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復讐に行ったら、能力者探偵と出会った  作者: 小説書こう


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18/61

雨のキーリオス

俺の書く恋愛み・て・く・れ・よ

探偵事務所の空気は、ここ数日ずっと重かった。

ヒューゴ・ヴァレンタインはソファにだらしなく寝転がったまま、天井の一点を見つめている。テレビは点きっぱなしだったが、その内容はまったく頭に入っていないようだった。


「……俺、人殺しちゃったかもしれん」


ぽつり、と呟く。机で事務作業をしていたカテリナが手を止め、困ったような視線を向けた。


「“かも”じゃなくて、かなり勢いよく蹴り飛ばしたって言ってましたよねぇ……?」


「いや、でもワンチャン生きてる可能性ある……かも。下にゴミ山あったし!」

「そのビル、20階もあったらしいじゃないか」


「やめろ!! 現実を突きつけるな!!」


ヒューゴはクッションに顔を埋めて頭を抱え、ジタバタと足を暴れさせる。その様子に呆れながら、メロルスが冷蔵庫を開けた。


「……おい、食料が何もないぞ」


「マジ?」


「マジだ」


中には炭酸水と、いつのものか分からない使いかけのチューブ調味料しか入っていなかった。


「ヒューゴさーん、買い出し行ってきてくださーい」


「無理」


「即答かよ」


「今の俺はセンシティブなんだよ。万が一、外を歩いてて『あっ、あの人ニュースの!』とか言われたら泣くってぇ」


「言われませんってぇ……」


「だからお前らで行ってこい」


ヒューゴはポケットから財布を放り投げた。


「あと、アイス買ってきて。絶対」


「人任せすぎるだろ……」


大きなため息をつきながらも、結局メロルスとカテリナの二人が買い出しへ向かうことになった。

夕方、キーリオスの街にはネオンが灯り始めていた。

大量脱獄事件の発生以来、治安は確実に悪化している。それでも都市部は相変わらず多くの人々で行き交っていた。カテリナはメロルスの隣を歩きながら、どこか嬉しそうな様子だった。


「なんだか、こうして二人で歩くの懐かしいですねぇ」


「……まあな」

メロルスは少し照れくさそうに視線を逸らす。すると、カテリナが急に足を止めた。


「あっ、見てくださーい!」


彼女が指差した先では、期間限定のイルミネーションが街路樹を彩っていた。青白いLEDの光が、夜の街を幻想的に照らし出している。


「綺麗……」


カテリナが小さく呟く。メロルスはその横顔を見て、一瞬だけ硬直した。普段のふわふわとした雰囲気とは違う、静かで大人びた表情。


「……メロルスさーん?」


「っ、いや!」


視線に気づいたカテリナが振り返り、メロルスは慌てて目を逸らした。


「なんでもない」


「ふふっ、変なのー」


カテリナが屈託なく笑う。その笑顔が、妙に胸の奥に残った。

二人はスーパーで必要な買い物を済ませ、いくつかの袋を抱えて帰路につく。

その途中だった。


「……あ」


ぽつり、と頬に落ちた雨粒が、一瞬にして激しい豪雨へと変わった。


「うおっ!?」


「きゃっ!」


二人は慌てて、近くの道路の高架下へと駆け込んだ。

叩きつけるような激しい雨音。濡れた地面に、街のネオンがぎらぎらと反射している。


「最悪だな……」


メロルスが濡れた前髪を無造作に払う。


「……でも」

カテリナが買い出し袋を抱えたまま、小さく言った。


「ちょっと嬉しいかもですぅ」


「は?」


「こういうの、なんかデートっぽくないですかぁ?」


「ッ!!?」


メロルスの思考が完全に停止した。

カテリナは天然だった。本物の天然だった。だからこそ、計算のない言葉の破壊力が凄まじい。


「いや、その、俺たちは別にそういうのじゃ……」


「違います?」


カテリナが小首を傾げる。

近い。物理的な距離が妙に近い。周囲の激しい雨音のせいで、二人の空間だけが奇妙に静まり返っているように感じられた。


「……」

メロルスは完全に顔を背けた。


「……違わ、ない……かも」


「え?」


「いや!! 今の無し!!」


カテリナは一瞬きょとんとした後、ふふ、と悪戯っぽ

く笑った。


「メロルスさんって、意外と可愛いですよねぇ」


「男に使う言葉じゃねえだろ、それ……」


その時、ゴロゴロと腹に響くような雷鳴が轟いた。

カテリナの小さな肩が、ビクッと震える。


「雷、苦手なのか?」


「ちょっとだけ……」

そう答えた瞬間、先ほどよりも大きな雷鳴が至近距離で炸裂した。


「ひゃっ!」


反射的に、カテリナがメロルスの腕にしがみつく。


「……!」


腕に伝わる柔らかい感触と、引き締まった体温。カテリナ自身も自分の行動に気づいたのか、みるみるうちに顔を赤く染めていく。


「あっ、ご、ごめんなさあい!」


「……いや」


メロルスの心臓が、耳障りなほどに跳ね上がっていた。周囲の雨音よりも確実にうるさい。

そのまま、二人の間に少しの沈黙が流れた。

やがて、カテリナがぽつりと、雨の音に紛れ込ませるように呟いた。


「……私、昔はこういうの無理でしたぁ」


「ん?」


「誰かと、こんなに近づくの」


雨脚は衰えず、静かに響き続けている。


「能力に目覚めた時、家族にすごく怖がられたんですぅ」


メロルスが静かに視線を向けた。

カテリナは少しだけ笑っていた。けれど、その笑顔はどこか遠く、寂しげだった。


「最初はね、“すごいね”って言ってくれてたんですよぉ? でも、だんだん気味悪がられるようになって。食事の時も露骨に避けられて……最後には、“化け物とは一緒に暮らせない”って」


「……」


「だから私、家を出たんです」


明るく軽い調子で語っているが、それがどれほど深い傷なのかは容易に想像がついた。


「……ヒューゴさんに拾われてなかったら、たぶん今頃、自分がどうなってたか分かりません」


メロルスはただ静かに彼女の言葉を受け止めていた。そして、自分の左腕に視線を落とす。


「俺も、似たようなもんだよ」


「え?」


メロルスは自らの義手を見つめた。金属製の指先に、高架下へ吹き込んできた雨粒が当たって弾ける。


「昔、付き合ってた奴がいたんだ」


「……!」


カテリナの目が少し見開かれる。


「そいつ、どうしても身体強化手術を受けたいっていう夢があってさ。スラムじゃ、生身のままだと簡単に舐められるからな」


メロルスは自嘲気味に苦笑した。


「でも、当然そんな金は足りない。だから俺、自分を全身強化じゃなくて、このオーグメンテッド義肢で妥協したんだ。本当は全身やった方が強い。でも高すぎたから、そいつの分の手術費用に金を回したくてさ」


「……優しいですねぇ」


「優しくねえよ」


メロルスはどこか遠くを見る目で笑う。


「結局、別れたしな」


「なんでです?」


「『自分の夢を優先したい』んだとさ」


雨の音。遠くを走る車の走行音。


「まあ……スラムじゃよくある話だ。仕方ねえよ」


そう言ったメロルスの横顔には、隠しきれない寂しさが滲んでいた。

カテリナは、その無機質な金属の義手へと、そっと自分の手を重ねた。


「でも」


「ん?」


「その義手、私は好きですよぉ」


「……え?」


「メロルスさんが、誰かのためにいっぱい頑張った証拠みたいですから」


メロルスの目が丸くなる。カテリナは慈しむように微笑んでいた。


「だから、そんな寂しい顔しないでください」


「……」


メロルスは言葉を失った。自分の過去ごと、この無骨な義手ごと肯定されたことなんて、これまでの人生で一度もなかった。

その時、またしても空が光り、雷鳴が響く。


「ひゃっ」


カテリナが再び肩を縮めた。メロルスは今度は、少しだけ意地悪く口元を緩めた。


「……今度は抱きつかなくていいのか?」


「〜〜〜っ!!」


カテリナの顔が爆発したように真っ赤になる。


「い、いじわるですぅぅ!!」


その分かりやすい反応がおかしくて、メロルスは声を上げて笑った。

気づけば、さっきまで鬱陶しかったはずの冷たい雨音が、どこか心地よく、温かいものに感じられていた。

やがて、激しかった雨が静かに弱まり始める。


「……帰るか」


「……はあい」


二人は再び歩き出した。だが、高架下を出た二人の距離は、行く前よりもほんの少しだけ、近くなっていた。

探偵事務所のドアを開けると、案の定、ソファからの怒声が出迎えた。


「おっせええええぞお前らーー!!」


ヒューゴが身を乗り出して叫ぶ。


「アイスは!? 俺のアイスは無事なんだろうな!?」


「あっ……袋の中で、完全に溶けてますぅ」


「俺のライフラインが終わったぁぁぁ!!」


ヒューゴは頭を抱えて絶望のどん底に突き落とされた。

しかし、そんな彼の絶叫をBGMにしながら、カテリナとメロルスは少しだけ顔を見合わせ、お互いに小さく笑い合うのだった。

感想教えてねー

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