代償 その三
NISIKIメディカルタワー上層階
白い病室
静かな電子音
窓の外には、夜のキーリオスが広がっていた
「……生きてる」
ベッドの上で、ヒューゴ・ヴァレンタインは天井を見ながら呟いた
全身には包帯
胸部には人工皮膚
焼け落ちた右腕は、最新義手へ置換されている
普通なら、生存している方がおかしい状態だった。
「腹減った……」
第一声がそれだった
「起きて最初がそれかよ」
病室の入口にメロルスが呆れ顔で立っている
「お」
ヒューゴが少し笑う
「生きてたんだなお前」
「こっちの台詞だバカ」
メロルスは椅子へ腰を下ろした
「医者が“普通なら死んでる”って引いてたぞ」
「へぇ」
「へぇじゃねぇよ」
ヒューゴは起き上がろうとして、
「痛ッッッ!?」
「寝てろ」
再びベッドへ沈んだ
機械音だけが響く病室でやがてヒューゴが口を開いた
「……スレイフは?」
「死んだ」
「そっか」
ヒューゴは窓の外を見る
「依頼達成だな」
「まあな」
「探偵っぽい?」
「全然」
「辛辣〜」
その時、病室の隅に立てかけられている巨大武装へ目がいく
対人機動槍レイドスピア
対人迎撃盾ブルワーク
「……なんそれ」
「借り物だ」
メロルスが露骨に悲しそうな顔をする
「クソ強かった」
「へぇ」
「めちゃくちゃ強かった」
「気に入ってんじゃん」
「……返したくねぇ」
「ガキか」
ヒューゴが笑う
メロルスが槍を見つめた瞬間だった
「なあ」
「ん?」
「実はお前が寝てる間になNISIKIが襲撃された」
ヒューゴの目がわずかに細くなる。
「……へぇ」
「人体強化の双子で人間の見た目してるくせに、バケモンみたいな奴らでさ!」
「速すぎて目で追えねぇし、壁ぶち抜くし、マジに規格外!」
ヒューゴは少し黙る。
「それを、お前が?」
「ああ!」
「ロマン武器でな」
「そこかよ」
その時。
病室のドアが開く。
黒スーツのNISIKI職員が入ってきた。
「メロルス様」
「……あ?」
「武装返却してもらいます」
「……」
「……」
メロルスが無言で槍を見る
「……今いいところだろ」
「規定です」
「クソ規定」
渋々、レイドスピアを手放す。続いてブルワーク。運ばれていく武装を見送りながら、メロルスは本気で落ち込んでいた。
ヒューゴが腹を抱えて笑う
「お前ほんとそういうとこ子供」
「うるせぇ……」
その頃。
NISIKI地下搬送区画
封鎖されたコンテナの中
輸送されていた“双子”は目を覚ましていた
「……ここ、どこ?」
妹が呟く
兄が天井を見上げる
「助けられたっぽいね」
「助けた?」
「うん。殺される前に回収された」
輸送コンテナの外側
識別不能の黒い車両
そして、そこに立つ男
スーツ姿
無線越しに淡々と話す
『予定通り確保完了』
その声は、NISIKIでもSHLDでもない。
どこにも属さない
ただ「回収」を専門とする組織だった
兄が笑う
「へぇ……面白いね」
妹も笑う
「別の檻だぁ」
だが抵抗はしない
今の彼らにとっては、“壊す価値のある場所”がまだ見えていなかった。
同時刻
NISIKIタワー最上階。錦宗玄は夜景を見下ろしながら、静かに端末を閉じた。
「双子は回収されてしまったか?」
「はい。」
側近が答える
宗玄は小さく息を吐く
「……惜しいな」
メロルスの戦闘ログが表示されている
レイドスピア使用記録
ブルワーク展開ログ
そして、双子撃退映像
宗玄は画面を見ながら、ぽつりと言った
「メロルスか」
「はい?」
「SHLD所属ではないのだろう?」
「探偵事務所です」
宗玄は少しだけ目を細める。
「……いい動きだった」
そして静かに続けた。
「ヒューゴだけではないな」
「え?」
宗玄は夜景を見ながら言う。
「彼も欲しい」
側近が一瞬固まる。
「……SHLDにですか?」
「そうだ」
その言葉は冗談ではなかった。
数時間後
病室前の廊下
メロルスとヒューゴは並んで歩いていた。
「……あの双子、また来そうなんだよな」
「そんなヤバかったのか?」
「ヤバい!」
即答だった
「特に妹!笑いながら人潰してたぞ」
ヒューゴは目を細める。
「……へぇ」
「NISIKIの実験体らしいし」
「企業って怖ぇな」
「今さら?」
少し笑う。
だがメロルスはふと続けた。
「……もしまた来たら」
「ん?」
「今度はお前も起きてる時に来てくれよ」
ヒューゴはニヤッと笑う。
「依頼料高いぞ?」
「身内だろ?」
「探偵だよ」
二人は夜の街へ出る
巨大都市キーリオスの光の海の中へ
その上層で
錦宗玄は静かに二人のデータを見つめていた。
「……面白い」
誰にも届かない声だった。




