大義なき男 その三
燃え落ちるショッピングモールを背に、ヒューゴは立ち上がった。周囲では消防ドローンが飛び回り、
SHLDの部隊が負傷者を運び出している。だが誰一人として、ヒューゴへ声をかけられなかった。空気が違った。普段の気怠げな探偵の顔ではない。静かすぎる。その目だけが、冷え切っていた。
「……チッ」
「ヒューゴ」
後ろから声が聞こえた振り返ると、カイゼルが立っていた。その後ろにはSHLD隊員達。全員、険しい顔をしている。
「聞いたよ」
カイゼルが低く言う
「照星がやられたって」
「……あぁ」
「ミアって子もらしい」
ヒューゴは答えない。代わりに、燃えるショッピングモールを見る。黒煙が夜空へ昇っていく。
「スレイフはエネルギータワーへ向かった」
カイゼルが続ける
「もしあれを破壊されたら、キーリオス全域のエネルギー供給が停止する」
「病院も交通も防衛網も全部終わりだな」
「それだけじゃない」
カイゼルの顔が曇る
「あのタワーは地下に都市用エネルギーの炉心を抱えてる。暴走したら……中央区ごと吹き飛ぶ」
「はっ」
ヒューゴが乾いた笑いを漏らした
「本当に迷惑な野郎だな」
すると、メロルスが近づいてくる。義手には焼けた煤が付着していた。
「行くか?」
「行くしかない」
「死ぬぞ」
「かもな」
ヒューゴは即答する。カテリナが小さく息を飲む。
「ヒューゴさん……」
「でも」
「照星ってやつに依頼されたんだ」
「だったらやるしかねえ」
その時だった。
ドゴォォォォン――ッ!!
遠くで爆発
全員が顔を上げる。都市中央では巨大なエネルギータワーの中腹から炎が噴き上がっていた。赤い。まるで巨大な松明みたいに燃えている。
「始まったか……!」
カイゼルが即座に通信を飛ばす
「SHLD各部隊へ通達!中央エネルギータワーへ総員移動!民間人避難を最優先!」
『了解!!』
装甲車両が走り出し、飛行ドローンが上空を横切る。
サイレン、怒号、都市全体が戦場へ変わっていく。
ヒューゴはコートを翻す。
「行くぞメロルス」
「おう」
「カテリナは下で避難誘導してろ」
「でも!」
「死ぬかもしれない場所だからよ」
「……ッ」
カテリナは唇を噛む。だが最後には、小さく頷いた。
「……必ず帰ってきてくださいよお」
「善処します」
「それ帰ってこない人の言い方ですぅ」
ヒューゴは少しだけ笑った。本当に、少しだけ。
その時上空の巨大モニターがテレビ中継を映し出す。炎の中で笑う男。
スレイフ・パージテクト
『やぁキーリオス市民のみんな』
炎を背に、スレイフが笑う
『今からこの都市、停電しちゃいまーす』
背後では既にタワー内部が燃えていた
『あと、なんか強いやついたら来たら燃やしちゃうから』
ブツンと映像が切れる
静寂
そしてヒューゴは歩き出した。炎の灯る都市の中心へ。その先へ。
数十分後
キーリオス中央区、エネルギータワー前
夜空を突き刺すように聳える巨大建造物は、既に半分以上が燃えていた。
赤い炎
崩れ落ちる外壁
爆ぜ続ける配線
まるで都市そのものが火葬されているみたいだった。
その前へ、SHLDの名だたる精鋭のリシアやカイゼル、レオが乗る装甲車両群が次々と到着し、タイヤが火花を散らしながら停止した。
「総員展開!!」
「民間人避難ルート確保!!」
「上層から高熱反応!!」
隊員達が怒号を飛ばす
ヒューゴは車両から降り、燃え盛るタワーを見上げた。
「趣味悪ぃ……」
隣でメロルスが喋る
「頂上にいるな」
「あぁ」
カイゼルも前へ出る、その瞬間だった。タワー頂上の炎の中に、一人の影が立つ。
スレイフ・パージテクトだった。炎を背負い、夜景を見下ろして笑っていた。
「おー、すげぇ集まってんじゃん!」
声がスピーカーも無しに響く
「ならこの俺の能力の本質のすげぇところ見せたげよ」
そしてスレイフは両手を広げ、静かに呟くように言う
「焔葬回帰」
ボォォォォッ――!!
スレイフの全身から炎が噴き出す
だがただの火じゃない
炎が蠢き、粘土みたいに形を変え
腕が生え
頭が生え
脚が形成されていく
人
いや
“スレイフによって焼かれた誰かだった”
炎で形作られた人影達が、次々とタワー上空へ並んだ。
その数、数十、いや、百近かった
「行っちゃえ」
スレイフが笑いながら手を振る。
次の瞬間。
炎の群れが、タワー頂上から一斉に落下した
ゴォォォォォッ!!!
流星群のように燃えながら、SHLD部隊へ降り注ぐ。
「来るぞ!!」
「迎撃!!」
銃火器が火を吹き、炎人間の頭が吹き飛ぶ。それでも再び炎が繋がり、身体が再生する。
「なッ……!?」
「止まらない!!」
炎人間が隊員へ飛びかかった
ボッ!!
「ぎゃああああッ!!」
一瞬で炎上。
別方向では焼けた女の姿をした炎が、隊員の首を捻り折る。さらに獣のような姿の炎の塊が装甲車へ突っ込み爆散した。戦場が、一気に地獄へ変わる。カイゼルが叫ぶ。
「散開しろ!! タワー内部へ突入する!!」
ヒューゴは炎人間の頭をリボルバーで撃ち抜きながら舌打ちした。
「クソッ、数が多すぎる……!」
その時だったメロルスの動きが止まる
「……おい」
「あ?」
ヒューゴも視線を向ける
炎の群れの中、一人だけ異様に静かな影がいた
黒いコートに対物ライフル
焼け爛れた顔
「……照星」
ヒューゴの声が止まる
炎の照星は、無言でライフルを構えた。ミラの姿はない。ただ空っぽの目だけがこちらを見ていた。
パァン――!!
「ッ!!」
ヒューゴが咄嗟に避ける
ロケット推進弾が床を抉りながら通り過ぎた
「おいおいおい……!」
だが床へ刺さった弾丸が
ボォッ!!
再加速する
「チィッ!!」
メロルスが腕で受け止めるが吹き飛ばされる
ヒューゴの顔から笑みが消えた照星本人じゃないのに戦い方だけは、本物そのままだった。
「……趣味悪すぎんだろ」
ヒューゴが低く呟く
その時
炎照星が再びライフルを向けた
だが次の瞬間、横から飛び込んだカイゼルが炎照星を殴り飛ばす。
「ヒューゴ!!行け!!ここは僕らが抑える!」
カイゼルの周囲でSHLD隊員達が炎人間と激突していた。
怒号
爆発
炎
既に完全な戦争だった
「スレイフを止められる可能性があるのは、能力者のお前だ!」
ヒューゴは数秒黙る
「……死ぬなよ!」
「そっちこそ」
ヒューゴは走り出した、燃えるタワー内部へ、階段を駆け上がる
熱い
呼吸するだけで肺が焼けそうだった
途中
炎人間が襲いかかる
撃つ
蹴る
避ける
それでも次々現れる
何階登ったかわからない
途中で服は焼け
コートは焦げ
腕にも体にも火傷が走っていた
だが止まらない
照星の焼けた顔が頭から離れなかった
『撃ち殺してくれ』
ヒューゴは舌打ちする。
「……面倒な依頼しやがって」
爆発
崩落
燃え落ちる鉄骨
それを潜り抜け
走る
走る
走る
気づけば周囲に誰もいなかった。
SHLDの声も
銃声も聞こえない
あるのは炎の音だけ
ヒューゴは焼けた階段を登り切る
そして上層直前、巨大な扉の前へ辿り着いた
全身ボロボロだった、火傷に裂傷に煤、息も荒い。だがそれでも扉を開けると笑い声が聞こえてきた
「ははっ」
聞こえてきたのはスレイフの声。
「なんだちゃんと来たじゃーん」




