第39話 最川家へ
海の日から数日が過ぎ、カレンダーは8月へと突入した。 連日の猛暑で、外は蝉の声がうるさいほどに響いている。優が自室で冷房の恩恵に預かりながら、読みかけのラノベを捲っていたその時、スマホが短く震えた。
「……最川さん?」
画面に表示された名前に、優は少し身構えた。また蓮(山田)も交えて遊びに行く誘いだろうか。そう思いながらメッセージを開封すると、予想に反した言葉が目に飛び
込んできた。
『水瀬くん、いきなりごめん。ちょっと相談したいことがあるんだけど、今いいかな?』
(相談……? あの明るい最川さんが?)
優は少し緊張しながら、すぐに返信を送った。 「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」
数秒後、既読がつくと同時に返ってきた内容は、優の想像を遥か斜め上を行くものだった。
『実は……うちの弟と遊んでほしいんだよね。……ダメかな?』
「……は?」
優は思わず声に出してスマホを見つめ直した。 弟と遊んでほしい? なぜ自分に? 蓮ならまだしも、運動も得意じゃない自分が? 混乱する優の指先に、追撃のメッセージが届く。
『パパが急に仕事になっちゃって。私も家事とか色々あって。でも弟が「あのお兄ちゃんにまた会いたい」って聞かなくて。……本当に、水瀬くんしか頼れる人がいないの!』
(俺、あの日チラッと見られただけなのに……?)
戸惑いはあったが、あの夜、一生懸命に家族を支えている彼女の姿を知ってしまった以上、断るという選択肢はなかった。
「……わかった。俺でよければ、行くよ」
承諾の連絡を入れ、優はあの日と同じ、築40年のアパートへと向かった。 陽炎が立つほど暑いアスファルトを歩き、アパートの前について連絡を入れると、すぐに階段を駆け下りる音が聞こえてきた。
「ごめんね、水瀬くん。こんな急なことに付き合わせちゃって」
現れた最川さんは、学校で見せる完璧な姿とは少し違い、髪をラフにまとめ、エプロンをつけた「家のお姉ちゃん」の姿だった。
「……まあ、大丈夫だよ。暇してたし」
聞きたいことは山ほどあったが、優は一番気になっていたことを口にした。
「あのさ……なんで俺なんかと遊びたい、なんて言ったの? 弟くん」
すると、最川さんは少しだけ視線を泳がせ、困ったように頬をかいた。
「あー……実はね、前、家まで送ってくれたじゃん? あの後、家で色々あって……」
言葉を濁す彼女の様子に、優は(……何か、俺には言えない家庭の事情でもあるのかな)と察し、それ以上深く追求するのをやめた。
「……まあ、外は暑いし、とりあえず中に入って」
「……散らかってるけど、上がって!」
最川さんに促され、優は錆びた手すりの階段を一歩ずつ上り始めた。




