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第37話 帰りの電車

あれからも、四人は時間の許す限り海を満喫した。 波打ち際で追いかけっこをしたり、少し深いところで蓮に無理やり泳がされたり。 夕暮れが近づき、更衣室で着替えを済ませて駅に向かう頃には、心地よい疲れが四人を包み込んでいた。

ガタン、ゴトン――。 帰りの電車は、冷房が程よく効いていて、遊び疲れた体には少し肌寒いくらいだった。

運良く四人並んで座ることができたが、真っ先に眠気に襲われたのは最川さんと蓮だった。


「あー……マジで遊び尽くした……」


蓮が大きくあくびをして、ガクンと首を落として眠りにつく。

優の隣では、冬月さんが静かに窓の外を見つめていた。 オレンジ色から深い藍色へと変わっていく空の景色が、彼女の瞳に映り込んでいる。


「……冬月さん、疲れた?」


優が小さく声をかけると、彼女はゆっくりとこちらを向いて微笑んだ。


「少しだけ。……でも、すごく楽しかった。あんなに笑ったの、いつぶりだろう」


その控えめな、けれど心からの言葉に、優は胸が熱くなるのを感じた。


「そっか……。」


電車が大きく揺れた。 その拍子に、冬月さんの肩が優の肩にコトンと触れる。 いつもなら慌てて離れるはずの彼女が、今日はなぜか、そのまま体重を預けてきた。


(……えっ)


優は緊張で体が硬直した。けれど、冬月さんから伝わってくる体温と、かすかに香る潮風とシャンプーの匂いが、不思議と心地よかった。 彼女も、そして隣で爆睡している蓮も、自分にとってかけがえのない存在なんだと、改めて実感する。


(……この時間が、ずっと続けばいいのに)


疑惑のことなんて、今はどうでもよかった。 ただ、隣で眠る彼女の重みを感じながら、優もゆっくりと、まどろみの中に身を沈めていった


ガタンと電車が止まり、目的の駅に到着した。 優と最川さんの家はここが最寄りだ。蓮と冬月さんの家は、もう一つ先。

優は立ち上がり、隣でまだ少し眠そうにしている二人に声をかけた。


「じゃあ……俺と最川さんはここだから。また」


優が少し照れくさそうに名前を呼ぶと、蓮はパッと目を覚まして、白い歯を見せて笑った。


「おう! またな、優! 帰り道、気をつけるんだぞ!」 「……うん。またね、水瀬くん。最川さん、今日は本当にありがとう」


冬月さんも、優を見上げてふんわりと微笑んだ。 走り去る電車の赤い尾灯を見送ってから、優と最川さんは改札へと向かった。

自動改札を出て、駅前のロータリーを抜ける。 時刻は六時半。夏とはいえ、この時間になると辺りはすっかり暗くなって、オレンジ色の街灯がポツポツと道を照らし始めていた。

しばらく並んで歩いていたが、ふと最川さんが口を開いた。 「


水瀬くんの家は、確かこの先の角を左に曲がるんだよね?」 「うん、そうだね」 「……そっか」


最川さんはそれだけ言うと、少し歩調を緩めた。その横顔は、どことなく寂しげで、昼間の賑やかさが嘘のように静かだった。


(……流石に、こういう時は送っていくべきなのかな。ラノベの主人公だったら、間違いなくヒロインを家まで送るよな……)


優の脳内で、今まで読んできた数々のラノベのシーンが駆け巡る。 足はすくみそうだったが、自分の中で何かが背中を押した。優は勇気を振り絞って、言葉を紡いだ。


「あの……最川さん。よかったら、家まで送って行こうか?」


その言葉に、最川さんは足を止め、弾かれたように優の方を見た。


「え……っ、いや、流石に水瀬くんに申し訳ないよ! 方向、逆になっちゃうでし

ょ?」


最川さんは慌てたように両手を振った。 優は耳の裏が熱くなるのを感じながら、視線を足元に落として、消え入りそうな声で、でもはっきりと告げた。


「……いいよ。……その、もう暗いし。女子を一人で歩かせるのは……なんか、心配っていうか。……迷惑、かな?」


言い終えてから、優は「うわ、今の言い方めちゃくちゃ恥ずかしいな……」と心の中で悶絶した。 けれど、優の精一杯の言葉を受け取った最川さんは、一瞬だけ目を見開いたあと、ふいっと顔を背けた。


「……迷惑なわけ、ないじゃん。」


そう言った後、最川さんは顔を背けて、優には聞こえないほどの小さな声で、ぽつりと呟いた。


「……バカ」


街灯の逆光で表情はよく見えなかったけれど、その声はいつもの明るさを取り戻したように弾んでいた。


「じゃあ……送ってもらおうかな。ありがと、水瀬くん」

「……あ、うん。行こうか」


結局、二人は別れ道の角を曲がらずに、最川さんの家へと続く道を歩き出した。 さっきまでの沈んだ空気はどこへやら、二人の間には、少しこそばゆいような、新しい緊張感が流れ始めていた。

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