濡れ燃える少年
外伝でけた
スラムには見合わない花屋があった。
その花屋は、親から受け継いだ一人の少女が切り盛りしていた。そんな少女を、建物の陰から一人の少年が見つめていた。晴れているというのに、少年の身体はまるで雨に打たれたように濡れている。
少年の名はシロウズ。少女の幼馴染だった。
ある日、QΛR社による免疫剤の無料接種が行われた。それを受けたシロウズは能力者となり、身体から自身の意思とは無関係に、可燃性の油が滲み出るようになった。感情が高ぶれば量は増え、怒りや恐怖に反応するように油は溢れ続ける。その異様な体質により、シロウズは周囲から迫害された。孤児だった彼は化け物と呼ばれ、石を投げられ、場所を失った彼は、生き延びるために犯罪へ手を染め、そして逮捕され、投獄された。だが最近起きた囚人の大規模脱獄に乗じ、シロウズは刑務所から逃げ出した
そうして彼がこの街へ戻ってきた理由は、一つだけだった。
花屋の少女、ミナ。
彼女の存在だけが、シロウズをまだ人間でいさせていた。シロウズは建物の陰から少女を見つめていた。
花を包む細い指。客へ向ける柔らかな笑顔。昔と変わらない姿に、彼は少しだけ目を細める。
だが、その足元へ黒い油がぽたりと落ちた。
「……ちっ」
舌打ちし、シロウズは袖で乱暴に拭う。
能力は便利なものではなかった。これは呪いだ、と彼は思っている。昔は違った。ただの気弱な少年だった。だが能力が発現した日、スラムの学校で火事が起きた。誰かの火遊びだった。だが床一面に広がっていた油のせいで炎は瞬く間に燃え広がり、気づけば全員がシロウズを見ていた。
『お前のせいだ』
その日から、彼の人生は壊れ始めた。
迫害、暴力、逃亡。
それでもシロウズは、ミナだけは遠くから見守り続けていた。その日の夜。シロウズはスラム街の廃ビルにいた。湿ったコンクリートの床には、男が三人転がっている。
「が……ぁ……」
最後の一人の胸ぐらを掴み、シロウズは低く尋ねた。
「誰の指示だ」
「し、知らねぇ……っ!」
男の頬を殴る。油で濡れた拳が鈍い音を立てた。
「花屋を狙ってる連中はどこだって聞いてんだ」
最近、ミナの店の周辺で荒事が増えていた。みかじめ料を払えという脅迫。深夜の投石。不審火。すべて、“蛇骨組”という半グレ集団の仕業だった。
「だ、蛇骨組のアジトはスラムの外れだ。でももうすぐ女を攫う予定で――」
そこまで聞いた瞬間、シロウズの瞳が揺れた。
「……女?」
「は、花屋の娘だよ!!」
男を突き飛ばし、シロウズは走り出した。商店街の明かりは少なく、シャッターの閉まった店の間を冷たい風が吹き抜ける。花屋の前には、黒いワゴン車が止まっていた。
「借金返せねんだからしょうがねえよな」
「やっ……離してッ!!」
ミナの声。男たちが彼女を車へ押し込もうとしている。シロウズの中で何かが切れた。全身から油が噴き出し、アスファルトを黒く染めていく。
「誰だてめぇ」
ヤクザの一人が振り返った瞬間、シロウズは地面を蹴った。滑る油の上を、獣みたいな速度で突っ込む。 拳が男の顔面にめり込んだ。
「ぐぁっ!?」
もう一人がナイフを抜く。だが足を滑らせ転倒。
シロウズはその頭を蹴り飛ばした。
「シロ……ウズ……?」
ミナが震えた声を漏らす。その瞬間、リーダー格の男が笑った。
「なるほど。噂の油人間か」
男はライターを取り出した。シロウズの動きが止まる。
「火、嫌いだろ?」
ぱちり、と火が点く。シロウズの顔から血の気が引いた。油まみれの自分に火がつけばどうなるか、誰より理解していた。だが男は笑いながらミナの髪を掴む。
「動いたらこの女ごと燃やすかんな」
ミナが苦痛に顔を歪める。それを見た瞬間。
シロウズは静かに目を閉じた。
そして。
「……ごめんな」
ぼそりと呟き、もしもの時に持っていたマッチを自分に押し当てた。
一瞬だった。爆炎、轟音と共に、シロウズの身体が火柱になる。
「なっ――」
男たちが悲鳴を上げる。シロウズは燃えながら突進した。逃げる男へ飛びつき、そのまま地面へ押し倒す。炎が移り、油が燃え広がる。地獄みたいな熱気の中で、ミナに視線を移す
「なんで……なんでこんな……!」
ミナの涙が落ちる。焼け爛れた身体で、シロウズはかすかに笑った。
「花……守りたかったから」
彼の視界の端で、店先の花々が風に揺れていた。
赤、白、黄色。
どれも昔、ミナが好きだと言っていた花だった…
ザバァアン!!
シロウズは急に水をかけられる。
「この探偵様に感謝しろよ、ガキ」
「ヒューゴさあん、もっと優しく接しましょうよお」
「そうだ!カテリナさんのいう通りだ!」
こうして、シロウズはたまたま通りがかった探偵と名乗る三人組に助けられるのだった
ほんとはバッドエンドにしようとしてたんだよな




