旧時代に落ちるってマ?!
小説書くの気持ち良すぎだろ!
前夜の激闘が嘘のように、翌朝は雲ひとつない、どこまでも晴れ晴れとした青空が広がっていた。
新しく「ヴァレンタイン探偵事務所」の助手となったメロルスは、慣れない手つきで新しい依頼人にお茶を出そうとしていた。緊張のあまり、両腕のOGT義肢がかすかに硬い音を立てる。
「はい、どう――」
「オイオイ! メロルス! お客さんをよく見ろよ!お使いロボでしょうが! 緊張しすぎ!」
ソファから飛んできたヒューゴのツッコミに、メロルスはハッとして視線を落とした。
そこに座っていたのは人間ではなく、丸っこいフォルムに液晶画面の顔がついた、一般家庭向けの量産型小型ロボットだった。
「あ、いや……これは申し訳ない」
「いえいえ、お気になさらずに」
ロボットの小さなスピーカーから、意表を突くほどに低く落ち着いた、知的な男の声が流れる。
「今日はこのような姿で失礼します。ですが問題ありません。現在は遠隔操作によるリアルタイム通信ですので、依頼内容はきちんとお伝えできます」
「おっと、そうでしたか! それは大変失礼いたしました!」
それまで机に足を乗せていたヒューゴは、手のひらを返したように勢いよく姿勢を正し、ビジネスライクな満面の笑みを浮かべた。
そのあまりにも露骨な媚びっぷりに、メロルスは冷ややかな視線を送る。
(コイツ、依頼の途端、これか……)
依頼人はそんな二人の空気など気にも留めず、淡々と本題に入った。
「実は、あなた方が“なんでもやる探偵”として動いている評判を耳にしましてね。今回は、本業の探偵業とは少し毛色の違う依頼になります」
ロボットの胸部モニターから、鮮やかな青い光とともに、精巧な立体地図がホログラムとして投影された。
「地区Bの廃棄地下鉄へ侵入し、この地図に記された最深部にある特定のコンテナを回収していただきたい。ご覧の通り、警備は最低限しか配置されていません。あなた方なら簡単なお仕事でしょう」
メロルスはホログラムに表示された、厳重にロックされた地下構造図と赤いマーカーを凝視し、即座に眉をひそめた。
「ちょっと待ってください。それって、要するに不法侵入と窃盗じゃないですか?」
メロルスの真っ当な指摘に対し、ロボットの液晶画面の奥から漏れる声が、わずかにトーンを下げた。
「……ですが、金次第では受けてくださるのでしょう?」
瞬間、事務所の空気がピキリと凍りついた。電子音混じりであるはずの声には、一切の交渉を拒絶するようなドス黒い圧がある。メロルスは背筋にゾクリとした寒気を覚えた。
しかし、隣の男は違った。
「ええ! もちろんですとも! 喜んでお引き受けいたします!」
ヒューゴは秒で頭を下げ、揉み手をせんばかりの勢いで快諾していた。
「おい、マジかよ。絶対ヤバい依頼だろアレ!」
依頼人の遠隔操作ロボットが去った直後、邪悪に対しては、人一倍に敏感なメロルスは、すぐさまヒューゴの胸ぐらを掴み、抗議した。
「まあまあ、落ち着けって。これを見ろよ」
ヒューゴがニヤニヤしながら、自身の端末画面をメロルスの目の前に突きつける。そこに提示されていた、前金だけで目が眩むような桁違いの報酬額を見た瞬間――。
「……で、いつ出発だ?」
メロルスは表情を一切変えずに問いかけた。
そう、彼は人一倍正義感が強いと同時に、金の暴力には滅法弱かったのである。
コンクリートを叩く激しい雨の音が、深夜の街に響いていた。
午前四時。発展の光から見捨てられた「地区B」の廃棄地下鉄の入口前に、黒いレインコートを深く被った三人の影があった。
ヒューゴ、メロルス。そして、今回の一件のために臨時の増員として雇われた女性、カテリナだ。
地下鉄の入り口は、太い鉄製の封鎖チェーンと重厚な南京錠によって固く閉ざされていた。
「メロルス、出番だ」
「ああ」
メロルスはレインコートの袖から、鈍く光る両腕のOGT義肢を覗かせた。金属の指先がチェーンにかけられ、内部のモーターが駆動音を上げる。
バギィィィン!!
凄まじい音とともに、屈強なチェーンがまるで乾いたパスタのように無残に引きちぎられた。
「馬鹿パワーだな」
「うるさい。さっさと入るぞ」
三人は封鎖をくぐり抜け、地下への階段を降りていく。
立ち込める湿った空気、特有のカビ臭さ、そしてコンクリートの壁を絶え間なく伝い落ちる水滴。長年放置され、都市の地下で腐敗を待つだけの地下鉄は、まるで巨大な怪物の死骸のようだった。
「ふぅ。やっぱロボのおっさんの言う通り、警備はまったくいないな。楽勝ムードじゃん?」
ヒューゴが緊張感のない声で暗闇に向けて手を差し出す。
「メロルス、ライト」
「はいはい。ほらよ」
背負ったリュックからフラッシュライトを取り出し、手渡す。メロルスも自身のライトを点灯させると、白い光が漆黒の闇を鋭く切り裂いた。
光の中に浮かび上がったのは、埃に塗れたホームの惨状だった。
色褪せた旧時代の広告、完全に沈黙した電子掲示板、朽ち果てた自動販売機。
「ここだけ完全に時間が止まってるみたいだな。旧時代に来たみたいだぜ。テンション上がるな~」
「お前、そのネタ何十年前だよ」
そんな二人の軽口を後ろで聞きながら、おずおずとした、どこか消え入りそうな声が響いた。
「あ、あのぅ……ヒューゴさん。今回は、私みたいなのを誘っていただき、本当にありがとうございますぅ……」
声を潜めて話すのは、カテリナだった。
短髪で小柄な、一見するとこの場にはおよそ不釣り合いな佇まいの女性だ。極度の金欠に喘いでいたところを、ヒューゴにその「特殊な才能」を買われてスカウトされたらしい。
そして彼女もまた、あの薬害事件が生んだ異能の生存者――“デッドリートライアル”の能力者だった。
「ああ、気にするなって。お前がいてくれた方が、お互い生存率が上がるからな」
ヒューゴが歩きながら軽く手を振る。
「その代わり契約通り、お前の超空間把握能力で、安全なルートの案内を頼むぞ?」
「は、はいぃ……! お任せくださいぃ……!」
カテリナの能力は、数百メートル以内の人間の視覚では決して捉えられない壁の向こうや、崩落しかけている床の内部構造までも完全に読み取ることができる。暗黒の地下迷宮において、これほど頼もしいナビゲーターはいなかった。
「そこ、踏んじゃダメです! 踏んだら抜けます!」
カテリナがライトの光を遮るように手を広げ、鋭く警告する。
「おっと、危ねえ危ねえ」
ヒューゴは持ち前の軽い身のこなしで、その危険地帯を軽やかに飛び越えた。
一方、後続のメロルスはといえば。
「ふん!」
と無骨に呟きながら、脚で、危険な亀裂を強引に跨いでいく。体重の重い彼にとっては、この精密なナビゲーションこそが生命線だった。
暗闇の通路をさらに二十メートルほど進んだところで、先頭を歩いていたカテリナがピタリと足を止めた。
彼女は端末を出し、依頼人のロボットから転送されていたホロマップを空間に起動する。青白いホログラムの幾何学模様が、湿った地下空間を冷たく照らし出した。
「ええと、……うん、どうやら、目的地はこの真下のフロアみたいです!」
カテリナが確信を持って、古びたコンクリートの床を指差した。
その瞬間だった。
全員の足元から、微かな、しかし全細胞が本能的に危機を察知するような不気味な震動が伝わってきた。
「……ん?」
ヒューゴが視線を落とす。
次の瞬間、地の底から世界を突き上げるような、凄まじい大震動が爆発した。
ミシッ――バリバリバリッ!!!
乾いた破壊音が爆音とともに響き渡り、三人が立つコンクリートの床に、一瞬で無数の巨大な亀裂が走る。
「おい、これ地震とかいうレベルじゃ――」
メロルスが叫び終えるよりも早く、彼らの足場は完全に崩壊した。
「うおおおおっ!?」
「きゃあああっ!!」
支えを失った三人の身体が、一気に底知れぬ暗黒の深淵へと投げ出される。
頭上から降り注ぐ大量の瓦礫と、鼓膜を震わせる轟音。
街の光が一切届かない地下のさらに奥深く、底なしの闇へと、彼らは容赦なく飲み込まれていった。
やっぱ書くってむずいわ




