SHLD襲撃
リゼとヒューゴが的に向かって射撃をしていたその頃、SHLDの入口付近では。
「さあ、フラッシュ。囮を頼んだよ」
「ああ、このフラッシュ様に感謝しろよ。てか、お前は準備出来てんのかよ?」
「もちろんさ。ダーツガンも、いつでも姿を変えられるホログラムマスクも完璧さ。」
アルレルナ陣営のフラッシュとアルレンドがSHLD襲撃の準備を着々と進めていた。
それから射撃訓練場には、先ほどまでの騒がしさが嘘のような静けさが
戻っていた。
リゼは未だに肩を落とし、深々と落ち込んでいる。
「……私、やっぱり射撃の才能、ないんでしょうか」
「うん、ないと思う」
「即答しないでください!」
「いや、だって人質に当てる才能ならピカイチだろ」
「それが嫌なんです!」
ヒューゴが呆れたように肩をすくめる横で、カイゼルが笑いを堪え切れずに口元を押さえていた。
「まあまあ。最初から完璧に撃てる人なんてそうはいないさ」
「カイゼルさん……っ」
「うんうん。だから次は――」
「『次』はないぞ」
ヒューゴが即座に言葉を遮った。
「お前ら二人とも、俺をなんだと思ってるんだ」
そんなやり取りを眺めていたアレックスが、ふと腕時計へ目を落とした。
「さて」
「ん?」
「私はそろそろ行くとする」
「どこか行くのか?」
「ああ。別部署で少し用があってな」
アレックスはそう言うと、リゼの頭へぽん、と軽く手を置いた。
「リゼ。今日はもう訓練を終えろ」
「はい、お父さん」
「ヒューゴを出口まで送ってやってくれ」
「分かりました!」
「いや、別に一人で帰れるけど……」
「遠慮するな」
「遠慮じゃねぇよ」
ヒューゴがぼやくと、アレックスはそんな彼を見てニヤリと意味深に笑った。
「では、またな」
「ああ」
「今度は尋問官のフリはしないでくださいよ?」
カイゼルが笑いながら手を振る。
「善処しよう」
「絶対やらないやつの返事じゃん……」
呆れ顔のヒューゴを後に、アレックスは別の廊下へと足早に歩いていった。その背中が曲がり角の向こうへ消えていく。
「じゃあ、僕たちも行こうか」
「はい!」
カイゼルの言葉にリゼが明るく頷く。
そして先ほどまで訓練場でシールドを展開していたSHLDの4人隊員たちも、ヒューゴを護衛兼案内として出口まで送ることになった。
「……なんか、妙に大所帯だな」
ヒューゴが思わず後ろを振り返る。
そこにはリゼ、カイゼル、そして数人の重装備のSHLD隊員。まるで国家の重要人物でも護送しているかのような物々しい光景だった。
「所長命令だからね」
カイゼルが楽しそうに笑う。
「別に俺、そんな大層な人物じゃないんだけどな」
「キーリオスで知らない人間はいない有名探偵なんだろう?」
「それ、さっきアレックスにも言われたな」
「事実じゃないか」
「自分で言われると妙に恥ずかしいんだよ」
「ふふっ」
リゼが小さく声を漏らして笑った。先ほどまで落ち込んでいた少女の顔に、ようやくいつもの笑顔が戻っている。
――誰もが、このまま何事もなく見学が終わると思っていた。
ここはSHLD本部という巨大な要塞の中。
警備は万全。熟練の職員も揃い、能力者への対策設備も隙なく整っている。
だからこそ、誰も気づかなかった。
遠く離れた廊下。
天井に設置された監視カメラの死角を――ほんの一瞬だけ、黒い影が掠めたことに。
そして、その影がすでに彼らの目と鼻の先まで迫っていることに。
「……ん?」
ヒューゴが不意に足を止めた。
「どうしました?」
リゼが振り返る。
「いや……」
ヒューゴは静まり返った廊下の先を見つめた。
何もない。ただ、無機質な白い廊下がまっすぐに続いているだけだ。
「……気のせいか」
再び歩き出そうとした、次の瞬間だった。
――ズドォンッ!!
激しい爆音と共に、突如として廊下の側壁が内側から吹き飛んだ。
「――っ!?」
全員が反射的に身を伏せる。
立ち込める粉塵、飛散する瓦礫、耳をつんざく爆音。
その破片の舞う煙の向こう側から、一人の男が足音もなくゆっくりと歩み出てきた。
白の道着に上半身裸、そして、顔には派手なシベリアンマスク。
そして、人間離れした体格。
「全員、止まれ!!」
SHLD隊員の一人が叫び、即座に隊員たちはリゼを庇うように一斉に前へ躍り出た。
「リゼさん、下がって!」
「えっ……!?」
「ヒューゴもだ!」
カイゼルが急いでリゼの腕を引っ張り、背後へ引き寄せる。
「何だ……こいつ……」
ヒューゴが目を細め、目の前の不審人物を鋭く睨みつける。
男は何も答えない。
ただ、一歩。また一歩と、優雅ですらある足取りでこちらへ近づいてくる。
その異様な存在感に、カイゼルが息を飲んだ。
「この派手な格好は……フラッシュか?」
その名が放たれた瞬間、隊員たちの顔色が劇的に変わった。
「全員、最大防御――!!」
隊長の叫び声と、完全に同時だった。
男の姿が、ふいに消えた。
「――っ!?」
次の瞬間、前方に構えていた隊員の盾が、内側から弾けるように砕け散った。鈍い破裂音とともに、金属片と血飛沫が宙を舞う。
「ぐあっ!」
悲鳴が上がる。血が床に飛び散り、赤い染みを広げていく。
男は、無数の銃弾が降り注ぐただ中に、立っていた。
胸を、肩を、次々と弾が穿つ。肉が抉れ、血が噴き出す。それでも男の足は止まらない。むしろ銃弾を受けるたびに、その身体は異様な光を帯び、さらに強く輝き始めていた。
「撃て!」
隊員たちが声を揃えて銃口を向ける。一斉射撃の炎が廊下を照らす。
男は腕を交差させ、真正面からその弾幕を浴びた。それでも男の唇には、歪んだ笑みが浮かんでいた。
「いい反応だ……もっと騒げ」
男が一歩、静かに前へ出る。
盾を構えた隊員の目前に立つと、その頭を乱暴に掴んだ。
「が――」
次の瞬間、鈍い音が廊下に響いた。骨が砕けるような音。隊員の身体が力なく崩れ落ち、床に転がる。
「え……?」
リゼの瞳が大きく見開かれた。
何が起きているのか、理解が追いつかない。ただ、自分を守るために盾となって立っていた隊員たちが、一人、また一人と、無惨に倒れていく。
「リゼ!! 下がれ!!」
カイゼルの叫びが、廊下に鋭く響き渡った。
しかし、男は止まらない。
横から飛び込んできた隊員の銃を、素手で掴むと、力任せにねじ曲げた。金属が悲鳴を上げて歪む。そのまま拳を振り抜き、顔面を殴り飛ばす。隊員の体が壁に叩きつけられ、動かなくなった。
別の隊員が至近距離から発砲する。男は避けなかった。
銃弾が額を撃ち抜く。血が額から流れ落ち、頰を伝う。それでも男は笑っていた。目を細め、楽しげに。
「俺を撃て」
一歩。
「俺を見ろ」
さらに一歩。
「俺を恐れて叫べ」
低く、響き渡る声に、周囲の隊員たちの動きが鈍る。銃口がわずかに揺れ、視線が逸れる。
絶対の安全を誇るはずだったSHLD本部。
その場所で今、自分たちを守ろうとしている隊員たちが、次々と倒されていく。血と悲鳴と銃声が、無機質な廊下を埋め尽くしていく。
リゼの背後で、ようやく警報がけたたましく鳴り始めた。




