異界移送
リゼの背後で、遅れて警報がけたたましく鳴り響き始めた。
「リゼ! こっちへ!」
カイゼルが急いでリゼの腕を掴み、後ろへ引き寄せる。
「ヒューゴ!」
「分かってる!」
ヒューゴは腰のリボルバーへ即座に手を伸ばした。だが――。
「お前ら、俺を見てくれてるな?」
フラッシュがニヤリと下品な笑みを浮かべた。
「なら、もっと楽しませてやるよ!」
次の瞬間
床を蹴る激しい重低音とともに、フラッシュの身体が飛ぶ。
「――速っ!?」
ヒューゴが認識するより早く、目の前に巨大な影が肉薄していた。
「ヒューゴ!!」
カイゼルが横から必死に割り込む。
「おっと」
フラッシュは笑いながらカイゼルの腕を軽々と掴み取った。
「な――」
「そぉら!!」
ブンッ!!
回転運動の遠心力を乗せられ、カイゼルの身体が宙を舞う。
「うわああああっ!?」
背中から無慈悲に床へと叩きつけられるカイゼル。
「カイゼル!」
ヒューゴが叫んだ瞬間には、もう目の前にフラッシュの顔面があった。
「よそ見してんじゃねぇよ」
「――っ!」
みぞおちへ重い拳が突き刺さる。
「ぐっ……!」
ヒューゴの身体が「く」の字に折れ曲がった。そのままフラッシュはヒューゴの首元を鷲掴みにし、まるで羽毛のように軽々と持ち上げる。
「お前はあの有名な探偵か?」
「だったら……なんだってんだ……!」
「俺をもっと派手に楽しませてくれよ!」
「ぐ、あっ――!」
フラッシュはヒューゴを高く頭上へ投げ放った。
「うわっ!?」
だがその瞬間、ヒューゴの義手に新しく取り付けられた監視カメラが活きた。
「数十話ぶりの監視転移!!!」
ヒューゴはフラッシュの背後へと右手を向け転移した。だが、
「お前の能力は有名だから知ってるぜ。どっせぇぇぇい!!」
即座にに振り向いたフラッシュによりヒューゴは背後から追撃のダイナミックな打撃が叩き込まれ、勢いよく床へ叩き落とされた。
「ぐあぁっ!!」
衝撃で床のタイルに蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
「ヒューゴさん!」
リゼの悲鳴を聞き、フラッシュはさらに機嫌を良くして両腕を大きく広げた。
「いいねぇ……! もっと叫べ!!」
「調子に……乗るな……!」
倒れていたカイゼルが、フラッシュの横でよろりと立ち上がった。口元の血を親指で拭い、拳を力強く握りしめる。
「僕の目の前で仲間を好き勝手に投げ飛ばすとはね……少し頭を冷やしてもらおうか!」
カイゼルが踏み込み、渾身の拳がフラッシュの顔面へ肉薄する。
しかし。
「遅ぇ!」
フラッシュは難なく拳をかわすと、そのままカイゼルの腕を抱え込んだ。
「しまっ――」
「いくぞォ!!」
カイゼルの身体が激しく回転を始める。
「ジャイアントスイングだあ!!」
「うわあああああああ!!」
カイゼルの身体が、まるで巨大な人間ハンマーのように旋回する。
「ちょっ、待っ――!?」
壁。
床。
天井。
「ぐ!?」
幾度となく周囲の構造物に叩きつけられ、カイゼルの悲鳴が徐々に遠のいていく。
「カイゼル!!」
ヒューゴの叫びを余所に、フラッシュは満足そうにカイゼルを打ち捨てた。
「へへへ……どうだ! これが俺の――」
「うるせぇ!!」
満身創痍のヒューゴが這い上がり、血走った目でリボルバーを構える。
「くらえ!」
「おっと」
一瞬で距離を詰められ、銃口ごと腕を掴まれた。
「銃なんか撃ってないで、もっと俺を見ろよ!」
「離せっ……!」
「嫌だね!」
フラッシュはヒューゴの腕を捻り上げながら、愉快そうに笑う。
「なあ、探偵。気づいてるか?」
「……何をだよ」
「さっきから俺、どんどん強くなってるだろ?」
「……!」
ヒューゴが目を見開く。
確かにそうだった。
最初に見たときより、フラッシュの身体は明らかに大きく、そして輝きを増している。
銃弾を受けた傷すら、今では傷というより身体を飾る模様のように見えた。
「俺の能力はな――」
フラッシュはヒューゴを掴んだまま、周囲を見渡す。
怯えた隊員。
震えるリゼ。
倒れているカイゼル。
そして、自分へ向けられた無数の視線。
「俺に向けられた『注目』を、力に変える」
フラッシュの身体が、さらに強く輝いた。
「恐怖でもいい。怒りでもいい。歓声でも悲鳴でもいい」
口元が大きく吊り上がる。
「俺を見れば見るほど俺は強くなる!……目立たないと死んじまうがな。」
「……じゃあ、さっきから銃弾を受けて強くなってたのも……」
「そういうことだ!」
フラッシュは楽しそうに笑った。
「だから俺を撃て!」
「……!」
「俺を見ろ!」
ヒューゴの身体を強く引き寄せる。
「俺を恐れろ!」
そして、廊下全体に響き渡るほどの声で叫んだ。
「俺がこの舞台の主役だ!!」
その瞬間。
フラッシュの身体が、眩い光を放った。
「能力、主役特権!」
フラッシュは高らかに笑った。
「俺に注目が集まる限り、俺は止まらねぇ!」
「……最悪の能力だな」
ヒューゴが吐き捨てる。
「だろ?」
フラッシュは嬉しそうに笑った。
「だから――」
「いくぞ!」
「お、おい!?」
「パワーボム!!」
「うわあああああ!!」
高く持ち上げられたヒューゴの身体が、極限の加速度を伴って叩き落とされる。
「どぉりゃああああ!!」
爆発のような衝撃音とともに、床が大きく陥没した。
「――――」
沈黙。
ヒューゴはピクリとも動かなくなった。
「ヒューゴさん……!」
リゼの顔から血の気が引いていく。
フラッシュは観客席に応えるプロレスラーのように、満足げに胸を張ってポーズを決めた。
「どうだ! これが俺だ!」
そして、リゼへ向かって一歩踏み出す。
「もっと俺を見ろ!」
リゼが恐怖で後ずさった、その瞬間だった。
「そこまでにしておけ」
低く静かな声が、大騒動の廊下に響き渡った。
フラッシュの動きがピタリと止まる。
「……あ?」
不機嫌そうに振り返った視線の先から、一人の男がゆったりとした足取りで歩いてくる。
アレックス・オーボルト。
先ほど別部署へ向かったはずの所長だった。
「お父さん……!」
リゼの表情に安堵が広がる。
アレックスは転がっている隊員たちを一瞥し、次いで壊れかけた家具のように倒れているヒューゴとカイゼルを見遣った。
「……随分と派手にやってくれたな」
「アレックス……っ」
ヒューゴが床に突っ伏したまま、虫の息で声を絞り出す。
「逃げろ……」
「断る」
アレックスはフラッシュへ視線を戻した。
「君が侵入者だな?」
「だったら?」
フラッシュがニヤリと笑う。
「お前も俺を楽しませてくれるのか?」
「そうだな」
アレックスは軽く肩を回した。
「少しだけ付き合ってやろう」
踏み込みが交差する。拳と拳がぶつかり、空気が弾ける。フラッシュの連打が雨のように降る。アレックスは腕一本で受け、肩で流し、間合いを崩さない。
「いいパンチだ」
「まだまだぁ!!」
「なら、こっちからも行く」
腕を掴み、腰を入れて投げる。フラッシュの巨体が床を抉った。
「ぐおっ……! へへ、最高だ! もっとやろうぜ!」
アレックスは、そこで小さく息を吐いた。
「いや、もういいかな」
「……は?」
伸ばした指先が、フラッシュの胸に触れる。
空間が歪む。足元に黒い亀裂が走り、男の体が床ごと引き込まれた。
「ちょ、待――うわあああああ!!」
闇が閉じる。叫び声が切れる。残るのは半壊の廊下と、倒れた人々と、呆然とした沈黙だけだった。
「……騒がしい奴だったな」
空間が閉じ、叫び声が断ち切られる。
後には静寂と、半壊した廊下、倒れた隊員たち、そして呆然と倒れているヒューゴたちが残された。
「…………」
ヒューゴが床からゆっくりと顔を上げる。
「……なあ」
「なんだ?」
「今の、何だ?」
「異界移送だ」
「いや、技名を聞いてるんじゃなくて……なんなんだあの能力?」
ヒューゴは遠い目をして呟いた。
「簡単さ。触れた相手を異世界へ送る。それだけ。」
「えぐ。肉弾戦でお付き合いした後に、最後は『もう、いいや』で雑に飛ばすのかよ……」
「だって、急にちょっと面倒になっちゃって」
理不尽すぎる所長の戦闘スタイルにヒューゴは呆れた。




