第九十八話 反撃開始
(あ……死んだ)
リヴァイアサンの大砲撃を前に、シエルは瞳を閉じて命を放棄した。数瞬の後に彼女の体は跡形も残らず消し飛ぶだろう。
だが、シエルに攻撃が届くことはなかった。
周囲の空間で光が瞬く。すると少しだけ砲撃の速度が遅くなった。その間に何かがシエルを抱え、砲撃の軌道上から離脱する。
「ほえ?」
呆気に取られながら、シエルは自分を抱えている者の姿を見る。
それは白装束に身を包んだ天使だった。アリシアが《至高七天》で召喚した天使の一体だ。
天使はシエルを自身の能力で治療している。すぐにシエルの負傷は完治した。
「あっぶなぁ、助かった……ありがとね、天使さん」
シエルは天使から離れ、状況を再確認する。
この天使はアリシアが皇都にリオを連れて行かせた天使だ。皇都に行ったついでに、リヴァイアサンの封印の件も皇都にいる者たちに伝達していた。要件が済んだからこそ、この場に戻ってきたのだろう。
それはつまり、
『───《真髄解放》ッ!!』
百メートルほど離れた地点で、莫大な魔力が解き放たれた。
魔力源は一つではない。数十人分はある。それらはこちらに急接近している。
「遅れてすまない!我々も貴方たちの戦いに加勢する!」
「絶対に奴をリフレイムに近づけるな!なんとしても守り抜け!」
「我らはリフレイムの誇る聖装士!リフレイムの危機に、異国の戦士ばかりに命を張らせてなるものか!」
シエルのもとに現れたのは数十人の聖裝士。全員が《真髄解放》を使っている。
フィーネが集めた、リフレイム皇国でも選りすぐりの聖裝士たちだ。
「助勢が来たか……いいね。ちょっとはマシになった」
シエルと天使は共に、リフレイムの聖装士たちの前に立つ。
「私はシエル・グレイシア。アリシア・エルデカとアラン・アートノルトの仲間だよ。そっちがどういう状況か聞いていい?」
「増援はこの場にいる聖装士となります。後方支援も既に整っています。後方支援には我々の全体的な能力向上や回復、魔力補給などを任せています。戦い続けるだけの備えはあります」
「リヴァイアサンの封印は?」
「現在、封印魔法について詳しい皇都の者たちを集め、全速力で準備を進めています。進展があり次第、連絡が来る手筈です。その時は我々がお伝えします」
「おっけー。んじゃまず天使さんは皆のサポート。見たところ回復とかバフが得意みたいだしね」
シエルは聖装能力でこの場にいる全員に、リヴァイアサンの概念領域に対抗する防御を付与していく。
「皆は全力で攻撃しまくって!皆の命は私が守ってあげるから!」
***
「《刃則術式四型・破断豪裂界嵐》!」
「Lua.”*+1jmk*}.x,.pa!!」
拡散する無数かつ超高速の斬撃。それを魔鎧騎士は正確に弾き返す。
だが大剣を振り抜いた瞬間の体を硬直を突いて、アランは前に出る。
魔鎧騎士の懐に潜り込み、腹を切り上げた。鎧が砕け、血液に似た液体が離散する。
魔鎧騎士は苦悶の声を上げるが、この程度で止まる怪物ではない。
負傷に構わず、大剣をアランに振り下ろす。アランは寸前で身を捻り、大剣を回避した。
空振った大剣が海面に直撃する。海は衝撃でさらに荒れた。斬撃の射線上にある海水は全て消し飛んた。
海面の揺れにより、海面に立っていたアランは僅かに体勢を崩してしまった。そこへ魔鎧騎士が大剣を薙ぎ払う。
「《結界》!」
結界を展開するが、一瞬で粉砕された。翳した剣で大剣を受け止めるが、それでも勢いは止まらない。アランは遠くへ吹き飛ばされてしまう。
その時には衝撃で剣が折れていた。すぐに剣を『虚空の手』に収納し、新たな武器を取り出そうとする。
だが次の瞬間には、背後に魔鎧騎士の姿があった。
大剣から繰り出される連撃をアランは紙一重で回避し続ける。時折、躱しきれなかった攻撃に肩や頬が切られたが、無視した。
「《闘則術式三型・破虐龍昇濤》」
薙ぎ払われた大剣を屈んで躱し、下から魔鎧騎士の顎にアッパーを叩き込む。衝撃で魔鎧騎士の首と顎が割れ、頭部が外れかけた。
魔鎧騎士はそれにも構わず、自身の能力を行使する。斜めに振り下ろされた大剣をアランは跳んで回避しようとするが、魔鎧騎士は許さない。
次の瞬間、アランの右足を海水が貫いた。変形して棘のように尖った海が、アランの右足を釘付けにしている。
「チッ!」
魔鎧騎士の腕に左腕を当て、攻撃を受け止める。
衝撃で左腕の骨にヒビが入った。さらに全身に伸し掛かる衝撃で、アランは潰されそうになっていた。
このままでは長くは保たない。アランは咄嗟に拳を放つ。
だが、
「|L1al,c>|;1soit,A」
アランが狙った魔鎧騎士の横腹が変形する。
突然、鎧が裂けて口のようになった。中には鋭利な牙が生えそろっている。
既に拳は放たれている。僅かな時間でアランは拳の軌道を可能な限り逸らすが、腕の半分ほどが食いちぎられた。この状況では、両腕の欠損は致命的だ。
立て続けに魔鎧騎士は攻める。ただでさえ、膂力ではアランは負けているのだ。今のアランが拮抗するのは難しい。
アランの横腹が大きく切り裂かれる。次いで、横腹の傷口に蹴りを叩き込まれた。出血と臓器損傷を負いながら、アランは吹き飛ばされる。
「ゴあッァ、う“ッ!」
血反吐を吐く。回復を試みた瞬間には、目の前に魔鎧騎士がいた。
魔鎧騎士は大剣を縦一直線に振り下ろす。
だが、
「───《正義の天譴》!!」
そこへ太陽の如く輝く炎が疾る。
魔鎧騎士の大剣が別の何かに弾き返された。さらに放たれた蹴りにより、魔鎧騎士が吹き飛んだ。
海面を何度か転がった後、魔鎧騎士は体勢を立て直す。
魔鎧騎士の視界にはアランに加えてもう一人、茶髪の少年が大剣を肩に担いでいた。
「リヴァイアサンとの戦闘中だと言うのに、それ以外のモノに殺されかけていたとは。目の当てられない失態だな、アラン」
「グレイ……まさかお前に助けられる日が来るとはな。一生の恥だな」
「ならそのまま地中か海底にでも埋まっていろ。そして二度と出てくるな」
「阿呆が、それは俺のセリフだ堅物脳筋野郎が」
リヴァイアサンによって遠方に転移させられていたグレイは、この場まで戻っていた。
アランは怨念を込めた軽口を叩きながら、傷を治す。
「現状はどうなっている?」
「リヴァイアサンは封印することに決めた。それで戦っていたら、俺にはこのガラクタを当てられた」
魔鎧騎士は足を前に出す。しかし、先に移動していたグレイがそこに足を着けた。
移動先を封じられた事による一瞬の硬直。そこへ大剣の薙ぎ払いが炸裂する。
魔鎧騎士も大剣で受け止めるが、グレイに力負けして吹き飛ばされた。
アランは魔鎧騎士が吹き飛ばされる方向に先回りし、魔鎧騎士を回し蹴りで撃ち落とす。そして落ちてきた魔鎧騎士に、グレイが再び攻撃を刺す。また魔鎧騎士が吹き飛ばされた。
「お前に頼るのは心底業腹だが手を貸せ。一分以内にコイツを殺す」
『虚空の手』から新たに剣を取り出すアランに、グレイは失笑混じりに言う。
「一分だと?笑わせる。三十秒で十分だ」
***
悲鳴が飛び交う海の中。アリシアは凶器と化した亡霊たちの猛攻を、結界に受けていた。
結界の修復速度より破損速度の方が早い。先程まで絶叫していた者たちは既に理性を失い、ただ苦痛に叫んでいる。
「……ッ」
アリシアは双剣を握るが、その手が動くことはない。窮地に立たされて尚、彼女の決心は固まらずにいた。
(私は、どうすれば……!)
自然の中で理不尽に死した者に、さらなる苦痛を与える。それに求められるのは、罪無き死者をさらなる絶望に落とす覚悟。
歯を食いしばって考え続ける。実際は数十秒程の出来事だが、体感では数分に及ぶ長い思考だった。
苦悩するアリシアのもとに、くぐもった爆音が届いた。
同時に魔力の波動も伝ってきた。海上でリヴァイアサンと戦っている者たちの気配だ。
その時、改めてアリシアは気付かされた。
これは彼女だけの戦いではない。アランやシエル、グレイ、リフレイム皇国の聖装士、後方支援を担っている者、そしてリヴァイアサンの封印を任された者たちまで。リフレイム皇国に生きる多くの民の未来のために、今も全身全霊を尽くしている者たちがいる。
アリシアはこの戦いの主戦力の一人。戦線を離脱すれば埋めようのない被害が出る。
主戦力としての責任、今も仲間が命を懸けている事実。
それを自覚して尚、こんな場所で悩んでいる暇はない。
「…………」
元より優先順位は明白だ。死した者に懺悔したところで、状況は好転しない。
リヴァイアサンに勝ち、少しでも多くの幸福を守りたいのなら、今すぐ仲間のもとへ戻らなければならない。そこにどんな犠牲を伴ったとしてもだ。
ならば、彼女がやるべき事は決まっている。
「許しは乞いません。どうか私を恨んでください。私は貴方たちの全ての悪意を受け止めます」
輝く双剣を掲げる。暗い地獄の中に優しい光が瞬いた。
その光は彼女の祈り、純真なる決意と覚悟の表れだ。
「…………ッ」
今でも手は震えている。今後一生、アリシアはこの選択に悔いを残すだろう。
それでも彼女は進むしかない。今を生きる者の未来のために、この瞬間に全力を尽くしている者たちの一助となるために、アリシアは罪無き死者たちを再び絶望に落とすのだ。
「ラファエル、ガブリエル、ミカエル、ザドキエル、カマエル、セラフィエル……どうか、私に力を」
六体の天使たちも手に光を宿す。
彼らは明確な自我を持つ、神話の時代からの使徒。アリシアの思いを誰よりも深く理解していた。
アリシアの聖装具──《神話を紡ぐ双煌》の聖装能力には、一つ欠点がある。彼女が起こすあらゆる事象は、すべて『祈り』が起点となることだ。
祈りに込められた思いが不十分であったり、迷いがあった場合、聖装能力は反応しない。
《至高七天》で呼び出した天使たちも同じだ。仮にアリシアが迷いながら亡霊たちを殺そうとしても、《神話を紡ぐ双煌》は彼女を認めず力を与えなかったはずだ。
《神話を紡ぐ双煌》の持ち主は、神話の時代を生きた神の力の代行者。故に相応の高潔な精神と気高い覚悟が求められる。
おそらくアリシアでなければ、この力は使いこなせなかった。戦闘者には相応しく無いほど律儀で、誠実で、心優しく、重い覚悟を背負っている彼女でなければ。
「……行きますッ!」
アリシアは駆ける。たとえ己の信念に命を焼かれようと、彼女は光を掲げ続ける。
それがアリシア・エルデカという人間の生き様なのだから。




