完全燃焼
ヘイルが両腕を大きく広げた。
「なら、これで終わりだ」
その言葉を合図に、周囲の金属が一斉にうねり出す。
天井を支えていた重厚な鉄骨。無残にひしゃげた看板。エスカレーターの金属製手すり。床に転がったおびただしい数の弾殻。
あらゆる金属が、重力に逆らうようにヘイルの正面へと引き寄せられていく。
ぶつかり合い、潰れ、幾重にも重なり合う轟音。
やがてそれらは不気味な質量を統合せしめ、巨大な砲身のような形へと変貌を遂げた。
「磁力使いにはよくある磁力砲だぜ」
ヘイルの義体が低く唸る。
「俺の庭にある金属、全部まとめてぶち込んでやるよ!」
対するシロウズは、ピクリとも動かなかった。
被ったヘルメットの内部で、耳障りな電子音が容赦なく鳴り響く。
《高磁場を検知》
《オレウム・ハーネス、過剰出力を推奨しません》
「……知るか」
シロウズはその両拳を固く握り締めた。
瞬間、全身の毛穴という毛穴から黒い油が滲み出す。オレウム・ハーネスは、その燃料を飢えた野獣のように一気に吸い上げた。
背中に背負ったメインユニットが狂ったようなうねりをあげる。白い装甲の隙間から、ドス黒い油が滝のように流れ落ちた。
「ミナを助けるんだ」
足元には、すでに黒い水たまりができている。
「こんなところで止まってられるかよ」
着火。
一瞬の静寂の後、すさまじい爆炎がシロウズの全身を包み込んだ。
ヘイルが不敵に笑う。
「燃え上がったところで、避けられねぇよ」
「避ける?」
シロウズはゆっくりと顔を上げた。
「誰が避けるって言った」
その瞬間。
空間を切り裂くような轟音とともに、磁力砲が放たれた。
恐るべき質量を持った巨大な金属の塊が、一直線にシロウズへと迫る。着弾の余波だけで周囲の床が粉々に砕け、モールの堅固な壁面には深い亀裂が走った。
だが、シロウズは逃げなかった。
背中のユニットが限界を超えた最大出力へ切り替わる。
シロウズは、逃げなかった。
背中のユニットが唸る。
油が噴き出す。
着火する。
全身を炎が包む。
「ミナを返せ……!」
噴射。
シロウズの身体が、一気に前へ飛び出した。
巨大な金属弾が迫る。
それでも、止まらない。
「邪魔なんだよォ!!」
退くどころか、シロウズは真正面から巨大な金属弾へと言い知れぬ勢いで突っ込んだ。
激突。
凄まじい衝撃波がモール全体を揺らし、炎と金属が真っ向からせめぎ合う。
「な……」
ヘイルの顔から、余裕の笑みが綺麗に消え去った。
しかし、シロウズは止まらない。
唸りをあげる両腕で、自らの身を焦がしながらも巨大な金属弾を正面から押し返す。
悲鳴を上げる装甲。きしむ腕の内部補強材。
それでも、一歩も引かずに前へと進む。
「おおおおおおおおおッ!!」
咆哮とともに、まとう炎が一段と強さを増す。
押し返される金属弾は、高熱によって徐々に赤く染まっていく。
そして――
バキッ、と。
巨大な弾丸の表面に、最初の亀裂が入った。
もう一つ。さらに一つ、と奔流のようなひび割れが走る。
「嘘だろ……」
ヘイルが息を呑み、呟いた。
次の瞬間。
限界を迎えた巨大な金属弾が、内側から粉々に砕け散った。
無数の灼熱の破片が周囲へ四散する。
その嵐の中心を、炎の衣をまとったシロウズが完全に見せつけるように突き抜けた。
「な!?」
反射的にヘイルが身構える。
だが、遅い。
シロウズの振り抜いた拳が、ヘイルの胸郭へと真っ直ぐに叩き込まれた。
「ぐぅあッ!!」
凄まじい衝撃に抉られ、ヘイルの身体は宙を舞い、吹き飛ぶ。
背後あった太い鉄柱へと激しく叩きつけられ、そのまま無惨に床へと崩れ落ちた。
焼けたコートから黒煙が立ち込める。
義体の一部は高熱で赤く焼けただれ、磁力を制御していた中枢装置からはバチバチと火花が散っていた。
ヘイルは這うようにして起き上がろうとした。
しかし、すでに両腕は機能していなく、ただ重力に従うだけだった。
「……俺は……」
口の端から細い煙が漏れる。
「スネーク……ボーン……」
途切れ途切れにそれだけを呟き、ヘイルは完全に力尽きた。
少し離れた場所で、シロウズもまた片膝をついていた。
全身からもうもうと煙が上がり、オレウム・ハーネスからはかすれた警告音が虚しく響いている。
「……はぁ……」
荒い息を整えながら、シロウズはゆっくりと視線を上げる。
「まだ……終わってねぇ」
己の肉体に鞭打つように、彼は立ち上がった。
その視線の先には、モールの地下深くへと誘う暗い階段が口を開けている。
「ミナ……」
シロウズは、階段へ向かって歩き出した。
一歩。
また一歩。
満身創痍の身体は、もう限界だった。
それでも、足だけは止まらない。
この先に、ミナがいる。
そして、その先にはNISIKIが待っている。
自分が何を差し出すことになるのかも、もう分かっていた。
自由も。
これまでの暮らしも。
自分の人生さえも。
それでもいい。
ミナが生きて帰れるのなら。
「……それでいい」
誰に聞かせるでもなく、シロウズは呟いた。
背中では、オレウム・ハーネスの炎が小さく揺れている。
それは、勝利を祝う炎ではなかった。
自分の人生を燃やしてでも、たった一人を救おうとする男の、最後の火だった。
シロウズは振り返らなかった。
ただ、ミナのいる地下へと、ゆっくり階段を下りていった。
その後、シロウズはミナをしっかりと抱えてスネークボーンの根城から生還することができた。
その数時間後。
大火傷に骨折。明らか致命傷を負ったヘイルは床に倒れていた。周りでは部下達が大急ぎでヘイルの手当てをしていた。
「早く水持って来い!!!」
「そこぼさっとしてんじゃねえ!!」
誰かの上着が胸に当てられ、誰かが消火用の布で腕を巻く。だが、どれも場当たりだった。ただのギャングの医療なんて、元から応急が精一杯だ。親玉が死にかけている事実だけが、モールの焦げる空気に沈んでいく。
「ヘ、ヘイルさん……!」
若い構成員が声を裏返す。ヘイルの指が、わずかに床を掻いた。金属の破片を引き寄せようとする癖だ。力は入らない。それでも、体が痙攣している。
「クソ……俺は……まだ……」
「動くな! 動くなって!」
その時だった。
ハイヒールの音が、焼けた床を規則正しく踏んだ。
部下たちが顔を上げる。くすぶる煙の向こうから現れた女が現れた。
「あちゃ〜。……随分と、ボロボロだあ」
謎の女は、ヘイルの足元で立ち止まった。部下の一人が銃を上げかけるが、彼女は視線もくれない。ただ倒れている男を、希少な株を見る目で眺めた。
「おい……誰だテメェ」
「どいて。"助けてあげる"だけだから」
その声に圧迫感はない。だがその言葉には妙に信頼性があり、部下達はその女のために空間を開けた。
謎の女はヘイルの最もダメージを受けている部分に手を当てた。
すると女の手のひらから液体が精製されていく。部下の一人はその異様な光景に声を上げた。
「お前……それ何なんだよ?」
「これはね〜、私がやっとの思いで入手したNISIKI製のすごーい傷薬」
そう言っている間にも謎の女はヘイルの治療をしていく。
ヘイルも意識がはっきりとしてきたようで謎の女に声をかける。
「ア、アンタ一体?」
「私はね、「ブルーム」って組織のリーダーのアルレルナ・フラワー。貴方の協力が欲しくて助けに来たの。」
「へえ、何の協力がほしいんだか知らないが、俺を助けてくれたんだ。俺の命を持って協力してやるぜ……!」
その日、スラム一のギャング集団スネークボーンと謎の組織「ブルーム」が手を組んだ瞬間だった。




