第28話 活動再開
学校が終わり、校門まで迎えに来てくれた母親の車に乗り込んだ。
優の母親は、女手一つで二歳上の姉と優を育ててくれた。今は大学生の姉が一人暮らしをしているため、家には母と優、二人きりの生活だ。
「じゃあ、お母さん一旦仕事に戻るから。ご飯温めて食べてね」
車から降りる際、母が忙しなくそう告げた。自分たちのために必死に働く母の背中を見送りながら、優は声をかけた。
「うん、わかった。……行ってらっしゃい。」
母が再び仕事へと向かっていくのを見届け、優は松葉杖をついて自分の部屋へと戻った。 ベッドに腰を下ろし、真っ先にスマホを取り出す。祈るような気持ちでSNSを確認すると、そこには待ち望んでいた「彼女」の投稿があった。
『みんなお待たせ! 今日から活動再開します!』
「……っ、よっしゃあ!」
画面に踊る「あいりん」の言葉に、優は思わず拳を握りしめた。 嬉しさのあまり飛び跳ねたい衝動に駆られたが、ズキリと響くギプスの重みで我に返る。
「……あ、痛っ。……あぶね、忘れてた」
苦笑いしながらも、目元は緩みっぱなしだった。 昨日までの、あの胸が締め付けられるような不安が、たった一行の投稿で嘘のように晴れていく。 優は何度もその投稿を読み返し、彼女の帰還を心から噛み締めていた。
夜の8時。 優はスマホの画面を食い入るように見つめていた。ついに、星夏愛のライブ配信が始まった。
画面が切り替わり、いつもの聞き慣れた第一声が響く。
「おはなつ〜、みんなお待たせしました!」
少しおどけたような、でもどこか緊張しているような彼女の声。 コメント欄は一気に加速し、画面が見えないほどの「おかえり」で埋め尽くされた。優はその光景を眺めながら、ようやく深く息を吐いた。
配信の中で、彼女は活動を休止していた理由について静かに語り始めた。
「……急にいなくなって、心配かけてごめんね。実は、ちょっと不注意で怪我をしち
ゃって。それに加えて、いろいろと重なって忙しくて……なかなか配信できるような余裕がなかったんだ」
画面越しの彼女の声は、どこか申し訳なさそうで、でも戻ってこれた喜びも混じっているようだった。
優は、じっとその言葉を聞いていた。
ふと、今日一日の出来事が頭をよぎる。 体育の時間、隣で捻挫した足をサポーター越しに触っていた冬月さんの姿。
今まで感じていた小さな違和感が、少しずつ一つの線に繋がっていくような感覚に、優の心臓がドクンと大きく跳ねた。
「……まさか、な」
優は小さく独り言を漏らし、すぐに頭を振った。
(やっぱ、そんなわけないか。あんなに大人しい冬月さんが、信者なわけが。……俺、どうかしてるな)
自分の飛躍した想像を打ち消すように、優は自嘲気味に笑った。 けれど、一度生まれた疑念は、胸の奥で小さな火種のように残り続けている。
優は、少し震える指先で、ただ一言だけコメントを打ち込んだ。
『おかえり』
それは、何万人もいるリスナーの中の一つの声に過ぎない。 それでも、画面の向こう側にいる「彼女」に届くことを願って、優は送信ボタンを押した。




