューゴは数秒間、沈黙して考え――。


「リシア」

「なによ」

「ちょっと、待っててくれるか?」


リシアは黙った。

三秒。五秒。七秒。

そして、完璧な――作り笑いを浮かべた。


「五分だけよ。一秒でも過ぎたら刺すわ」

「ごめんて……」

「本気だからね」


ヒューゴはそれが冗談ではないと理解し、セレナと共にフロアの反対側へと歩いていった。リシアは夜景を眺めながら見送る。だが、その耳は諜報員の冷徹な技術をもって、しっかりと二人の声を拾っていた。

少し離れたガラス窓の前で、セレナが立ち止まる。

広大な夜景を前に、しばらくの沈黙。ヒューゴも急かさず、ただ待った。やがて、彼女が静かに口を開く。


「……覚えてる?」

「何をだ」

「あの『能力(デッドリー)災害』のこと」


ヒューゴの表情が硬くなった。忘れるはずがない。

学生時代、能力者同士の戦闘に巻き込まれた、あの最悪の事件。あの日、セレナの家族は死んだ。父も、母も、弟も、誰も残らなかった。彼女だけが、世界に一人きり取り残されたのだ。

そして、絶望するセレナを励まし続けたヒューゴ自身も、その後に能力へと目覚めた。


「覚えてるよ」

「私ね、本当はヒューゴに救われてたの。毎日、会いに来てくれたよね」


病院にも、家にも、学校にも。


「飯食ったか」「早く寝ろ」「学校来いよ」「ゲームやろうぜ」……。

ヒューゴは馬鹿みたいに、そんな他愛のない言葉ばかりをかけ続けた。

セレナは少し泣きながら笑った。


「本当は、すごく嬉しかった。……でも、怖かったの。家族を殺した『能力』。その直後に、能力に目覚めてしまったアナタが」


ヒューゴは静かに目を伏せた。


「分かってたよ」

「え……?」

「お前が俺を怖がってたことくらい、見りゃ分かる」


能力が暴走し始めていたあの頃。教室でも廊下でも、二人きりになる度、セレナの視線や距離感には、隠しきれない怯えが混ざっていた。


「ごめん……ごめんなさい、ヒューゴ……」

「謝るなって。普通だろ。家族を殺された直後なんだ。俺だって怖いさ」


その優しい言葉に、セレナの目からついに涙が溢れ落ちた。


「違うの……私は怖かっただけじゃない。逃げたのよ。アナタが能力の暴走で苦しんでるのを知ってたのに、支えようとしなかった。私だけが辛いと思い込んで……ヒューゴだって、多くのものを失ったのに」


彼女は小さく拳を握りしめる。


「だから、ずっと後悔してたの。何年も、何年も……」


ヒューゴは静かにその告白を聞き届け、やがてぽりぽりと頭を掻いた。


「まあ……昔の話だろ」


セレナは泣きながら、また笑ってしまった。本当に変わらない。この男は、人を恨まず、怒らず、馬鹿みたいに前だけを見ている。だから好きだった。今でも、心の底から。

セレナは小さく息を吐き、遠くからこちらを気にしているリシアへと視線を向けた。夜景を見るフリをしながらも、意識をこちらに集中させているその姿。それだけで、すべてを理解した。

ヒューゴが今、守ろうとしているのは、自分ではない。

だから、最後に一度だけ、確かめたかった。


「ねぇ。もしあの時、私が逃げなかったら……私たち、どうなってたと思う?」

「さあな」


即答だった。


「でも、今より確実に金は無かっただろうな」

「え? なんで?」

「今回のデート代で、八万七千リアルが完全に吹き飛んだからさ」

「ふふっ……あははは!」


セレナは思わず吹き出した。涙と一緒に、何年も胸に閿えていた重荷が綺麗に溶けていく。笑いながら、泣きながら、彼女はついに理解した。ああ、私たちの過去は、本当にここで美しく終わったのだ、と。


「……ありがとう、ヒューゴ。元気でね」


セレナはそっと微笑み、ヒューゴに背を向けて歩き出す。

だが――その決別の瞬間に、ヒューゴはまだ気付いていなかった。

去り行くセレナの背中。白いワンピースを引き裂くように、

漆黒の、禍々しい「蝶の羽」が、音もなく静かに広がり始めていたことを。

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