プロローグ前編②__『レンギョウ』
アルヴィンがゆっくりと膝を折ると少女はぱっと表情を明るくし、大切そうに抱えていた花束の中から一輪だけを選び取った。その仕草はどこか不器用で、それでも一番綺麗な花を渡したいという気持ちが伝わってくるほど優しかった。
「はい、どうぞ!」
差し出された白い花は春風に揺れながら小さく輝いている。アルヴィンはその花を静かに見つめ、やがて両手でそっと受け取った、細い茎から伝わる感触は驚くほど軽く、それでいて確かな命の温もりを感じさせるものだった。
「……ありがとうございます。」
その一言に、少女は嬉しそうにはにかむ。
「お兄さん、白いお花がすっごく似合うね!」
無邪気な言葉だった。
相手が英雄だからでも、立派な服を着ているからでもない、ただ目の前にいる一人の人へ向けられた飾り気のない感想にアルヴィンは少しだけ目を細める。
”白い花が似合う”
その言葉は春風に乗って胸の奥へと届き、静かに閉ざされていた記憶を優しく揺らした。
とある穏やかな春の日だった。先代公爵に連れられ、生まれて初めて大きな屋敷の門をくぐった日のことをアルヴィンは今でも鮮明に覚えている。まだ幼かった彼は痩せ細り、古びた服の下には奴隷として生きてきた傷跡がいくつも残っていた、襟元から僅かに覗く鱗を見た使用人たちは顔を見合わせ、小さなざわめきが屋敷の玄関へ広がっていく、向けられる視線に敵意はなくとも戸惑いや警戒は隠しきれていなかった。
「本当にこの子をお屋敷へ……?」
「奴隷だと聞きましたが……。」
「それにその見た目、蛇人族との混血なのでしょう?」
その反応は珍しいものではない。アルヴィンにとっては、物心ついた頃から見慣れた光景だった。
だから自然と俯き、また同じように距離を置かれるのだろうと思っていた。
――その時だった。
「あ、お帰りなさい!お父……様…?」
廊下の奥から小さな足音が軽やかに響き、使用人達が慌てて道を空ける中、一人の少年が真っ直ぐ駆け寄ってきた。雪のように白い髪を揺らし、春の日差しが溶け込んだような青紫色、それはまるでオーロラの光を宿した瞳を持ったその子は、先代公爵の後ろへ隠れるアルヴィンを見つけると不思議そうに首を傾げながらゆっくり近付いてくる。
周囲の大人たちは息を呑んだ。混血の奴隷だ。近寄るなと言う者はいなくても、誰もがそう思っていた。けれど少年だけは違った、アルヴィンの目の前まで来ると屈み込んでじっと顔を覗き込み、新しく興味をそそる何かを見つけた子どものように瞳を輝かせる。
「わぁ……!」
その声には恐れも嫌悪もなく、ただ純粋な驚きだけが込められていた。
「君、すっごくきれい!目も青くて、宝石みたい!」
アルヴィンは思わず顔を上げる。そんなことを言われたのは生まれて初めてだったのだ。そして少年もまた気にした様子もなく笑うと、今度は襟元から少しだけ覗く鱗へ興味津々といった様子で目を向ける。
「これ、何?…さわっても痛くない?」
周囲から慌てた声が上がる。
「レイン様!」
しかし、先代公爵はそれを制するように静かに手を上げ、ただ二人を見守っていた。
アルヴィンは返事の仕方も分からず戸惑っていたが、そのオーロラな瞳を見ているうちに不思議と怖さだけが少しずつ溶けていくのを感じていた。自分を奴隷としてではなく、混血としてでもなく、一人の人間として見てくれる人がいる、それはまだ幼かったアルヴィンにとって、春の陽射しよりもずっと温かい出会いだった。
胸に抱えた白い花が風に揺れる。アルヴィンは静かに我に返ると小さく微笑み、目の前の少女へもう一度「ありがとう」と告げては気持ち以上のチップを差し出し再び歩き出した。
向かう先には、あの日自分を迎え入れてくれた屋敷が静かに待っている。――
読者の皆さんこんにちは、漣々です。本日こちらのネット小説『セラスの花束』をお手元に取って下さりありがとうございました。
長編物の妄想を文字にしたのはこちらの作品が初めてでして、作者本人とても緊張しております...。
コメントや感想には全て目を通す予定で、趣味で始めたこの一冊が皆さんの”好き”や”気になる”に触れていましたらこちらも嬉しい限りです。
これからもゆったりと更新をし続けていきますので、その際は再びお目に留めて頂けますと幸いです♥︎(ㅅ´ ˘ `)




