二十五話
「心が種、そこから生まれる〝ことば〟を種から芽生えた葉に例えたものですよね?」
「ええ、そうです。これは、その〝言の葉〟が比喩でもなんでもなく、確かに存在する、という話。見えないから知らなかっただけで、触れないから無かったというわけでもありません。特別でも異常でもない、確かにあったもの。しかし、ただの〝葉っぱ〟ではないのが厄介な所でもありまして……。言葉とは心から生まれ、また心に根付いてしまうのです」
「心に根付く?」
「葉が枝を伸ばすのです。枝が幹を育て、幹が根を張る。深く心の底に根を付ける。それが添え木となり支えになるといいのですが、多くは枝葉に傷付けられ、幹や根に囚われて動けなくなってしまう。そういうものへと変質してしまう」
そうだ、言葉は残る。言われて嫌だったことなんかは、特に。
ずっと、ずっと……。心の中で反復して自分を傷付け、いつの間にか行動が制限されるようにもなる。〝こうだから〟と。
「旦那さんと奥さん、二人もそうなんですか……」
「この二人はどちらもギリギリの所にいたみたいですね。二人を縛るのは事故の記憶、そこに根付いてしまった言葉。あなたも見てしまったのでしょう?」
「はい……」
「奥さんを責めているのは〝私が〟という自身への言葉、強い思い込み。母としての後悔などが自分に否定や失格の烙印を押しつけている。旦那さんの方は父として、夫としての無力さ、その反動にある義務感が〝僕が〟という言葉で縛っている。二人とも〝こうしなければ〟〝こうあるべき〟という観念に囚われ、そうなれなかった自分を強く否定し続けているようです」
「ギリギリだった、ってどういうことですか? われびと? になってしまうということですか?」
「いえ、それだけではありません。割れることもできないくらい心を絡められてしまえば自分を失ってしまう可能性もあります。自我の喪失、周りへ暴力的な行動、または自傷行為、最悪は自死に至る可能性もでてきます」
「自死!? 自殺ってことですか!?」
「はい。そもそも〝割れ人〟とは自身への強い否定や物事の拒絶から起こる防衛反応のようなもの。ですが、その防衛反応が機能できなくなれば否定と拒絶は実存在の自分や他人に向かってしまうでしょう。そこに本人の本当の意思などは関係なく」
「そ、そんな……」
「だからわたしが来ました。どうにかしたい、どうにかできる、わたしが、」
原因がわかっているなら私もどうにかしたい、そう思う。言葉が心を縛っているなら、どうにか、なにか。
「あの、もう一つ聞いてもいいですか?」
「何でしょう?」
「原因の記憶を失くしたら、自分を責め続けている記憶を忘れることができたなら……」
「奥さんのことですか?」
「はい、奥さんは認知症の疑いがあって……。もし、お子さんの記憶を忘れてしまえば、その自傷や自殺を止められるんでしょうか?」
ひどいことを言っている自覚はある。それでも、思い出や記憶で自分を傷付けるよりは忘れてしまえば楽になれるのではないかと思ったのだ。
「おそらくは無理でしょう。仮に発端となった記憶が認知症の症状で阻害されたとしても、認知症とは認識が正常に行えないというもの。記憶が完璧に消え去る訳ではありません」
「そう……ですか……」
「ですが、一つだけ、最悪の事態を避ける方法があります」
「なんですか!?」
「言葉を折るのです。原因が言葉ならその枝葉を折ればいい」
「言葉を、折る? どうやって……」
「思い込みを変えさせる。と、言えばわかりますか? 奥さんはお子さんの事故を自分のせいだと思い込んで責め続けていますから、それを変えさせることができれば木は折れるはず」
〝言葉を折る〟思い込みを変えるというのは、聞くには簡単だが、容易なことではない。私自身、自分の中にあるいくつもの思い込みを自分の意思で変えようとしたことがある。
結果、わかったことは、できない。という新たな思い込みが生まれたこと。
深く根差したものを変えるというのはとても難しい。
「そんなこと、できるんですか?」
「それをどうにかするのが口入屋です」
「私にも何かできることはありませんか?」
「あなたには関係のない人では?」
「見えないから知らない。触れられないから無い。関係ないから何もしない。そんなのこと理由にしたくない、です」
見てしまった。触れてしまった。
それだけ。――でも、私の中にもあった。――それが、――あったんだ。
他人の記憶を無遠慮に覗いてしまった罪滅ぼし、なのかもしれない。それとも、良心か、偽善か、よくわからない。
「重い、ですよ。人の心、ましてや記憶ですから」
「はい。それでも」
「わたしの仕事なのですがね……。いいですか、言葉を折るというのは与えるよりも遥かに難しい。それに誰かの痛みを知るというのは、耐えがたいものです。あなた自身、なんらかの影響を受けるでしょう」
「痛いのも、それが怖いのも、知ってるつもりです。だから、どうにかしたい、そう思うんです」
「そうですか、そこまでの覚悟があるのなら、お手伝いお願いします」
正直〝口入屋〟とは一体なんなのか、私の中には疑問が残ったままだった。でも、今は奥さんのことが先。どうにかできると言うのなら、私にもできることがあるのなら、――何かしたい。そう、思った。
昨日元気だった奥さんが一日足らずで変わってしまった。またいつ症状が悪化するかわからない。その原因と思われるものが目の前にある。ただ時間が惜しい。
「思い込みを変えさせるんですよね? だったら――」
奥さん、ごめんなさい。もう一度、記憶に触ります。
「待ってください!」
もう一度、言葉の木に触れようと踏み出そうとした所を制止させられた。
「割れ人のあなたが無闇に他人の言葉や記憶に触れるのは危険です。どんな影響を受けるかわかりません」
「何かできるなら、どうにかできるなら、やらせてください!」
「止めるつもりはありません。待ってください、と言ったんです」
???
「わたしもご一緒しますので、お手を」
押し切られ気味に、強引に手を奪われた。
「先ほども言いましたが、他人の言葉や記憶に触れるのはとても危険です。ましてや強い負の感情に育てられた言葉や記憶というものはこちらまで絡め取られられる可能性があります。相手を理解しても決して共感や同情はしてはいけません。感情に同調してしまうとそこから抜け出せなくなりますので」
「はい、気をつけます」
「わたしも一つ聞いてもいいですか?」
「はい……どうぞ……私で答えられることなら」
「何の躊躇いもなく、奥さんの記憶をもう一度見ようとしたのはなぜですか?
他人とはいえ、とても辛い記憶です。……なぜ?」
「私が見ようとしたのは事故の記憶じゃありません」
「でも、奥さんを苦しめ続けているのは事故の記憶であり、そのときお子さんの手を握れていたら、という後悔と思い込みです。それができなかった自分への否定を変えさせるべきでは?」
「そう、ですよね……。でも、奥さんの場合、変えさせるのは辛い記憶や否定の言葉じゃないと私は思うんです」
口入屋さんは一旦私の手を開放し、考え込むような素振りでいる。
「確かに、嫌な思い出や言葉なんかは強く記憶に残って、その心を圧迫するんだと思います。でも、奥さんにあるのはそんな辛い記憶ばかりじゃないはずです」
「旦那さん、ですか……。わかりました。あなたの案に協力しましょう」
口入屋さんは納得すると同時にまた、私の手を奪っていく。これからの行動を考慮したことなんだろうけど、触れられる事への耐性がなく、ひどく落ち着かない。




