四十話
次に浮かんできたのはまた知らない教室。賑やかな声。見覚えのある制服。彼女が着ていたブレザーの制服。目の前には明るそうな女の子が二人ほど机を椅子に談笑している。私を含めた三人。少し気の強そうな子がいて、その子の隣にほんわかした子がいる。ゆかと呼ばれていた少女の姿はこの教室にはない。
「でさー、そのあとが面白くてさ」
「わかる。あそこで腹筋死んだ」
「でしょ? あれヤバいよね?」
「えー、見たかったなぁー」
気の強そうな子から話が膨らみ、私、ほんわかした子と続く。
「え、はるか見てないの? いや、あれ見てないとかホントないから! はるかないから!」
「ちょっとぉーパンパないみたいなトーンで言わないで! ひどくない? あ、そーだ、まゆちゃんってもう進路表出したぁ?」
「出したよ。その日のうちにね」
「あ、やば、あたし忘れてた……」
「あやかは進路とかどーすんの?」
「わかんない、まだ決めてない。まー、就職だと思う。とりあえず今はバイト優先かなー」
「本屋だっけ、意外だよね。国語系が苦手なくせにさ」
「うっさ、そーゆーまゆはどうすんの? 進路」
「アタシも就職かな。カ、リ、ス、マ、モデル! キラッ☆」
「カリスマなんて職業はないよ? 今、読者モデルやってんだっけ?」
「まーね。あやかもちゃんと考えないとカ、、リ、ス、マ、本屋になれないぞ?」
「おおん? 誰が本屋に就職したいって言いたよ、それにカリスマ本屋ってどんな本屋だ!」
「で、実際、なんかあるでしょ。やりたいこととか、こうなりたいとかさ」
「まゆみたいに目標があって、その努力の仕方もわかってる人なんて、たぶん多くないよ」
「えぇー、そんなの自分がしたいことじゃん。簡単なことじゃん」
「したいことができる人なんてほんの一部。もしものために他の選択肢も考えなー」
「そっかなー、もったいなー」
「ねぇ、ねぇ、わたしにも聞いてよぉー、ほら、ほら、カモン! カモン!」
「はいはい、はるかさんは何になりたいんですかー」
「は、る、か、わぁーお嫁さぁん!!!」
「ちゃんちゃん~♪ちゃちゃん~♪ちゃんちゃん~♪ちゃちゃん~♪」
「本日もご来店、誠にありがとうございます。当店は――」
「まって! まって! 追い出さないで! ホントまって! そしてあやちゃんは蛍の光にならないで!」
「だってはるか、前の彼氏とはどうなったんだっけ?」
「ひと月で別れました」
「その前は?」
「一週間です……」
「本当に好きならいいけどさ、付き合う相手とかさ、よく考えな?」
「だって……好きって言われて、かわいいとか言われたら、なんか嬉しくなるじゃん? でもさ、いざ付き合ってみるとあんまり言ってくれないし、結局、わたしじゃなくてもいいのかなぁーって、ね? ね?」
「うっわ! かまちょうざ! めんどくさ! めんどうざ!」
「まゆちゃんひーどーいー、うーざーくーなーいー」
「はるかって年上とか先輩と付き合うの多くない?」
「あ、それあたしも気になった。あんた、後輩からもけっこう声かけられるじゃん? 見境なしって思ってたけど、やっぱ好みとかってあんの? ハルカないな!」
「まゆはホントひどいね……」
「んー、なんだろ。基本、後輩とかタメはないかなぁー。なんか年上の方が落ち着く、っていうか。まー上過ぎは嫌だけど。好みっていうか、みんながほっとかない感じ? かな? は、る、か、愛され体質だからぁ!」
「ちゃんちゃんーーちゃちゃんーーちゃんちゃんーーちゃちゃんーー」
「はい、へーーてんでーーす、へーーてんですよーー」
「まって! まって! まゆちゅん雑にならないで! あやちゃんもやる気取り戻して!」
「かまちょの心配なんてすんじゃなかった」
「かまちょじゃなぁーい!」
「でもさ、ホント気をつけな? ちゃんと考えないと、利用されたり、言葉で騙されて詐欺とかに引っ掛かりそうだから」
「ちがうって、そうゆーのじゃなくて、ホント……あっ、もしかしてあやちゃん、嫉妬ってやつ? そーいえば二人とも彼氏いないよね?」
「はぁ? どの口が嫉妬なんて生意気なこと言ってんだぁ?」
「おおん? なにが悪いんだ? ぼっちの何が悪いんだ? おおん? ケンカ売ってんのか? おおん?」
「アタシは別に作んないだけだし、彼氏なんてめんどーなだけだし、嫉妬じゃないし」
「あたしも別に作れないだけだし、彼氏なんて羨ましいだけだし、でも嫉妬じゃないし、めんどーだし」
「あやか! 本音! 本音が出ちゃってるぞ! 隠して!」
楽しそうな笑い声が教室に響いて、また景色が揺らいでいく――
無性に胸が苦しくなっていた。自分にはなかったもの、それを羨ましいと感じてか心がむず痒く、やり場の無さがもどかしい。もしも、なんて空想は膨らむ前に後悔が窘めていた。
進路、選択肢、それらは私にもあったはずだ。私は何がしたくて先延ばしにしたのだろうか。何が怖くて、先延ばしにしているのだろうか。何かになりたいはずだった。のに、何かになってしまうのが、闇雲で、怖い。と、思ってしまっている。たぶん、それが今。
彼女はどうだったのだろうか、どうなのだろうか……わからない。
それにしても、本当にわからない。彼女の、どの記憶にも割れ人になるようなきっかけもなかった。ましてや、膝を抱えた彼女の次に見えた記憶として違和感しかなかった。
彼女が何を考えて、何を思っていたかわからない。




