第16話 謙虚と卑屈は紙一重?
「ミア様はとても謙虚でおられます。
それは上に立つ者として、とても大事な[徳]のひとつではあります」
「……でもあまり謙虚過ぎてもいけないと、前にアルは言ったはずでは? 」
勉強部屋で、アルバートと二人。
否。白猫のミタリーもいる。が。今は丸まって寝ている。
ミタリーは本当に[存在感]がまったく感じさせない不思議な能力を備えていた。
本人曰く。「それはとても寂しいことだ」と。
深愛もそのことに関して、ミタリーの悩みに同情していた。
だから深愛は、ミタリーに[赤い首輪]をプレゼントしたのだ。
ミタリーの存在感を「いつも」示して欲しくて……。
ミタリーはそれを気に入ってくれて――侍女姿の時までその赤い首輪をしているので、深愛としては、とても嬉しいやら、危なく感じるやら。少し複雑な気持ちだった。
[謙虚]という言葉をアルバートから聞いたとき。
何故か深愛は自分の隣で寝ているミタリーを見てしまった。
「ミタリーも[謙虚]ですね」
「……そうね」
ミタリーを見ていた深愛に、アルバートが話しかける。
今は講義の時間だったことを、深愛は思い出し、慌ててアルバートへと視線を戻した。
「ですが、ミタリーの[謙虚]とミア様の[謙虚]の意味は違います」
「どういうこと?」
「ミア様は[女王]という地位の方。
その地位にある方が[謙虚]であるということは、皆の手本となるべき行い。
ですがミア様の[謙虚さ]は時に[卑屈]にも映ります」
「……う」
確かに。それは深愛にも痛いほどの自覚がある。
「どうせ自分は」という思いが、深愛に[謙虚]さを演じさせている部分があるのだ。
「残念ながら、それは[謙虚]とは言いません。
ミア様の[謙虚]さは[自信の無さ]くるものです。
それは[女王]としての資質には必要のないものです」
「……そうね……」
深愛が複雑そうな表情でアルバートに答えた。
「本日私がミア様に申したいことは、[卑屈]ではなく、[謙虚]の反対の行いに対してです」
「[謙虚]の反対?」
深愛がアルバートに首を傾げた。
「[傲慢]です」
この単語を口にしたアルバートの顔が……怖いほど真剣だった。
深愛はじっとアルバートを見つめる。
「これは上に立つものが、もっともやってはいけない行いです」
「……その立場に溺れて、視野が狭くなってしまうことね。
そして自分が一番偉いのだと、勘違いをおこしてしまう……」
「まったくもってその通りです……」
深愛の言葉に、アルバートは大きく頷く。
「ミア様のおっしゃった通り、視野が狭くなり周りが見えなくなってしまうこと。
そして何より、人からの信頼を失います」
「……傲慢な態度は、人から反感を買いやすい。ということね」
「よくわかっていらっしゃる」
「少しね……思い当たる人がいるだけ……」
深愛は自嘲気味に、アルバートに答えた。
「ならば[傲慢]な態度がいけないことは、ミア様はわかっていらっしゃるということですね。
では以前申し上げた[謙虚]すぎてもいけないということがどういう意味か、お話いたしましょう」
「それは私が[卑屈]だから?」
「……いいえ」
この時のアルバートの表情は先ほどとは違い、穏やかなものに変わっている。
「[謙虚]な態度は美徳ではありますが、やりすぎは[頼りない]とも見られがちになります。時には、[毅然]とした態度も必要なのですよ」
「[毅然]ねぇ……」
「そうです。ミア様が暴漢に対してそのような態度を示されたように……」
アルバートの言い方では、まるで見ていたようにも聞こえてしまう。
「それも[毅然]な態度かもしれないけど、あれはいなくなったことをあなたに咎められたくなくて、早く済ませたかっただけよ」
深愛は[本音]を口にする。それは事実であり、アルバートにネチネチと言われたくなかったのは本当のことだ。
「私はそのことでミア様を咎めましたか?」
アルバートが苦笑いになる。
咎めるより、あの時のアルバートたちはひたすら深愛に謝っていた。
「そうだけど……そう思えたのだもの……」
急にくすくすとアルバートが笑い出した。
「し……失礼だわ。本当にそう思えたのっ」
深愛が……不貞腐れてしまう。
「申しわけありません……ミア様。
ですが、皆はこんなミア様の可愛らしい姿を知りません」
可愛らしいって……え?
深愛はアルバートを凝視した。
「ミア様。
皆はミア様を[ソフィア様]として見ております。
そしてミア様をこの世界の女王として見ているのです。
その者たちに対して、時には[毅然]と振舞わねばなりません。
[謙虚]は先ほども申した通り、[頼りない]とも捉えられかねません。
[毅然]とした態度で接することも、ミア様に傅く者たちに、[安心]を与えることにもなるのです」
「……難しいのね……」
「ええ。難しいですが、それはとても大事なことです。
人の上に立つということは、そういうことでもあります。
ですが、その立場に胡座をかき、傲慢な態度でしか示せない愚か者になることもありません」
深愛は顔を顰めながらも、アルバートの言葉を真摯に受け止めた。
「……わかったわ」
「ミア様は本当に[謙虚]で飲み込みが早いので助かります」
笑顔のアルバート。
なんだろう。講義の時間なのに。いつになく、アルバートが優しく感じるのは。
「心配には及びません、ミア様。
すぐに全てが出来るようになるなど、ありえないのですから。
そのために、私やミタリー、デュー……そしてクレアたちがミア様のお傍にいるのです。
私たちを信じて、ミア様は前を[毅然]と向いてお進みください。
私たちがミア様を全力で支えますから……」
アルバートがまっすぐに深愛を見つめている。
いつの間にかミタリーまで。顔を上げて、金と銀の双眸を深愛へと向けていた。
「……どこまで出来るかわからないけど……やってみるから。
アルバートもミタリーも安心して」
「はい……ミア様」
アルバートがそう答えた深愛に微笑む。
ミタリーは安心したように、また。体を丸めた。
「それでは本題に参りましょうか……」
「そうね」
深愛は渡された本を開き、アルバートを見つめた。
その眼差しはいつになく――安心と喜びに満ちていたのかもしれない。




