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四十五話

 彼女との初めての出会い。「よけいな言葉から生きる力は生まれない」と、押し潰されそうな不安から自分を鼓舞し、誰かにも伝えようとしていた彼女に興味をもった。すごいと思った。


 共感、そんな都合で弱さの居場所を押し付けようとした私。


 そんな情けなさも伝わればいい。


 「自分」とか「夢」なんて選択肢に追われながら、他人との差に焦りながら、答えを探していた。それでも、一人の不安に耐えられなくて怖くて。


「私も、わからなかった。でも、ただ焦るのは違うね。他を見て自分が見えなくなるのは違うね」


 自分のことが彼女と重なる。憂鬱な感情に支配され、自分が見えなくなって、周りの変化に焦って、自分を否定して……。


 やりたかったことは水面を揺らすことなんかじゃない。

 ほしかったのは名札なんかじゃない。


 全部わかっていた。私たちはわかっていたはずなんだ。


 私も彼女と同じ。ファンタジーが好きだった。

 物語の主人公は困難を乗り越え、無理なんて言われたことにも立ち向かう。

 そうやって〝当たり前〟をひっくり返す。そんな主人公が格好良かった。

 そういうものに私は期待していたんだ。


 私が期待した私。なのに、――〝私〟を〝私〟が否定するな。


 誰かの声、周りの声、そこから生まれた私の中の〝当たり前〟こいつが私を一人にした。こいつが私たちを否定した。


 変えるべきなのは自分の中の〝当たり前〟

 求めるべきなのは私の、私たち自身の〝名前〟


「少し、わがままになってもいいんじゃないかな」


 わかった気になって、わかってるつもりで、自分のことすらわからない。


 そんな滑稽を繰り返してきた。問題すらわからない問題、そんな無理難題の回答違いを、ずっと自分が至らないと思い込んできた。そんな話。


 世の中〝ままならない〟なら、私も自分勝手に、〝わがまま〟にならないと。


 黒く、よどんだ澱のような薄闇が解けていく。

 映された少女も白んだ光にとけていく――。



 気が付くと私は彼女を対面から抱きしめていた。


 変わらない雨足は静かに地面を打つ。私たちを濡らすことなく、木々の葉に音を立てることもなく。


「えっ、あれっ、お姉さんどうして……」

「あやか、起きた?」

「あたしの名前、どうして……あれ? お姉さんのこと、知らないはずなのに……あたし……」


 慌てて離れようとするのを引き留め、落ち着くように促しながら話した。


「ごめんね、今の状況、飲み込めないよね。今からちゃんと説明するね。――」

 それから私はカラオケでのこと、この神社のこと、人の願いの影響のこと、彼女の記憶を覗いたこと、私の記憶を伝えたこと、最初から全部をゆっくり話した。


 混乱していた彼女も話を聞くうちに、少しずつ記憶が戻ってきたようで「ごめんなさい」と迷惑をかけてしまったことの後悔と謝罪を口にした。


「謝らないで。それに、私こそ、勝手に記憶を覗き見しちゃったりしてごめんなさい」


 理由はどうあれ私の行為は身勝手で一方的で不躾だった。


「あたし、自分がよくわからなくて、誰かに責められたわけでも、何かを迫られたわけでもない、何でもないはずなのに、学校にも家にもいたくなくて……帰りたくないな、って思ってるとき、お姉さんに声かけられて、ちょっと話しただけなのに、この人ならどうにかしてくれるんじゃないか、って勝手に思って、強引に……」


「私も、わからないことだらけなんだ。でも、あやかのこと知って、自分だけじゃないって知って、少しだけわかることができた気がする。〝何でもない〟ことなんて何もないんだよ。言葉だって、普段見えるようなものじゃないのにこんなに葉をつけて、根を張っている。どんなことだって、そこに関わっているのは〝私〟であって〝あやか〟だ。私たちは周りを見て自分を知った気になる前に、もう少し私たち自身のことを知るべきだったんだ」


「あたしたち、自身のこと……」


「うん、わかんないことはわかんないまま棚上げでもいい。でも、自分の知ってることまでどこかに上げたり、隠したりするのはもったいないと思う。あやかだって知ってるんでしょ。自分がやってみたいこと」


「自分のやってみたいこと……、でも……」


「あのーー、いいでしょうか? すいません、お話の途中で」


「わっ、出た、幽霊!」


 口入屋さんの存在を少し忘れていた。

 タイミングを窺っていましたとばかりの素振りでそろり近寄るあやしい布の塊り。

 不安げな足取りがあやしさを引き立たせる。服装はいつの間にか巫女姿に変わっていて「どうしたんですか?」と尋ねるとまた「着てみたかったから、ではいけませんか?」と返された。


 顔を隠して姿をころころ変える人を説明する言葉は出てこない。実際の素顔も知らない。人となりもあまり知らない。

 わかっているのは自分ができることを知っている人ってこと、できることをやろうとしてる人ってこと、おそらくちゃんと自分を知っている人。


「ごめんなさい、ちょっとびっくりしちゃって。もう大丈夫です。お姉さんの記憶を見たんで、幽霊なんて言ってごめんなさい」


 口入屋さんは「幽霊でもかまいませんよ?」と、おどけてから「わたしも、言の葉を見させていただきましたので、少しだけお話をさせてください」と切り出した。


「人はどうしても自分しか知りません。それすらせいぜい外の物事を物差しにして〝わかったつもり〟になるくらいです。〝不安〟こそ〝当たり前〟のことなのかもしれません。不安だから、そんな自分を直視したくない。何かを否定したり、誰かを羨んでしまったり、目を背けてしまう。ですが、〝わからない〟という言葉にかまけて誰かを無暗に否定してしまうのは自分から離れる要因にもなってしまいます。否定は心地いいですから。何かを否定しているとき、自分自身の不安から目は背けられています。背けたまま、離れてしまうのです」


 そっか、あやかが友達の夢を否定したとき、変な感覚がした。それまで自分の感情は理解できていた。〝わからない〟って感情でさえも。でも、羨みから恨み、否定的な感情への変化は本当にわからなかった。自分の本当の気持ちがわからなかった。まるで自分が遠くにいるような、そういう感覚。


「あたしも自分が不安でしょうがなかった。誰かに影響されるだけのあたしには、自分のやりたいことなんて……だからやりたいことをやってる友達が羨ましかった。羨ましくて、そうなれない自分が嫌になって、自分が勝手に諦めた理由を友達の夢に向けて……ホント最低……自分の気持ちだってだんだんわかんなくなっていって……」


 あやかは言い終わる前に、思いが溢れそうになったのか両手で顔を覆いしゃがみ込んでしまった。


 しゃがみ込んだあとからあやかを取り巻くように細い枝が伸び始める。

 池の水面で見たのと同じもの。葉が疎らで刺々しく感じる枝があやかを囲うように茂りはじめる。


「ねえ、聞いて。あやか、誰かの言葉じゃない、自分の言葉にもう少し耳をすまして。心に、思ったまま、わがままでいいから」


 あやかは自分がわからなかったわけじゃない。どうすればいいかわからなかっただけ。本当なんて、ずっと自分の中あったはず。


「でも、こんな、何かでコロコロ変わる気持ちなんて……」


「そうですね。心はとても揺れやすく、強くもあり、脆いものです。そう影響させるのが言葉なのでしょうね。ですが、不変じゃないから、何かから影響を受けてしまったから〝ホント〟じゃなくなる、何てことはないと思います」


 口入屋さんはそう言うと少し辺りを見回し、「丁度いいのがありました」と、何かを指さし話を続ける。


「例えば、あの硬そうな石。故意に力を加えない限り不変に形を保てそうに見えますが、周りの環境、自然の風や水の影響だけでも確実に形は変わります。ましてや、川の流れのような、常に影響を受ける環境などに置かれれば硬い石ですらすぐに形を変えるでしょう。――でも、あなたは、その形が美しいと感じたのではないですか。それが最初からそうであったものではなく、変化したものと知っても尚〝宝石に違いない〟そう、思ったのではないですか」


「あたしのホント……。あったんだ。ちゃんと最初からあったんだ。……誰かが言った、からじゃない。誰かに価値がある、からじゃない。自分の意思をちゃんと持ってた。……変わらないものなんてないのに、変わらないって思い込んで焦ったり、変わらない〝ホント〟なんて探したり……馬鹿だな……」


「私もそうだよ。言葉が足りなかったんだ。自分のことを知る前にいろんな言葉を知っちゃって、〝よけいな言葉〟を知りすぎちゃって、必要な言葉が足りなかったんだよね」


 あやかを囲んだ枝は徐々に葉を付け、塞いでいた囲いの枝が静かに折れた。枝は少し広がりをみせながら、また葉を増やしていく。


 あやか自身の中にあった言葉たち。大事なのは、知るだけではなく、ちゃんと理解してあげること。

すると、数カ所で小さな蕾が出来ていた。粒状が複数集まった蕾。


「他の影響を受ける。変化とはきっと、ままならないことが多いでしょう。辛い思いもするでしょう。移り気な心を疑ってしまうかもしれません。それでも、わたしはその花が咲いてくれるなら、とても愛おしく思います」


 口入屋さんの声はどこか寂しげに聞こえた。何かを失ってもそれを肯定するような、後悔、否定すらも肯定するような……。


 少し考えるように宙を仰いだあと、口入屋さんは懐から色紙を取り出し、何かを織り出した。暫くして――


「クジラとはいきませんが、どうです? 結構上手いものでしょ?」


 ――金魚だ。器用に紙で折られた二匹が口入屋さんの掌から泳ぎ出した。


 淡い色の赤い金魚と薄い青の金魚。裏地の白が綺麗に混ざった二匹は尾ヒレで空を掻き、まるで生きているような動きであやかの側をぐるりと泳いでいく。


 金魚。そう認識したときには折り紙ではない、本当の金魚になっていた。


「ねえ、あやか見て!」


「えっ、何これ! すごい! 金魚だ!」


「口入屋さん、これ、どうやったんですか? 手品ですか?」


「いえ、別に特別なことはしてませんよ。言の葉が木になる。それは〝言葉〟の力によって与えられる影響がその形状に近いというだけであって、言葉そのものが植物の性質を持っている訳ではありません。〝言霊〟と言えば想像しやすいですかね。魂と言えば大げさですが、言葉には生きた力があります。形を与え、そこに適した言葉を与えれば、そのものは影響を受ける。と、いうことです。まあ、やはり木や草、植物の性質に近いのかあまり長くは持ちませんが」


 あやかの側を二匹が静かに泳ぐ。すると、広がった枝葉に付けていた蕾たちがはらりとほどけるように花を開かせた。


 小さな白い、アジサイの花。


 「きれい……」


 街の中の森。雨音を立てない言の葉。細枝に咲いた小さな白い花。その周りをゆるりと、きままに泳ぐ金魚たち。


 あたりに満ちた願いの泡沫は気泡のように空へと上昇していく。


 〝当たり前〟から少し離れた景色はただただ綺麗だった。


「あたしの花……」


「そうです。あなたが咲かせた花です」


「白いアジサイの花。確か花言葉は〝寛容〟だったかな?」


 何気なく調べたことのある知識が役に立つ。


「ええ、それもまた性質なのだと思います。誰かではない、誰のためでもない。あなた自身を、もう少し認めてあげてもいいのではないですか」


 口入屋さんの言葉は優しく、私の中のどこかにも沁み込んでくる。


 甘い言葉と思っていた。喫茶店でも言ってもらった『あなた、だから』、という言葉も、私にはもったいない言葉だと、どこかで否定していた。


 自分を甘やかす飴のような言葉。そこに心地良さを求めるから自分は不出来なのだと思ったりもした。ダメだから甘えにすがりたくなると、なるべく遠ざけるようにしてきた。


 もし、私もその甘さに手をのばしてもいいなら。やっぱり、甘えだろうか。


「あたし、やってみようと思います。まだ、わからないことだらけですけど、自分の思ったことを形に、まずはやってみることから始めます」


「うん! がんばれ! 私も頑張る!」


 最初の言葉。なんで、とか。どうして、とか。理由も大事だけど、最初に生まれた若芽を自分が守らないと、知らないあちらこちらからよけいなものが湧いてくる。つまらない不安に埋められる。そのうち自分の言葉がわからなくなる。



だから、もっとわがままに。自分のままに。


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