決意 その三
ヒューゴはチップを指先で軽く弾き、高額チップの山をさらに積み上げた。
「レイズ」
対面の企業役員風の男が顔をしかめ、隣の女が降り、もう一人も続いた。
テーブルに残ったのは、ヒューゴともう一人の男だけ。
「……強気だな」
「そうか?」
「今の流れで普通、そこまで張らないぞ」
「俺、普通じゃないし」
ヒューゴはにやりと笑った。
後ろに立っていたリシアが、呆れたため息をつく。
「それはそうね」
「だろ?」
「褒めてないわよ」
カードが開かれた。
男はフラッシュ。かなり強い手だ。
しかしヒューゴは静かに自分のカードを並べた。
フルハウス。
場がざわついた。
「なっ……」
「運が良かった」
もちろん嘘だった。
相手の癖はとうに読めていた。それ以上に、ヒューゴは別のものを注視していた。
ディーラーとバニーガールの、ほんのわずかな手の角度の違い。配る速度。視線の動き。
(クロだな。しかも店ぐるみ)
その後もヒューゴは勝ち続けた。
チップの山は雪崩のように膨れ上がり、周囲の客たちも異変に気づき始めた。
「なんだあいつ……」
「強すぎるだろ」
「イカサマか?」
逆だった。
イカサマをしている側が、明らかに焦り始めていた。
ディーラーの笑顔が引きつる。バニーガールの手がわずかに震える。
ヒューゴはすべてを見抜いていた——カードのすり替え、客に有利な札を渡す瞬間、店側に利益を流す操作。
全部、把握していた。
だがまだ黙っていた。
もっと深い証拠が欲しかった。
「お客様」
バニーガールが愛想笑いを浮かべた。
「次のゲームで最後にしていただけますか?」
「む・り」
「え?」
「もっと勝つ」
メロルスが後ろで頭を抱え、カテリナが冷や汗を流す。
「ヒューゴさん……煽ってません?」
「煽ってる」
「堂々と認めないでくださあい!」
そして次のゲーム。
ヒューゴはわざと隙を作った。
案の定、バニーガールが袖からカードをすり替える瞬間を捉える。
「捕まえた」
素早い手で彼女の手首を掴む。
「今やったっしょ」
バニーガールの顔色が一瞬で変わった。
周囲がざわつき、客たちが立ち上がる。
「おい、今の……」
「カードだぞ」
「イカサマじゃねえか!」
バニーガールの愛想笑いが完全に消え、冷たい目になった。
「……お客様。見てはいけないものを見てしまいましたね」
「探偵だからな」
「意味がわかりません」
「俺もそう思う」
ガチャ。
部屋の扉が勢いよく開いた。
黒服、刺青、義肢を光らせる男たち——三十人以上が雪崩れ込んできた。
メロルスが立ち上がる。
「うわぁ……」
カテリナが小さく呟く。
「多いですねえ……」
リシアは既にナイフの柄に手をかけていた。
ヒューゴは椅子から立ち上がり、軽く言った。
「逃げるか」
「だよな!!」
メロルスがテーブルを豪快に吹き飛ばし、場は一瞬で
パニックに陥った。
「捕まえろ!!」
「生かして帰すな!!」
「証拠を持たせるな!!」
黒服たちが一斉に襲いかかる。
カテリナが目を閉じた。
能力発動。
空間の構造が彼女の頭の中に広がる。
「ありましたぁ!」
「何が!?」
「窓ですう!!」
ヒューゴが笑う。
「よし!」
「飛ぶぞ!!」
「そんなあ!」
四人は怒号の雨の中を一直線に疾走した。
ガラス窓へ向かって——
ガシャァァァン!!
夜のネオンに輝く夜景へ、四人の身体が放り出された。
「うわあああああああ!!」
カテリナの絶叫が響く。
メロルスも叫んだ。
「こうなるのかよぉぉぉ!!」
「慣れろ!!」
「慣れるかぁ!!」
その時、ヒューゴの横を誰かが落ちていく。
リシアだった。
「うわっ!?」
ヒューゴは反射的に手を伸ばし、彼女の腕を掴んだ。
「捕まえた」
「ヒューゴ!?」
落下速度はそのまま。夜風が二人の間を激しく吹き抜ける。
「くっつかないで」
「嫌だ」
「なんでよ!」
「落ちるだろ」
「アンタも落ちてるじゃない!」
「確かに」
次第に二人は黙り込んだ。
顔が、異常に近い。
風に揺れるリシアの髪。赤い瞳。わずかに慌てた表情。
ヒューゴは思った。
(……やっぱり、綺麗だな)
リシアも気づいた。ヒューゴが見つめていることに。
「……なによ」
「いや」
「なによ」
「別に」
「嘘」
「バレた?」
「バレるわよ」
ヒューゴが少しだけ顔を近づける。
リシアの目が細くなる。
さらに近づき——
ぺシッ
額を指で押された。
「調子に乗らないの」
「いてっ」
「落下中に何を考えてるのよ」
「男のマロン」
「最低」
ヒューゴは苦笑した。
だが心の中で、静かに納得した。
(あー……やっぱ好きだわ)
今さらだった。
「おいヒューゴォォォ!!」
下からメロルスの叫び。
「そろそろ着地だぞォォ!!」
「あ」
「忘れるなぁぁぁ!!」
直後、四人は巨大ホログラム広告に突っ込んだ。
バシュゥゥゥッ!!
光の幕を突き破り、さらに下へ。
そして——
工事用の巨大エアクッションに、四人まとめて着地した。
衝撃で空気が跳ね上がる。
数秒後、ヒューゴが顔を上げた。
「生きてる?」
「生きてますう……」
「残念ながらな」
「誰が残念だ」
背後ではカジノ上層部が大騒ぎになっていた。
だがヒューゴのポケットには、しっかり証拠データが入った記録媒体があった。
依頼は成功。
隣でリシアが呆れた顔でこちらを見ている。
ヒューゴは肩を竦め、いつもの軽薄な笑みを浮かべた。
「デートの続き、する?」
「まず報告書を書きなさい」
「ですよね」
ヒューゴは心の中で静かに決意した。
(いつか、絶対にこの女をデートに連れ出す)




