作戦会議
次の瞬間、低い声が市場に響いた。
「危ない!」
ユンロンの体が動いた。
無駄のない一歩。流れるような腕の軌道。ユンロンの掌が、振り下ろされるナタの腹を正確に捉える。金属が弾かれる鋭い音が響き、刃の軌道がわずかに逸れた。ナタはメロルスの背中をかすめて空を切り、床に突き刺さる。
「……っ」
刺青の男が歯を食いしばる。ユンロンはすでに半歩下がり、静かに間合いを取っていた。目は感情を乗せず、ただ相手の殺意を測っている。
メロルスは即座にに両腕のOGT義肢を構えた。背中を襲われた衝撃と、ユンロンに助けられた事実が、同時に頭の中を駆け巡る。
「……助かる」
「礼には及ばない。ただ、背後から斬りかかることは許せん」
ユンロンの声は硬く、低く、以前リングで相対したときと同じ響きだった。
刺青の男は残った一振りのナタを握り直し、二人を交互に睨む。刺青が再び薄く緑に光り始めている。次の実体化の予兆だ。
「お前……邪魔だ」
男の声は掠れていた。ただ、標的を仕留めることだけに特化した、機械的な殺意がある。
男は地面を蹴った。
その瞬間、男の脇腹の拳銃の形をした刺青が実体化した。
刺青の男はその拳銃を握り込みメロルスへ向かって即座に発砲した。
乾いた銃声が市場に響き、悲鳴が上がる。
「ちっ……!」
メロルスはとっさにOGT義肢を顔の前に交差させた。弾丸が金属の表面を弾き、火花が散る。衝撃が両腕に響き、メロルスの体が半歩後ろに下がる。皮下シールドが警告音を発したが、貫通は免れた。
「銃まで出すかよ……!」
男は必死な表情で、連続して引き金を引く。弾が次々と放たれ、メロルスは義肢で防ぎながら横へ転がった。屋台の柱に弾が食い込み、木材が砕ける。周囲の人々がさらに激しく悲鳴を上げ、逃げ惑う。
ユンロンが低く呟いた。
「銃器か。……厄介だな」
彼はすでに男の側面へ回り込んでいた。無駄のない歩法で間合いを詰め、男が次の弾を装填する隙間を狙う。
刺青の男はそれに気づき、ナタを持ったもう一方の手でユンロンを牽制しつつ、拳銃の銃口をメロルスからユンロンへ向けた。
「邪魔なんだよッ!!!」
銃声。
ユンロンは体を低く沈め、弾を紙一重でかわすと、同時に男の手首を正確に掌で捉えた。拳銃が上を向き、空に向かって暴発する。ユンロンはその勢いを利用して男の体勢を崩し、膝で脇腹を突き上げた。
「ぐあっ……!」
男の息が詰まる。だが、彼は即座に顔の刺青を光らせた。その瞬間また男の刺青が実体化した。
男の顔面からは二丁のUziが実体化して刺青の男の両手へと握られた。
「……はあ?!」
メロルスの声が、思わず裏返る。
次の瞬間、男は両腕を突き出し、引き金を引き絞った。
暴風のような銃声が市場を埋め尽くす。無数の弾丸が火花を散らしながら飛び交い、屋台の木材を粉砕し、床を抉り、壁に穴を穿つ。周囲に残っていた人々が、悲鳴を上げて地面に倒れていく。
人々が倒れていくあまりの光景にメロルスは呆然と立ちすくんだ。その隙を逃さんとする刺青の男は銃をメロルスへと向けた。
(何だ、これ……)
弾に撃たれて倒れる人。血を流してうずくまる人。逃げ遅れて地面に伏せる人。朝の市場が、一瞬で修羅場に変わっていた。
その隙を逃さんとする刺青の男は、銃口をメロルスへと向けた。
「死ね」
引き金が引かれる直前だった。
「来い!」
ユンロンの手が、メロルスの腕を強く掴んだ。
「――っ!?」
無駄のない力で引っ張られ、メロルスの体が横へ大きくぶれる。弾丸が耳元をかすめ、背後の屋台を粉砕する。ユンロンはそのままメロルスの腕を離さず、人混みの切れ目を縫うように走り出した。
「おい、ユンロン!? 何すんだ!」
「黙ってついてこい!」
硬く、低い声。ユンロンは振り返らず、市場の端にある狭い路地裏へと一直線に飛び込む。メロルスも仕方なく、義肢の重みを感じながら後に続いた。
路地裏に入ると、ユンロンはメロルスを壁に押し付けるようにして止まった。背後で銃声と悲鳴がまだ続いている。
「はあ……はあ……何なんだよ、アイツは?」
メロルスが荒い息で詰寄る。ユンロンは静かに首を横に振った。
「知らない。……だが、」
「なにか知ってるのか?」
「少し、心当たりがある。」
「教えてくれ!」
それからユンロンは自身が知っていることを語り始めた。
「知っていると思うがアイアンリングはデッドリートライアルは出入り禁止だ。そんな中、アイアンリングの出場者の中に1人だけデッドリートライアルが忍び込んだことがあった。そこでその出場者は『大事件』を起こした。」
「大事件……聞いたことがあるかもしれない」
「ああ、その日のネット新聞やニュースを席巻したほどの事件だったからな。」
ユンロンは壁に背を預け、静かに言葉を続けた。銃声はまだ遠くで続いている。
「その男は、自分の体に彫った刺青を実体化させる能力者だった。刃物、銃器、鎖……描いてあるものなら何でも取り出せる。最初はただの出場者としてリングに上がっていたが、試合中に突然豹変した」
メロルスの表情が、険しくなる。
「……豹変?」
「ああ。審判も、相手も、観客席の人間も構わずに撃ち始めた。リングが血の海になった。運営側が慌てて鎮圧に入ったが、実体化した兵器の数に押され、死傷者が数十名に上った」
ユンロンの声は平坦だった。だが、その平坦さの奥に、当時の惨状を思い出すような影がある。
「結局、警察が介入して男を拘束した。だが、その男は運ばれると最中に『出血死』したらしい」
「……出血死?人を襲ってる途中で怪我をしたのか?」
「いや、違う。どうやらその能力の副作用は皮膚からの『出血』だったらしい」
ユンロンはメロルスを見た。
「そこでだ。あの男の弱点は体に彫られた刺青を実体化し続けることだ。……それを利用し、2人で刺青の男を倒さないか?」
「いいのか?あんたには関係ないことなのに」
メロルスがそう聞くと、ユンロンは静かに目を細めた。
「関係ない、か」
低い声だった。以前リングで相対したときのような、澄んだ響きがわずかに混じっている。
「キミがあそこにいる男に狙われているのは、先の電話でわかった。アルレルナという名も、耳にした。私はただの買い物の途中だ。だが、」
ユンロンは路地の入口の方へ視線を向けた。銃声はまだ続いている。
「一般人を無差別に巻き込む戦い方は、許せん。それに、キミのあの目を見てしまった」
「目?」
「リングのときと同じだ。何が何でも譲れないものを持っている目だ。私はああいう目をした者を、見過ごす気にはなれない」
メロルスは一瞬、言葉に詰まった。ユンロンはそれ以上説明せず、短く息を吐いた。
「それに、弟妹に『今日は何もしなかった』とは言えん。誇りがない」
「……そうかよ。じゃあ、作戦はどうする?」
「ウム。では、キミには囮を頼むとしよう」
その言葉にメロルスはこう思った。
(またかよ!!!)と、
前もヒューゴに囮を頼まれたりとうんざりしていた。
「……また囮かよ」
思わず本音が漏れる。ユンロンは不思議そうに首を傾げた。
「また、か?」
「いや、こっちの話だ。……で、具体的にどうすんだ」
「簡単だ。キミがあいつの正面に立ち、実体化を促す。弾幕を義肢で受け止め、相手の力を返す技術で武器を叩き折るか、押し返せ。私は側面から間合いを詰め、あいつの体勢を崩す」
ユンロンの声は硬く、低い。作戦を淡々と告げるだけだ。
「出血を誘うまで引き延ばす。あいつの体が限界を迎えるまでな」
「わかった。……だが、もし俺がやられたらどうすんだ」
「そのときは、私がキミを回収して逃げる。弟妹に『仲間を見捨てた』とは言えん」
メロルスは短く息を吐き、OGT義肢の出力を上げた。駆動音が狭い路地に低く響く。
「頼りにしてねえが……まあ、助かる」
「礼には及ばない」
路地の入口から、足音がはっきりと近づいてくる。刺青の男が、こちらを特定した気配だった。
ユンロンが低く、冷たく言った。
「行くぞ」
「ああ」
二人は同時に路地を出た。
目の前に、上半身を刺青で覆った男が立っていた。両手にUziを構えたまま、二人を真っ直ぐに見据えている。顔の刺青が、不気味に緑に明滅していた。
男は低く吐き捨てた。
「逃げるな。……逃げないで……くれ」
メロルスは一歩前に出た。義肢を大きく構え、男の視線を引きつける。
「こっちだ、刺青男。俺が標的だろ?」
男の銃口が、メロルスへ向く。
次の瞬間、銃声が再び市場に炸裂した。
メロルスはOGT義肢を交叉させ、弾幕を正面から受け止める。火花が散り、衝撃が両腕に響く。ユンロンはその隙に、低い姿勢で男の側面へ回り込んでいた。
作戦が、始まった。




