第18話 かなり気になります、その話
「まったくなぁ……」
デューにとってはあの日以来の「セトの世界」――。
[ハイドランジア]の国である。
オーガスト王のバカ王子のおかげで、アルバートを深愛のもとに残してきたデューはただ一人。
以前、アルバートが情報を仕入れたテスの営む雑貨屋へと向かう。
「しかし……アルも変わったよなぁ……」
深愛に出会うまでは、まるで他人には無関心だった、否。無関心を装っていた。
現にアルバートの心を動かすほどの人物が、ほとんどいなかったせいもあるだろうが。
「あの嬢ちゃんにねぇ。あれほど入れ込んでいるとは……」
正直、ここにアルバートが来ていたら。
深愛のことを気にしまくって、まったく任務にもならなかっただろう。
デューにとっては気楽と言えば気楽である。
「ま……これも、あの女王様の[願い]でもあるんだけどなぁ」
[人との共存]を[願った]深愛のために。
デューにとっては、人の世界のことは、人に任せればいいという考えなのだが、深愛がそうじゃないと言った以上。
これは深愛こと[ソフィア]の[プレーローマ(守護者)]たる自分たちの使命でもあるのだ。面倒でもやるしかない。
「さてと……確かここら辺だったよなぁ……」
大通りから人気のない路地を、デューはぼやきながら入っていった。
◆◆◆
「最近、デューを見かけてないなぁ……」
もし。以前の自分なら。
あのロッテンマイナーと出会ったことで、いつまでも気にして、落ち込んで。きっと塞ぎ込んでいたに違いない。
それなのに。
昨日のことが、まるで遠い過去のように思える。
こうして居られるのも、クレアたちや、ミタリーにデュー、アルバートのおかげなのだろうか――。
『ミア様。ぼうっとされて、どうされましたか?』
白猫――ミタリーがちりちりと鈴を鳴らして、ソファに座る深愛の膝に乗ってきた。
「ううん、なんでもないわ」
テーブルにはいつの間にか、深愛の好きなミルクティがカップからほのかな甘い香りを漂わせていた。
ミタリーの背を撫でながら。
深愛は片手でミルクティの入ったカップを持った。
「……こういう時が一番落ち着くなぁ……」
ほう。と息を付きながら、深愛は微笑みを浮かべた。
「兄さんの講義はどう、ミア?」
深愛の部屋にはクレアもいる。
同性ということで、クレアとミタリーは常に深愛の傍にいることが、最近では当たり前になってきていた。
「う……ん。少し優しくなってきているように思うなぁ」
「すごいな、ミア。兄さんの講義が易しく感じるなんて……」
何か……自分とクレアの発した言葉の意味が激しく違うように感じて、深愛は再度言い直すことにした。
「難しいのは変わらないわ。
厳しさが少し和らいできたってこと……」
「ふぅん……そうかぁ」
クレアが同じミルクティを飲みながら、そんなことを呟いた。
「どうかした?」
「いいや。ミアには兄さん、優しいなと思っただけだ」
「……そう」
どうして私には優しいのか?
クレアの思い過ごしなのだろうが……。
ここでふと、深愛は以前から感じていたことを口にしてみた。
「クレア。クレアとアルバートはあまり似ていないように見えるけど……」
「……ああ。私と兄さんは腹違いの兄妹なんだ。そのせいかもしれないな」
「ご、ごめんなさい」
「謝る必要はないさ。どうせ知っていたんだろう?」
「知らなかったわ。それは本当よ。アルが人とのハーフだっていうことは聞いたけど……」
「誰に?」
そう深愛に訊きながら、クレアの視線が深愛の膝の上にいる白猫へと向かう。
『その通り、私です。必要だと感じましたので』
「……私とのことは話してないんだ」
『そうですね。必要とは感じておりませんでしたので……』
「……クレアとアルのこと?」
「父親が勝手に決めてね。
兄さんとは許嫁同士なんだ。血を残すとかなんとか……」
クレアが面倒そうに頬にかかる髪を右手でかき上げる。
それを深愛は……呆然と見ていた。
「どうした?」
「……腹違いでも……兄妹なんでしょう?」
「珍しいことじゃないんだ。この世界じゃね。
私たちは[犬神]の一族だ。同胞の数は極端に少ない。
強力な力を誇る純潔の血は、一族の誇りだと、バカな父親の考えなのさ……」
「いぬがみ?」
「そ。私と兄さんは[犬神]の末裔だ。
だから、私は犬へと変身出来る。色はミタリーと一緒かな。
兄さんは灰色。
でも力はずっと兄さんの方が上。人の血を引いた兄さんの方が能力が強いなんてと、一族の連中は皮肉がってるよ。
でも人の血の部分は、その強大すぎる能力を使うには不向きなんだろうな……。
まったく、うまくいかないものさ」
「クレア……犬になれるの?」
「ああ。なってみようか?」
美味のミルクティを一口含んでから。
そう言って顔を上げたクレアは――脱力した。
期待に輝いた深愛の瞳が、自分を舐めまわすように見つめていたからだ。
「……そうか。ミアは[もふもふ]が大好きなんだっけ」
「うんっ」
深愛は力強く、大きく首を上下にふる。
「ね、ね。クレインとホリーも動物の一族なんでしょ?」
動物の一族って……。
クレアは深愛の質問に、ますます困惑してしまった。
「クレインは黒い鸚鵡。ホリーは赤茶色の毛のキツネ……」
より一層――キラッキラに瞳を輝かせた深愛の視線が、クレアに巻きつくように向けられていた。
「……今度あいつらも連れて、皆で変身してみようか」
「うんっ!!!」
すっごい嬉しそうな深愛の笑みに、クレアは不安を隠せないでいた。
何せ、[もふもふ]するためなら、あのデューまで蹴り倒すという深愛だからだ。
「楽しみ……すっごい楽しみぃっ!!」
「嬉しそうだね……ミア」
「うんっっ!!!!」
クレアは深愛の答えを聞いて、頭を抱えた。
だが嬉しさの中に。
深愛にはどうしても拭いきれない不安が微かに残っていた。
―父親が勝手に決めてね。
兄さんとは許嫁同士なんだ。血を残すとかなんとか……―
何故か、クレアのそんな言葉が、深愛の心の中から離れなかった。




