服新調!
これは、ラスト・パレード・プロトコルの後日譚
「たくよう、俺のトレードマークの服が裂かれちまって最悪だよ」
そう言い、ボロボロのみすぼらしい紳士服で街を歩くヒューゴがいた。そんなヒューゴが向かう先はある老舗の服屋だった。
ガララッ――
「おっちゃん、生きてる?」
店へ入るなりヒューゴが言った。店内には所狭しとスーツやコートが並んでいる。
老舗服屋テイラー・ブラウン
カウンターの奥から老人が顔を出した。
「残念ながらな」
「チッ」
「なんで残念そうなんだ坊主」
「香典で新しい服買おうと思ったのに」
「帰れ」
ヒューゴはケラケラ笑いながら店内を歩く
「見ろよおっちゃん」
裂けたコートを広げる
「また駄目になっちまった」
「またか」
老人は眼鏡を上げた
「今回は何した」
「遊園地でロボットと戦った」
「普通に働け」
「ちゃんと働いてるって」
「どこがだ」
「遊園地の平和を守った」
「警備員の仕事だ」
「迷子も三人見つけた」
「もう喋るな。頭が痛くなる」
「探偵だぞ俺」
「探偵は遊園地でロボットと戦わん」
正論を言われヒューゴは適当な椅子へ腰掛ける
「それでさ」
「うむ」
「予算三千リアルだ」
「帰れ」
「なんで!?」
「ボタン代にもならん」
「世知辛いわぁ」
老人はため息を吐いた
「お前は毎回そうだ」
「毎回生き残るからな」
「そこが問題なんだ馬鹿者」
ヒューゴは少しだけ笑った。老人もそれ以上は何も言わなかった。付き合いは長い。この男がどれだけ危険な場所へ首を突っ込んでいるか知っている。だからこそ今日もここへ戻ってきたことに少し安心していた。
その頃――
通りの向かい側のカフェの二階席。
窓際に座る女がいた。
リシア
彼女はコーヒーカップを傾けながら服屋を眺めている。
「……へぇ」
端末にはカイゼルから渡されたヒューゴ・ヴァレンタインの資料。
だが内容は妙だった。
探偵
能力者
無所属
犯罪歴無し
「気持ち悪いくらい空白ね」
諜報員としての勘が告げている。
普通じゃない。
裏社会の人間ならもっと痕跡がある
工作員なら訓練記録がある
だがヒューゴには何もない
あるのは事件記録だけだった。本来なら死んでいてもおかしくない案件ばかり。
なのに生きている
しかも報告書を読む限り、報酬よりも人助けを優先している節がある。
「カイゼルの言うとおり変な男」
リシアは小さく呟いた
すると端末へ新しい情報が表示された
《現在位置確認》
《老舗服屋にて店主と雑談中》
リシアは窓の外を見る
ちょうどその時
店の中からヒューゴの声が聞こえた
「だから割引してくれって!」
「駄目だ」
「命の恩人だぞ!」
「一度も助けられた覚えがない」
「精神的に救ってる」
「帰れ」
リシアは思わず吹き出した。
周囲の客がこちらを見る。
慌てて咳払い。だが笑いは止まらない。報告書では分からないが実際に見て初めて分かる。
この男は危険人物で。
面倒事の塊で。
信じられないほど馬鹿で。
そして
なぜか放っておけない
リシアは頬杖をついた
「……困ったわね」
自分でも理由は分からない。だが気付けば調査対象を見張る時間よりただ眺めている時間の方が長くなっていた。
そして、ヒューゴが店で電子決済し、退店して来た。
リアルという金なのに電子決済できるのはなかなかに皮肉かもしれない。
新品の黒いコート
新品のベスト
新品の革靴
どう見ても高級品だった。
「ちっきしょー!!」
なのに本人は泣きそうだった。
「五千リアルも取られたぜ!!」
店のドアを指差す。
「ぼったくりだろあのジジイ!!」
店の奥から怒鳴り声。
「聞こえてるぞ大馬鹿者!!」
「事実じゃん!!」
「生地代だけで四千リアルだ!!」
「なんでそんな高い布使ったんだよ!!」
「お前が選んだからだ!!」
「マジか!!」
「マジだ!!」
通行人達が何事かと振り返る
ヒューゴは頭を抱えた
「終わった……今月の生活費終わった……」
すると。
ポーン。
電子音。
ヒューゴが端末を見る。
《依頼報酬入金》
《500,000リアル》
「おっ」
一瞬で元気になる。
「神様ありがとう」
次の瞬間。
《事務所家賃引き落とし》
《-300,000リアル》
「うん」
《借金返済》
《-150,000リアル》
「うん」
《光熱費》
《-45,000リアル》
「うん」
《残高》
《5,000リアル》
「死ねってこと?」
ヒューゴが真顔になった。
通行人が距離を取る
その様子をリシアは窓際から見ていた。
「…………」
端末へ視線を落とす。
ヒューゴ・ヴァレンタイン。
能力者。
危険度B+。
戦闘能力高
生存能力大
行動予測困難
ここまでは分かる。
だが今目の前で見ている男は財布の中身に絶望しているだけだった。
思わず呟く。すると端末へ通信が入る。
《リシア》
カイゼルだった。
《俺の言ったとおりだろうヒューゴは》
リシアは窓の外を見るとヒューゴが自販機の前で真剣な顔をしている。そして、百リアル安い缶コーヒーを買うかどうかで三分悩み続けていた。
《……》
《リシア?》
彼女は少し考えた。
そして答える。
「変な人物よ」
《だろう》
「色んな意味で」
《?》
リシアは小さく笑った。一方、窓の外ではヒューゴが缶コーヒーを諦めていた。
「……なんだか面白いやつ」
気付けばまた少しだけこの探偵のことが気になっていた。




