プロローグ前編③__『アサガオ』
王都の喧騒から少し離れた丘の上にその屋敷は静かに佇んでいた、高い塀に囲まれながらも閉ざされた印象はなく、むしろ風の通り道のように穏やかな空気が流れている、季節の花が整えられた庭を揺らし、噴水の水音が遠くで小さく響いていた。
アルヴィンはその門の前で足を止める、手にした白い花は先ほどから変わらず静かに揺れていて、その花だけが妙に現実と記憶の境界を曖昧にしているように感じられる。
門が開くと先に立っていた使用人が深く頭を下げた、その視線には敬意と同時にわずかな緊張が混じっていて、彼もまた一気に現実へと意識が引き戻される、ここへ来る事自体が特別な意味を持つことを誰もが理解しているからだった。
「クローフォード様、お待ちしておりました。」
案内に従い、屋敷の中へと足を踏み入れる、長い廊下は静かに感じ、磨かれた床が陽光を柔らかく反射している、外の喧騒が嘘のように遠ざかり、足音だけが規則正しく響いた。
やがて、扉の前で使用人が立ち止まる。
「旦那様は、奥の間にてお待ちです」
その言葉にアルヴィンは小さく頷き、ゆっくりと扉へ手を伸ばした。
重い扉が開くと、そこには静かに横たわる一人の男がいた。曾てはこの国の政を支えた公爵、今は病に伏し、白い布団の中で呼吸を整えるのもやっとの状態でありながら、その目だけはまだ確かに生きていた。
アルヴィンは一度だけ深く頭を下げる。
「来てくれたか……アルヴィン。」
かすれた声は弱々しいが確かに届く、部屋の中には静けさだけが満ちていて、ここにいるのは公爵とアルヴィン、ただ二人だけだった。
公爵が見つめて直した方向へアルヴィンも連れる様にゆっくりと視線を向ける。
その先、庭へと続く窓の向こうに温室が静かに佇んでいる、そして透明なガラス越しに揺れる緑の中で、一人の青年が歩いていた。立ち止まっては花に触れ、差し込む光へと手を伸ばす、その姿はあの日と変わらない無邪気さを残しながらも、確かに時間を重ねた輪郭を持っていた。
その瞳がふとこちらを捉える、距離は遠いし、相手もまた部屋の中が見えていないであろう。それでもその心配を含む視線だけは確かにこちらへ向いていた。。
アルヴィンはその瞬間、呼吸を僅かに止める。
――あの日の少年だ。
まだ幼く、何も恐れずに前へしゃがみ込み「きれいだね」と笑ったあの声が記憶の奥で静かに重なる。
あの時と同じ光が、今も確かにそこにあった、ただ違うのは、その光がもう“子ども”ではなくなっているということだけに過ぎない。
アルヴィンは視線を逸らさないまま、ゆっくりと息を吐く。
レイン・シルエット。
今目の前にいる公爵の一人息子であり、この屋敷の後継となる少年、その事実はすでに理解しているし、あの日から今日まで頭の片隅から消えたことなど一度も無かった。それでもこうして、再び瞳に映された存在は、記憶の中の”それ”よりもずっと静かで、ずっと強く、そしてどうしようもなく遠く感じられた。
レインは視線を感じたのか小さく手を振る。表情に浮かぶ柔らかな笑みとその仕草は幼い頃と変わらない無邪気さのままだった。アルヴィンもまた一瞬だけ目を細めるが応えは返さない、ただ静かにその姿を見つめ続けるだけである。
公爵が、ゆっくりと息を吐いた。
「クローフォード ……君に、頼みたいことがある。」
静かな声だ。だがその一言にはこの部屋の空気そのものを変えるほどの重みがあった。
アルヴィンは視線を戻す。
病床の公爵と、窓の向こうにいるレイン。過去と現在が同じ場所で静かに重なっているようだった。
やがて先代公爵は、ゆっくりと続ける。
「あの子を……レインを、君に託したいんだ。」
読者の皆さんこんにちは、漣々です。本日こちらのネット小説『セラスの花束』をお手元に取って下さりありがとうございました。
長編物の妄想を文字にしたのはこちらの作品が初めてでして、作者本人とても緊張しております...。
コメントや感想には全て目を通す予定で、趣味で始めたこの一冊が皆さんの”好き”や”気になる”に触れていましたらこちらも嬉しい限りです。
これからもゆったりと更新をし続けていきますので、その際は再びお目に留めて頂けますと幸いです♥︎(ㅅ´ ˘ `)




