十五話
奥さんが話してくれた、退職後に籠りがちになってしまったという話だろうか。
それまで〝何か〟だった人が、仕事を辞めてしまったり、環境が変わることで、自分の存在が揺らいで希薄に感じてしまう。
自分自身が透明に……か。まだ何にもなれていない〝透明な私〟には贅沢にも聞こえた。
〝何か〟であったことは紛れもない事実。もし、そうでなくなったとしても事実は変わらない。私がそう、なりたいと思っていることでもある。
「そんな折、妻が『喫茶店でも』と持ちかけてくれまして、僕らには子供もいませんから、思い切って引っ越してきたんですよ」
人との関係が離れることで自分が何者かわからなくなること……私にもある。
友人たちが次々と就職先を決めていく中、後ろめたさや焦りから距離を取ってしまった。
関わることがどこか苦しくなって人から離れた。どうしても付きまとってくる、できない自分と、できる他人。そんな比較。
そのうち否定と不安に呑まれて自身が何者かわからなくなっていく――、そんな感覚を知っている。
「透明になっていくような……その気持ち……わかる気がします」
本当に弱いんだ。何かであった人でさえ、思ってしまうのだから。
「『我思う、故に我在り』そんな言葉があるじゃないですか、僕はなんて強い人の言葉なんだろうって思うんです。僕は〝汝思う、故に我在り〟ですかね。――誰か人と関わっていなければ自分が何者か何処にいるのかもわからなくなってしまいます」
人は弱い、本当に弱い。痛いほどにわかってしまう。
でも、人と関わることで自分を推し量るという考えも私には充分、強い人の言葉だと思った。
弱い私は気付くのが怖くて、傷付くのが怖くて、自分から関わりを求めるなんて、とてもできそうにない。弱いまま、いつまでも……。
「えっと、こんな話、長々とすみません。年のせいか自分語りが多くなってしまいました。いけませんね」
「いえ、そんな……」
旦那さんは慌てたように取り繕った笑顔を作って感情を隠そうとしているよう。私は気の利いた言葉を何一つ出せなかった。
共感はあった。だが、軽々しく人の人生の何かに割って入る気がして声になる前の言葉を飲み込んだ。
わかる気がする、そんな共感もただの思い上がりなんだろう。この感情は勘違いで、身勝手で、独りよがりで、――私の弱さを誰かの弱音に押し付けた卑怯なもの。
私はもう一度、珈琲の苦みを口に含んだ。
だいぶ、長居をしてしまった。
久々の穏やかな気持ち。心地いい時間。
勧められるがまましてしまった珈琲のおかわり、おいしいチーズケーキまで頂いたので支払を申し出たのだが「とんでもない」と断られてしまった。それどころか「引き留めて申し訳ない」とまで。奥さんからは「ありがとう」と何度も……なんだか、貰いすぎだ。
「またいつでもお越しください、お待ちしております」
「はい、ごちそうさまでした」
なんだか帰るのが名残惜しい。
もう少しここに居たい、そう思いながら店先まで送り出してくれた二人にお辞儀をしてお店をあとにした。




