面倒
ヒューゴは、白い天井をぼんやりと見上げていた。
体のあちこちが痛い。特に背中とみぞおち。フラッシュに振り回されて床に叩きつけられた衝撃が、まだ骨の芯に残っている。
「……最悪だ」
小さく呟くと、横から明るい声が飛んできた。
「おや、起きたかい」
振り向くと、隣のベッドにカイゼルが座っていた。額に軽い包帯を巻き、左手には点滴が繋がれている。それでも表情はいつも通り、妙に明るい。
「お前こそ、大丈夫なのか」
「まあね。ジャイアントスイングで壁に何回か叩きつけられたけど、骨は無事だよ」
「なんで俺たち無事なんだ?」
「見た目より頑丈なんだ、僕達は」
カイゼルは笑う。そのとき、医療室の扉が開いた。
入ってきたのはアレックスと、その後ろに小さくなってついてくるリゼだった。
「起きてたか」
アレックスが気軽に手を上げる。まるで近所の住人に挨拶するような軽さだ。
「……お前な」
ヒューゴは起き上がろうとして、痛む脇腹に顔をしかめた。
「まさかお前もデッドリートライアルだったとは思わなかったぞ。」
「あはは、まあね。ちなみに自分の肉体をワープホールにして相手の攻撃を全自動で避けることだってできるよ。まさに無敵って訳。」
と、能力の詳細を聞いてもないのに誇らしげに言ってみせる。
「……聞いてもないのに、なんで自慢してんだよ」
雨果は呆れたように吐き捨てた。アレックスは全く悪びれず、肩をすくめてみせる。
「せっかくなのでね。キミも知っておいた方がいいだろう」
ヒューゴが頭を抱えていると、リゼが恐る恐る口を開いた。
「あの……ヒューゴさん、体は大丈夫ですか?」
「ああ、そこまで酷くない。お前こそ、顔色悪いぞ」
「……はい。少し、怖くて」
リゼは自分の腕を抱えるようにして俯いた。フラッシュに無慈悲に倒されていく隊員たちを目の当たりにしたショックは、まだ消えていないようだった。
アレックスがその頭に軽く手を置く。
「もう大丈夫だ。あいつのような連中は、今度はこっちが迎え撃つ」
「……はい」
カイゼルがベッドの上で体を起こしながら、興味深そうに口を挟んだ。
「それにしても、フラッシュの能力は厄介だったね。『注目』を力に変えるなんて」
「ああ」
ヒューゴも苦々しげに頷く。
「視線も恐怖も怒りも、全部栄養にしてた。俺のジャンプも読まれたしな」
「有名すぎるのも考えもの、か」
そのとき、ヒューゴの頭にふと違和感がよぎった。
フラッシュは確かに派手に暴れていた。だが、あれだけ目立って注目を集めていただけの男が、なぜ「所長室周辺」まで騒ぎを広げたのか。
「……なあ、アレックス」
「なんだ」
「フラッシュ、ただ暴れてただけじゃない気がする」
アレックスの目が、わずかに細められた。
「ほう」
「SHLDの重要部署のカメラを確認してみろ」
アレックスは黙って端末を操作した。数秒後、彼の表情がわずかに硬くなる。
「……確かに、私の所長室区画の監視記録に空白がある」
「だろ」
「侵入者はフラッシュだけではなかった、ということか」
「可能性は高い。あいつは『注目を集める』能力だ。つまり、誰かが動くための囮としては最適だった」
医療室に、短い沈黙が落ちた。
リゼが不安そうにヒューゴを見る。
「じゃあ……何か、盗まれたんでしょうか」
「わからねえ。だが、ただの暴れじゃなかった可能性は高い」
アレックスは端末を閉じると、小さく息を吐いた。
「調べさせてもらう。お前たちは体を休めろ」
「ああ」
アレックスが医療室を出ていく。リゼも一礼して後に続いた。
残された部屋で、カイゼルがヒューゴの服をもう一度見て、ニヤついた。
「でキミは、服はどうするんだ?」
雨果は自分の胸元を見下ろした。
紳士服のジャケットは肩から大きく裂け、白いシャツには土と血の混じった汚れがこびりついている。ズボンの膝もすり切れ、全体的に「戦闘後」という言葉がそのまま形になったような有様だった。
「……また買い直しか」
「また、か」
「以前も似たようなことがあってさ。トレードマークの服が裂けちまって、新調したんだ」
「今回も自腹かな?」
「決まってんだろ。SHLDが弁償してくれるわけねえし」
カイゼルが楽しそうに身を乗り出す。
「じゃあ、退院したら一緒に買いに行こう。」
「やだね」
「ひどいな」
ヒューゴは再び天井を見上げた。
背中が痛い。腹も痛い。服はボロボロだ。
そして、フラッシュという男は「注目」を力に変える。
誰かがその注目を利用して、何か別の目的を果たした可能性が高い。
「……面倒なことになりそうだな」
小さく呟いたヒューゴの声は、医療室の白い天井に吸われて消えた。




