十四話
店内は蔵造りを洋風に改築したようで、和の面持ちとモダンさを兼ね備えていた。
とても趣がある。
レトロと表現すればいいのだろうか、白と黒を基調とした落ち着きを感じる雰囲気。天井の梁は元の名残をそのまま残していて少々無骨だけれど温か味がある。店内の椅子やテーブルは丸みを帯びたデザインで濃い茶色の木目調で統一されている。背もたれ付きの椅子三脚と丸テーブル一基のセットが緩やかに配置されていた。カウンターには同型の少し足が高く、背持たれ部分が低い場所に配慮された椅子が数脚。
一番に店内を印象付けるのは照明。暖色の裸電球が天井から下げられアンティーク調の細工で覆われていた。とても暖かい雰囲気だ。静かに流れるジャズも心地いい。
私はカウンター席に通された。席の正面には飾り気のないカップやグラスが並んでいる。その手前、サイフォン? というのだろうか、おそらく珈琲を抽出するために使われる道具、豆を挽くミル、砂時計、その他、用途も名称もわからない道具が置かれていた。
道具たちは最新というにはほど遠く、アンティークと言うには飾り気が足りないように感じた。が、どれも店にとても馴染んでいる。あるべきものとして、飾りではなくそこにあるのだ。
砂時計は時間を計るためにあるのだろうか。店内には時計の類はその砂時計以外見当たらない。
なんだか安心する。時間がゆっくり流れているような、そんな気分。
「この間も道に迷って、近くの人に助けてもらったんですよ。この人は足が悪いのに行動力ばかりがあって……困ったものです」
「この人は過保護なのよ。足が少し動かしにくいだけで、痛むわけでもどこか悪いわけでもないんだから。勝手に人を病人や怪我人にしないでください、私は健康です」
旦那さんが少し困り顔で話すと奥さんも透かさず声を上げ反論する。そのあと「ちょっと待っててね」と、奥さんは私に言い残し、そのまま店の奥へ入って行った。
会話からは争いではなく、思い遣った二人の仲の良さが伝わってきた。とても微笑ましい。
「あれ? お嬢さん、どこかでお会いしませんでした? ああ! やっぱり! 昨日、病院でお会いしましたね!」
旦那さんが思い出したように言ってくれたのだが私はすぐには思い出せなかった。というより、記憶はあるものの顔がうろ覚えで確証がない。
「あっ、ああ、病院の――」
浅はかにも、とりあえず、と、話を合わせてしまった。
おそらく病院ですれ違った人。そのくらいしか思い当たらない。
服の印象なのだろうか。確か、あのとき奥さんはパジャマ、旦那さんはラフな普段着だった。それが今は黒のシックなシャツにお店のエプロン。マスターという言葉が似合う。
声を少し交わしたとは言え、すれ違った程度の人の顔を覚えているなんて、さすが客商売。
私が目を泳がせていると、砂時計の砂が無くなり珈琲のできを知らせてくれた。
「オリジナルブレンドです。砂糖とミルクはこちらのをお好みで入れてください。お熱いのでお気を付けて、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。頂きます」
珈琲のいい香。この香りは好き。でも、味はあまり得意ではない。
飲めない訳ではない、独特の酸味が苦手なのだ。でも、折角の珈琲を出してくれた人の目の前で砂糖やミルクを入れるのはどこか気が引ける。
――思い切って一口飲んだ。
「あれっ、酸っぱくない……」
驚きがつい言葉に出てしまった。
「酸味の主な原因はですね、鮮度の落ちた豆と珈琲の入れ方なんですよ。僕も知っているだけでどれだけ実践できているかわかりませんが、ちゃんと丁寧を欠かさなければしっかり深味や香りは立つんです」
珈琲ってこんなにおいしいのか……。小さな思い込みをあたたかな一杯が変えてくれた。
大げさたけど、確かな感動や気付きにどこかが緩むのを覚えた。
「よかったらこれもどうぞ」
奥さんが店の奥から何やら持ってきてくれた。が、またすぐ戻ってしまった。
なんだろう。
こっ、これはっ! チーズケーキ! おいしいチーズケーキ!!!
「いいんですかっ!? 頂きますっ!!!」
私は甘いものには目がない。
空腹のお腹に甘さがじんわり染み渡る。久しぶりに形のあるものを食べた気がした。
本当においしいケーキ。
クリームチーズの甘さ。そっとレモンの風味が後味をさっぱりと――。
これにさっきの珈琲を――。
んん――、とってもいい! 最高!
「ふうぅぅぅぅ」
至福。それしかない。
「いかがですか? うちの看板です」
おいしさで相貌を保てていないことに気付く。恥ずかしい。
慣れていないせいか、うれしいとか、おいしいとか、こういう場合の言葉がなかなか用意できない。
最大限の謝辞を探すがどれも使いなれない言葉で上手くまとまらない。
「お、おいしいです! 珈琲もチーズケーキも、ものすごくおいしくて、お店の雰囲気とかも素敵で――」
言葉が気持ちを上手く表せていない。
飾ろうとするほど、どうしても世辞に寄ってしまう。
伝えようと多くを語れば伝えたい一つが隠れてしまう、とても難しい。
ただオーバーに声を上げただけ、ただ決まった言葉を大げさに。
私は言葉が苦手。
「それはよかった。宜しければゆっくりしていってください」
旦那さんは笑顔だったが、自分の上手くなさがどうしても残ってしまう。
伝えるのは難しい。
「実は最近……就職活動が上手くいっていなくて、周りの変化とかそういうのにただ焦っていて……こんな穏やかな気持ちになれたのは久しぶりで……」
足りなかった言葉に実体験を混ぜた話をした。
これも就職活動の弊害だろうか。
自分語り、誰も聞いてもいないとわかってはいたがこれは言葉にしようと思った。――私の気持ち。
決まりきった言葉では届かない。知っている。
でも、伝えたいのなら拙くとも本当を言葉にしよう。思いは尽くそう。
「私、ホッとしたんです」
「そう言って頂けるのは本当に嬉しい。嬉しいなぁ。僕が珈琲を好きな気持ちもそんな言葉にあるのかもしれません。上手くいかない、急かされる、焦る気持ち、いろんな気持ちをほんの少しの間だけ、ホッとさせてくれる暖かい飲み物。そんなものを誰かにも知ってほしい。おいしい、という言葉より苦い、と言われることが多い飲み物ですが、どうかそれも寄り添っていただけたらな、と思うんですよ」
旦那さんは「僕のことなんですがね」、と自身のことを続けて話してくれた。
「人との関わりが薄くなると、なんだか弱いもので、自分が何者なのか、とか、よくわからなくなってしまうんです。自分が何者か、そんなものが遠くなるような。気付かないうちにだんだんと自分が透明になっていってしまうような、……ね」
奥さんが話してくれた、退職後に籠りがちになってしまったという話だろうか。




