第17話 私の過去のお話と今のお友達です
深愛はアルバートたちが[セトの世界]と呼んでいる――人間が暮らす世界に十七年間生きてきた。
名家の生まれ、というわけではない。
曽祖父の時代には電気機器メーカーの下請け部品工場だったものが、婿入りした祖父アドルフの代で国内有数の複合企業に急成長を遂げた。
それを引き継いだ父、毅が外国の企業の買収を積極的に進め、今は海外でも[Ancient Dragon]([エンシェントドラゴン])の名は轟くようになった。
無茶な企業買収を祖父の代から繰り返したため、内外に敵は多い。
そのため毅の次女である深愛は、幼い頃から誘拐、殺人未遂事件が絶えることはなかった。
気がつけば、護身術として習い始めた合気道は、国内の大会でも[竜ヶ崎深愛]の名前は有名になってしまった。
そんな深愛には、幼い頃より専属の家庭教師がついていた。
実はその人物こそ、今日の深愛の[ネガティブな性格]を助長した張本人だった。
「ミア様はお姉様のノア様のように、活発で美しく、何事にも積極的に興味を示し、頭の回転も速く、しかも柔軟な思考をお持ちの方ではありません。
大人しくて、従順な少女なのですから、そのようにお育ち遊ばせればよいのです。それは苦労をすることがないのですよ。
とても楽な生き方ではありませんか。それでよいのです。
[身分相応]という、それぞれの能力にあった生き方をすればよいのです。
ミア様は将来、お父様の毅様が選びになられた男性と結婚し、お家のため、竜ヶ崎家の一員として影から支える立場の方であるのです。
そこを勘違いして出来もしない会社経営などに口を挟み、お父様、お姉様にご迷惑をかけてはいけません。
そしてそんなミア様の家庭教師をしております、このロッテンマイナーの立場もお考えくださいませ。 ミア様がそのようなはしたない女性になってしまえば、お教えした私の評価も下がってしまうのですよ。
よいですね。ミア様はあくまでも普通に、大人しく、慎ましく。お家のために生きていくこと。
道を間違えることがなきよう。ご注意くださいませ」
いつも、いつも口癖のように言われ続けた。
どこの国の出身なのか、[ロッテンマイナー]という名前。
いつも紺色のワンピースに赤い縁のメガネ。
青い瞳に金色の長い髪を結い上げて。
それ以外深愛には、この女性の記憶が薄い。
あれほど毎日、毎日会っていたのに。
理由はただ一つ――。
大嫌いな人物だったからだろう。
五歳頃から五年間、深愛の家庭教師を務めた。
それ以後いなくなったのは、深愛が姉の希愛に、ロッテンマイナーの口癖が辛いと愚痴ったせいだった。
告げ口ではなかった。ただ、姉に聞いてほしかっただけだったのだ。
しかし希愛は激怒し、父、毅にロッテンマイナーを辞めさせるよう申し出た。
父も驚き。翌日からロッテンマイナーは来ることがなかった。
「ごめんね、深愛。よく五年間も我慢したね。
あんな時代遅れのひどいやつだとは思わなかった。
もう我慢しなくていいんだよ……」
歳が離れた姉妹のせいだろうか。希愛はそれ以後、優しく、優しく深愛に接してくれた。
深愛より十一歳年上の姉は、基本、深愛にはとても優しかった。
それは父、毅も一緒。唯一母、巴だけが普通に接してくれたことが、深愛にはありがたかったが……。
それからますます家族(特に父と姉)の溺愛ぶりに拍車がかかったのは、言うまでもない。
◆◆◆
深愛は愕然とした。
ここは異世界[オイコノミア]。
どうしてロッテンマイナーの姿がここにあるのか?
「お久しぶりぃ、ミアちゃん」
事の発端は、アッシュツリー国の第一王子。トゥライトがこの国の王であり、父でもあるオーガストの代理人として、この[デュミナス城]を訪れたことにある。
どこまでも軽い容姿に性格。
到底深愛の好みではなかった。
一言で言えば[チャラ男]――か。
「パパンがね。ミアちゃんに家庭教師を付けたらどうかってさぁ。
凄腕の家庭教師らしいんだよぉ」
語尾を伸ばすな、語尾を。
聞いている深愛の方がイライラしてくる。
クレアの計らいで、深愛の部屋ではなく、謁見専用の部屋へと通されたチャラ男こと、トゥライトはそんな話をしてきた。
「必要はありません」
深愛は一刻も早くこの男の元を去りたくて、簡潔に断った。
「そうんなぁ。寂しいじゃん」
うるせい……。本当にムカつきさえ覚えてくる。
深愛の変化は周りのクレアたち、ミタリーにも伝わっていた。
「とにかく会うだけあってよ、ね。ミアちゃん。入ってぇ」
深愛が何かを言う前に、トゥライトはオーガストのよこした家庭教師を部屋の中に入れた。
◆◆◆
迂闊だった。
オーガストに謁見してから一週間。
まさか今になって、深愛に何かしてくるとは思っていなかった。
アルバートはデューと先日予定を延ばしてしまった、[セトの世界]への情報収集に出かけるつもりでいたのだ。
そこへオーガストのバカ息子であるトゥライトがやって来たという連絡を受けた。
城へ到着し。アルバートは深愛とトゥライトがいると言う謁見用の個室へと向かった。
「ミア様っ!!」
ノックもなしに、アルバートが勢いよく扉を開けた時――。
深愛を庇うように。クレイン、ホリーが剣を鞘から抜き、トゥライトと見慣れぬ女性に剣先を向け、クレアと侍女姿に変わっていたミタリーが深愛を護るように立っていた。
「こ……これはなんですかっ!!」
女性が叫んでいた。
「ミア様に失礼なことを言われるからですよ、ミス・ロッテンマイナー。
ミア様は[ソフィア様]であり、私たちの大事な女王でもある。
その方に対し、お姉様に比べて貴女は無能だ……などと。失礼にも程がある。
ミア様はけして無能なんかではない。
この世界を必死に支えようと努力をなされている。
それをわからずに家庭教師などという職業をされている、貴女の方がよほどの無能とお見受けする。
生徒の資質も見抜けず、その未知の才能を信じることが出来ず。
二度と我らの前に現れないでいただきたい。
そして生徒を潰すだけの家庭教師などを、貴女が二度とされることがないよう、オーガスト王にもキツく申し上げねば。
よろしくお願いいたしますぞ、トゥライト殿」
クレアが女性――ロッテンマイナーと、トゥライトに毅然と言い放った。
「おひきとりを。我らはこれ以上あなたとお話することはありません」
クレインも普段の態度からは考えられないほど、厳しい態度でトゥライトを見ていた。
「こ……後悔するなよぉ」
完全に動揺し、クレアたちに怯えているトゥライトが、そんな台詞を口にした。
「後悔?誰に向かって話をされているんです、王子。
ミア様はこの世界の[女王様]なんですよ。
あなたはただのこの国の[王子]でしょう?元から[格]が違うんです。
そんなに僕らを本気にさせたいんですか……」
あのホリーですら、本来の役目である[近衛騎士]の顔になっていた。
鋭くトゥライトを射抜くように見つめ。
トゥライトは小刻みに体を震わせていた。
深愛はホリーにコケにされたことを怒っているのかと思ったが、それは誤りだった。
その顔からは完全に血の気が失せている。
[畏怖]の感情から、トゥライトは震えていたのだ。
「ミア様。この者たちを下がらせてくださいませ」
あの頃と少しも歳をとった様子のないロッテンマイナー。
この世界の住人だったことを考えれば、深愛があの時に抱いていた違和感も頷ける。
深愛の先代――祖父である[アドルフ]が連れてきたか、何か理由があって深愛のいた世界に来ていたに違いない。
今だに、深愛の家庭教師のつもりでいるのだろうか?
深愛はふぅと小さいため息をつく。
実はこの人も、可哀想な女性なのかもしれない。そんな風に感じたから。
「この者たちは、私の大切な友人たちです。
私の代わりに貴女へ怒ってくれたのですよ、ロッテンマイナー。
下がるのは貴女の方です。
私にはアルバートという素晴らしい家庭教師がついております。
貴女の出る幕はもうありません……」
驚いて深愛を見つめるクレアたち。
深愛は微笑みを浮かべて――ロッテンマイナーに話しかけた。
「か……帰ろう、ロッテンマイナー」
「え、ええ。こんな失礼な場所など私から願い下げですわ!!」
トゥライトとロッテンマイナーが扉へと向かうと。
そこにはアルバートとデューが立っていた。
「あ、ああ、アルバート」
「お久しゅうございます、トゥライト王子。
そこの大変失礼なエセ家庭教師を連れてお戻りくださいませ。
そしてこの[デュナミス城]へ、私の許可なく勝手に立ち入ることがなきよう。
オーガスト王とあなたに厳重に注意させていただきます。
ここは神聖な[ソフィア様]の居城なのですから……」
「う……うるさいっ!!誰が二度と来るかぁっ!!」
アルバートのダメ押しに、トゥライトは顔を真っ赤にしてアルバートとデューを押しのけるように部屋を飛び出していった。
「私も二度と参りませんっ!!」
ロッテンマイナーもそう捨て台詞を残して、立ち去った。
「お帰りなさい、アルバート。
迷惑をかけてしまったわね。私ならこの通り。みんながいるから大丈夫よ」
驚くアルバートに、深愛は笑顔を見せる。
「……心配するほどでもなかったようですね」
アルバートは呆れるように嘆息しながらも――その口元は緩み、嬉しそうに微笑んでいた。




