三十三話
人見知りしないタイプの子だったな。
活発そうで、クラスでも中心にいそうな女の子。自分とは違うタイプの子が自分と同じ感覚を共有してくれた。なんだか不思議に感じる。
でも、どうやって見に行くんだろ。今の私は鏡を触っても割れ人にはなれない。理由はわからないが
喫茶店の出来事が何か私に影響を与えたのだと思う。
◇
しばらく店内で時間を潰していると店員さんがブレザーの制服姿で戻ってきた。
「お待たせしました。じゃあ、行きましょう!」
「ど、どこに行くの? たぶん今の私、鏡に触ってもできないと思うよ?」
「鏡? そんなんじゃないですよ。とりあえず場所変えましょ。カラオケ、カラオケに行きましょ!」
「カラオケ?」
さっきまでは本屋の店員さん、今は女子高生。そんな彼女に言われるがままカラオケ店まで連れてこられた。
確かに割れ人になるなら自分たちの体を安全な所に置く必要がある。それでもカラオケが本当に安全なのかは疑問だ。
「1時間くらいでいいですか?」
「あ、うん。任せるよ」
「んー、やっぱり2時間で!」
彼女は慣れたやり取りで受け付けを済ませると、番号もろくに確認しないまま部屋を探し当てた。私を奥へ促したあとに席に着き、スマホを弄りはじめる。
「すみません。ちょっと待ってもらっていいですか――今、ラインとかツイッター返しちゃうんで――」
半ば強引に連れて来られたうえに放置までされ、年上としての面目も何もない。
騒がしい店内の有線と室内で流れる最新の音楽紹介に耳を埋められながら、私はただ言われるがまま彼女を待つしかない。
しばらくしてスマホを弄るのを終えた彼女の興味は私に移っていた。
「初めて会った人を強引に連れてきちゃって迷惑ですよね、ごめんなさい……。あたし前から思ってたことがあって、言葉は見えないものじゃない、って、こんなに痛かったり苦しかったりするものが何もないわけない、って。でもそんなことを気にしてる人なんて誰もいないし……」
「そう、だね。あるって信じていても、見えないと不安だよね、わからないから怖いよね」
「お姉さんがわかってくれたときホント嬉しかったんです!」
「うん」
「ある、って信じてたものでも実際に知っちゃうとなんか、怖くなって、誰かわかってくれる人に話したくなって、だから」
「そっか」
私は彼女の話に短く頷いた。
共感が嬉しい、正直あまりその体験を得られなかった私にはよくわからない感情であった。
同じ感覚、それが何かの問題解決や物事の展開に活きる、とは思わなかったからだ。しかし、喫茶店で旦那さんの話に私は共感を覚えた。どこか楽になった気がした、はじめて弱くてもいいのだと、張り詰めていたものが緩んだ気がした。
彼女も同じなのかもしれない。
高校生の世界はそれほど広くはない。同じ時間、同じ場所、同じ目線。多くを共に過ごす人がいたとしても、考えること、感じること、感覚全てが同じ人間など存在しない。
狭い世界。
それでも人との繋がり方はどんどん増えて行く、見せたい自分があったり、見られたくない自分があったり、自覚がなければ感情なんてわからないまま通り過ぎてゆく。
自分がわからないまま、目の前に見える評価は増えていく。テストの点数、クラス順位、外見の形容詞、当て嵌められるキャラクター、誰かが勝手につけていくもの。そういう自分の結果や周りが決めていくもので自分が作られていく。
近くて遠い場所に〝いいね〟や〝グッド〟そんな共感や評価もたくさんある。それでも、わかってほしいのは結局のところ『自分』でしかない。
「あっちで見る植物みたいなのが言葉とかそういうものってことなんですかね? 普段は見えない系の」
「言の葉って知ってる? 心が種で、そこから生まれる言葉を葉っぱに例えた比喩なんだけど、言葉の性質が植物に似ているからあの世界ではあんな姿になっているみたい」
「やっぱり、あれが言葉なんだ――『見えないから無いわけじゃない』そう、本屋でも言ってましたけど、お姉さんの言葉、なんか、かっこいいですね」
思わぬ指摘に顔が熱くなる。思ったことをそのまま口にしただけ、気取ったつもりなんてまったくなかったのに、格好つけて『見えないから無いわけじゃない』そんなことをドヤ顔で話している自分を想像して居たたまれない。
「いや、その、そんなつもりじゃ……」
言葉に詰まり、手で否定を伝えようとするが足も連動してしまい間抜けなおもちゃのロボットが出来上がった。
「ごめんなさい。茶化すつもりはぜんぜんなくて、ホントにかっこいいなって思ったんです」
「私ね、言葉が人を支える。言葉が人を傷付ける。言葉が人を動けなくする。そんなのただの比喩だと思ってたんだ。確かに言葉は多くを伝える、でも原因はそれを使う人だ、って。でも実際に言葉を目で見て比喩でもなんでもないってわかった、言葉自体に影響はある」
「ですね、言葉に傷付けられたのか、それを言った誰かに傷付けられたのか、見えないからわからなくて、わからないから怖くて、でも痛いのは確かで」
「見えないから無いわけじゃない……。本当そう」
「言葉が植物とかは何となく理解できるんですけど、じゃあなんであたしたちまで見えなくなるんですか? まるで自分がなくなったみたい、いるのに、いない……みたいな」
「私も上手く説明できないんだけど、割れ人っていう肉体から離れてしまった状態で……防衛反応がどうとか……。んー、つまり幽体離脱とか、透明人間みたいなものだと思う。でも不安定であの言葉みたいに影響を受け易いから危険、らしい。私も聞いた話なんだけどね」
「へぇ、そうなんですか。あれがユウタイリダツ……なるほど。あっ、聞いた話ってことは他にも同じような人いるんですか?」
「口入屋さんっていう割れ人を元の体に戻すのを仕事にしているって人がいて、その人からいろいろ教えてもらったんだ」
口入屋さん。その人について、私の知ることは少ない。顔を隠した、変わった服装、長い布を巻きつけている、まるで自身を隠すように布地で覆った姿。彼女の見たという白い人物も同じ口入屋さんなのだろうか。落ち着いた口調や私の知らないことを聞くうち、勝手に年上の印象を抱いてしまっていた。あの人は、また、どこかで誰かを助けているんだろうか。
「そんな人がいるんですね。別に今まで危険に感じたことなんてないですよ? 人の目とか気にしなくていいなんて最高じゃないですか、見えていればよけいな言葉なんて怖くないし、もうちょっと楽しいこともあれば文句ないんですけど」
「わかる、わかるよ。でもね、他の人に見えない、それは言の葉と同じ、見えないからって無いわけじゃない、私たちは自分に起こる影響、自分が起こす影響も考えなくちゃいけないと思うの」
彼女に説明して気が付いた、自分たちも言の葉と同じ。――急にゾッとした感覚が背中を走る。見えないものが見える、それらが受ける影響、どこかで自分とは切り離した存在として認識していた。喫茶店で見た変質した木の姿、私もあんな姿になりうるということ、もしくは無かったみたいに消えてしまうという可能性。
「そうです、よね、……でも気を付ければ大丈夫!」
見えなかったもの、見ていなかったもの、見ようとしなかったもの。
言葉と自分が同じ、どこか不変と思っていたものが揺らいだ。
私は人の中でどう言葉と関わってきたのだろう。
「じゃ、そろそろ――」
「えっ、あっ、待って、私――」
彼女の体は力なく脱力していく、ソファーに上体を崩し、手にしていたスマホがレザー伝いにこちらへ滑ってくる。
もしかして、割れ人に? でも、どうやって、何がきっかけ……。
「ねぇ! ここにいる? 言い出せなかったけど今できないんだ。ごめんなさい……」
部屋を見渡しても彼女の姿や声はどこにもない。
「だから、ここで待ってるね」
返事も何も返っては来なかった。そもそもはっきりと言い出せなかった私が悪い。彼女の体をこのままにもできない、ここで彼女を待とう。待つことしかできない。
「カラオケか、……歌う気分じゃないな……」




