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聖装士学園の異端者  作者: 綿砂雪
第三章
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第九十九話 極点に至りし者たち

天変地異が巻き起こる海上にて、それに負けず劣らずの馬鹿げた超常現象が巻き起こっていた。

《真髄解放》を使っている聖装士が数十人。全員が全力でリヴァイアサンに攻撃を仕掛けている。だがシエルより格下なリフレイムの聖装士たちの攻撃ではリヴァイアサンに煩わしい思いをさせるのが積の山だったはずだ。運が良くても鱗が少し剥がせる程度。それほどに絶望的な能力の差が存在する。

しかしその差は今、着実に覆されていた。


「叫べ獣王!我が覇道を阻む全てを噛み砕けッ!!」

静謐(セイヒツ)なる漆黒よ、()の者に呪縛をッ!」

「開け異界の門!虚空の果てにて贄と散らせ!」

「其は清純なる蒼銀、穢れを穿つ無垢にして無慈悲なる天槍!」

「調律者よ、我が手に結滅の権能を!」


巨獣を(かたど)った雷炎が舞う。莫大な質量の影から無数の腕が伸びる。一点集中された重力が全てを喰らうブラックホールの弾丸となって解き放たれ、奇跡の金属であるオリハルコンの槍が万単位で降り注ぎ、磁界操作により圧縮と超高速回転する無数の刃が放射される。それら全てがリヴァイアサンの肉を抉っていた。

この異常なダメージの要因は二つ。一つは後方支援を任された者たちがこの周辺の海域にかけた能力強化向上効果。これにより、シエルたちの魔力量や身体能力、魔力出力から回復能力まで、あらゆる力が底上げされている。

二つ目はシエルが全面的にサポートに回ったこと。先程の一騎討ちでシエルが集めたリヴァイアサンのデータが上手く活きている。

全員の概念防御と攻撃アシスト、リヴァイアサンの力の解析や抑制など。サポートに徹している代わりに攻撃が出来なくなったが、彼女の攻撃を補う戦力はこの場に揃っている。


とは言え、彼らリフレイムの戦士たちの攻撃力はリヴァイアサンの防御力の遥か格下。いくら能力の強化向上とシエルのサポートがあろうとも、リヴァイアサンの規格外の回復速度には敵わない。彼らの与えた損傷が瞬く間に修復されていく。

そしてこの拮抗した戦況は、先の二つの要因が一つでも欠けた場合、瞬時に瓦解する。


「グオォォォォォォォォォォッ!!」


咆哮と共に海から現れたのは数万の騎士の群れ。先程、シエルが見た技だ。

全てが一つの生物であり高い実力を誇る。その力はこの場のリフレイムの聖装士たちの通常時と同等。《真髄解放》をしている今でなければ即死していた。


「全員、私がアシストするからその通りに動いて!《送信(アウトプット)》!」


シエルの指示の下、彼らは迎撃に動く。群れに突貫する者、それをサポートする者、広範囲攻撃で敵の数を減らす者。

彼らもリフレイム皇国が誇る最高峰の聖装士たち。統率された彼らの殲滅力は凄まじいものだ。圧倒的な数の不利も難なく迎撃している。

やがて群れを突破した者たちがリヴァイアサンに攻撃を仕掛けた。リヴァイアサンは肉を抉られるが、全く彼らに意識を向けない。リヴァイアサンが見ているのはさらに向こう、この戦況を支える一人の少女だ。


「オォォォォォォォガァァァァァッ!!」


天を覆う暗雲が閃光を放つ。空から文字通り豪雨のような量の砲撃が降ってきた。

狙われているのはシエルだ。気付いたシエルはすぐに動こうとするが、同時に周囲の海流が渦を撒き、複数の竜巻となって立ち昇る。

竜巻の引力は尋常ではない。シエルはその場から動けなかった。ならばと《空間接続(コネクト)》を発動し、空間を繋いで回避を試みるが上手くいかない。

この空間はリヴァイアサンの力が濃く侵食している。干渉力で下回っているシエルが空間構造を変えることは出来ない。

つまり、避けられない。


「え、また命の危機?」


リフレイムの聖装士たちのサポートに徹している今、この砲撃と吸引を凌げるだけの防御力と反撃能力がない。少しでもサポートから力を削げば彼らが死ぬ。そもそも砲撃の対策に注力したところでシエルが生き残れるかという問題もある。

ほぼ詰みに等しい状況。リヴァイアサンは計画的にシエルたちを戦況を不利に追いやっていた。


ならばこそ、その計画を粉砕するのは予定外のイレギュラーだ。


「《刃則(ジンソク)術式六型・苦螺天呪蓬莱(クラテンジュホウライ)暗槍蓮華(アンソウレンゲ)》」


「《至高七聖宝(グランドエクリプス)天満砲弓詠(サークリッドロア)》!!」


「《正義の天譴(アストレア)》──《断罪之鉄槌》!!」


シエルを留めていた竜巻が一瞬で焼き尽くされる。次いで誰かがシエルを抱えてその場から離れた。

同時に大量の闇色の槍と輝く矢が騎士たちを射抜き、リヴァイアサンを穿つ。それもピンポイントにリフレイムの聖装士たちへの巻き添いを避けていた。


「おお、本日二度目のお姫様抱っこ。ありがとグレッチ」


「礼は不要だ。むしろ失態を見せた俺の方こそ謝罪すべきだな」


「なら今ので借りは返したってことで。んで、他の二人は……」


グレイは抱えていたシエルを下ろす。そこへアラン、アリシア、そして合流した七体の天使も来た。


「無事っぽいね、二人とも。良かった良かった」


「増援が来たみたいだな。それにこの強化される感覚……後方支援が整ったか」


「リヴァイアサンの封印はどうなりましたか?」


「それはリフレイムの人に聞いて。私はまた皆のサポートに戻るから──」


「シエル殿!封印について報告が!」


シエルがサポートを再開したと同時に、近付いてきたのは一人の男。リフレイムの聖装士の一人だ。


「アリシア様とアートノルト殿もいらっしゃいましたか!それにそちらの方は……グレイ・フォーリダント殿ですか!」


「ああ。エルデカ王国から来た戦力はこれで全部だ。それとシエルは手が離せないから報告は俺にしてくれ。あとグレイは早くリヴァイアサンに突っ込んで来い」


「俺に指図するな、狂人が」


「なら自主的に突っ込め馬鹿野郎」


「言われずともそうする……!」


嫌いな相手の指示を聞くのは業腹だが、彼の能力が前線で戦うことに適しているのは事実だ。愚痴をこぼしながらグレイは前線に向かった。


「アリシアには全員のサポートと攻撃の両方を頼む。天使を使えばお前なら出来るだろ」


「もちろんそうしますが……」


『『『『『『───ッ』』』』』』


天使たちから不満の気配がした。アランの存在に対して明らかに嫌悪している。

なにせこの天使たちにとって、アランは過去の序列戦で自分たちを惨殺し、アリシアを何度も半殺しにした男だ。何より人の命を平気で刈り取る暴虐者でもある。とても指示を聞く気にはなれないだろう。


「……アリシア、頼むぞ」


「わ、分かりました。行きますよ、御使(みつかい)たち。彼を嫌う理由は分かりますが、今は彼の言う通りにすべきです」


『『『『『『…………』』』』』』


アリシアの発言となれば従うしかなかったので、天使たちとアリシアもまた前線へ向かった。


「待たせてすまない。進捗を聞かせてくれ」


「先程、皇都からリヴァイアサンの封印方法が決まったとの連絡が来ました。リヴァイアサンを封印していた海底に残っている封印術式を遠隔で再起動すると共に補強し、再度リヴァイアサンを封印するとの事です」


「なるほど。俺たちはどうすればいい」


「リヴァイアサンの封印に時間がかかります。まず遠隔での封印術式の再起動と補強に十分。リヴァイアサンの封印にも十分。そしてこれが重要なのですが、リヴァイアサンを封印する間、リヴァイアサンの体の中心部分を封印術式が刻まれている場所から百メートル以内に留める必要があります。さらに封印時にはなるべくリヴァイアサンを弱らせていて欲しい、との事です」


「合計で二十分、それも百メートル以内か。とんでもない難題だな」


封印術式のために十分耐えるのはまだ良い。問題は後者だ。現時点で既に封印術式があった場所から、リヴァイアサンの体の中心部分は百メートル以上離れている。

まずリヴァイアサンを移動させる必要がある。それだけでも凄まじい難題だが、封印のためにリヴァイアサンをその場に十分も留めなければいけない。誰がどう考えても絶望的な話だ。


「……分かった。俺たちも最大限努力しよう。何か案があればシエルを使って連絡させる。それまでは今まで通り全力で攻撃してくれ」


「はッ!」


彼も前線へ戻っていく。アランはサポートに徹しているシエルに近付いた。


「話は聞いてたか?」


「一応ね。皆にも《送信(アウトプット)》で伝達したよ……でも正直、聞いてて無理ゲーじゃんって思ったよねぇ。リヴァイアサンは意外と勘が良い。封印されそうになったら絶対に気付くはず。その時、リヴァイアサンをその場に留められるかって、絶望的な話だぁね」


「幸いにも皇都からの後方支援がある。既に半分以下だった魔力も体の疲労もマシになってる。それでも勝率は高くないがな。少なくともリヴァイアサンを移動させるには俺たちが『全力』を出すしかない。タイミングを見計らって切り札を切る必要がある。だがまずは封印が再起動するまでの十分を耐えるぞ」


「りょーかい」


アランもリヴァイアサンへ攻撃するべく前に出た。相変わらず常に全方向から馬鹿げた攻撃が襲来してくるが、シエルと後方支援のサポートのおかげで不可視必中の概念攻撃は無効化できるところまで来た。その他の攻撃は自力でどうにかするしかないが、先程までと違って人数が増えている。リヴァイアサンの攻撃もある程度分散されるようになった。


───耐えられる。


勝ち筋が明確になったことで計画を立てられるようになった。この場の主要戦力が揃ったことで戦いの均衡も安定している。ある程度想定外の事態が起きても、それを潰す余力がアランたちにはある。この調子で戦うことが出来れば、この絶望的な二十分を耐えることも不可能ではない。

誰もがそう考えた。無理難題を前にしながら、皆が僅かに希望を感じ始めていた。











───だが、この時点で彼らは一つ思い違いをしていた。

それはあまりにも初歩的で、尚且つ致命的な勘違い。彼らが相手にしているリヴァイアサンという魔法生物の真実、海帝龍という名の本当の意味を理解できていなかった。


リヴァイアサンは正真正銘、海の帝王。自身の領域である海に於いて、リヴァイアサンは帝王としてあらゆる権利を持つ。

無論、リヴァイアサンの世界にあるものは全て自身の支配下だ。空間、時間、概念、生物。森羅万象を創造し、思いのままに操れる。この場に於いては、リヴァイアサンは神に匹敵する存在と呼んでも過言ではない。


アランたちは確かに想定外の事態が起こる可能性は予期していた。しかしだ。所詮、人間である彼らが、どうして神に匹敵するリヴァイアサンの力を測ることが出来ようか。


「ゴォォォォォガァァァァァォォォォッ!!!」


リヴァイアサンの咆哮が海の果てまで響き渡る。

アランたちは無意識に足を止めた。この咆哮が今までのものとは異なると直感で察していた。

何かが起ころうとしている。起きれば取り返しが付かなくなる程の何かが。

今すぐ止めなければいけないはずだが、誰も体が動かない。捻じ伏せていた恐怖が蘇っていた。


「オォォォォォォォォォォォッ!!」


咆哮は何かの号令のように聞こえた。

海が濁る。空がさらに厚い暗雲に覆われる。大気中を巡る天変地異が激化し、空間に充満する血の匂いが濃くなっていく。

その中でアランたちは確かに見た。海から赤い霧のようなものが立ち昇っていく光景を。

霧はリヴァイアサンへ集まり、吸収されていく。吸収量が増えるに連れて、リヴァイアサンに変化が起きていた。

体表が黒く、より重厚な鱗に覆われていく。五百メートルの長大な巨体は七百メートルまで巨大化し、背部に新たな翼が生えていく。

そして最大の変化から感じる力の大きさ。今のリヴァイアサンの力は先程の比ではないと、誰もが一目で理解した。


───どうすればいい。


立ち尽くしながらアランは考える。

二十分も耐える?封印魔法の範囲内に十分も留める?

ふざけるな。そんな事が出来るはずがない。

最初から実力ではリヴァイアサンには勝てないと分かっていた。だがここまで格の違いが圧倒的なものだとは思わなかった。

これは想定の遥か上。恐らくこの姿こそリヴァイアサンの真の姿にして真の力なのだ。


「ガァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


暗雲から砲撃が降り注ぐ。攻撃の隙間は一ミリもない。まさに空が落ちてきたような光景だった。

避けられない。防げるはずもない。この場のほとんどの者が死を悟る中、真っ先に迫る空に立ち向かった者がいた。


「《起動───崩剣・神斬(カミキリ)》!」


アランは砲撃の前に出ると、手元に顕現させた『崩剣』を振り抜く。するとパリンッという音と共に、空に赤黒い亀裂が走った。

あらゆる理を拒む虚無の領域。亀裂と砲撃が激突した瞬間、空間が激震した。

物理的な質量の激突ではない。不可視にして絶対的な概念同士の押し合いだ。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


亀裂が細くなる。アランの力が押し負けつつあった。

既に限界以上の力を使っている。自分すら壊して出力を上げ、最大まで魔法の威力を向上させてる。だがそれでも届いていない。

無慈悲にも砲撃がアランの構築した破壊法則を塗り替えていく。


「ッ!グレイ・フォーリダント、シエル・グレイシア!今の内に!」


「はい!」

「うん!」


その間に気を取り直したアリシア、グレイ、シエルが動いた。自身を束縛する恐怖を振り払い、瞬間的に出せる最大火力をリヴァイアサンに叩き込む。

傷一つ付かなかったが、それでもリヴァイアサンの意識がアリシアたちに逸れた。同時に砲撃の威力も弱まった。


「おぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁァァァァァッ!!」


さらに出力を上げる。砲撃も空間も何もかも、目の前の全てを崩壊させる。

亀裂が砲撃を侵食する。砲撃が片端から掻き消え、遂に完全に砕き消した。






「…………」


砲撃の消えた空の下。アランは力無く海へ落ちる。

今の押し合いの反動で体が動かない。魔力も練れない。『崩剣』も手元から消滅した。

動けない彼が海に落ちれば自力で浮上できない。落下を続けるアランを他の者たちが助けに動こうとした。だがそんな暇は無かった。


再びリヴァイアサンが吠えた。今までと同じ不可視必中防御貫通の攻撃や多数の全方位拡散攻撃が飛来する。もちろん威力は今までの比ではない。

全力で防御して尚、肉が少しづつ抉られていく。誰もが耐えるだけで精一杯だった。反撃する暇も、これ以上力を解放する暇もない。

当然、アランを救うことなど出来るはずもなく、アランは荒れ狂う海へ墜落した。

このままでは彼が窒息死する可能性がある。それは即ち、主要戦力が欠けるということ。

そうなれば勝率はゼロだ。元よりゼロに近かった勝率が本当に死ぬ。

まさに敗北必至の状況。絶望の淵に立つ者たちに、しかしリヴァイアサンはさらなる追い討ちをかけた。


海から高波が昇る。それはもはや高波と言うより壁だった。

高さ五十メートル程の波が彼らの足元を通り過ぎ、皇都に向けて猛進する。波の周囲や内側には無数の獣が泳いでいた。

もしこれが皇都に辿り着けば、皇都はおそらく崩壊する。真っ先に後方支援が殺されるだろう。次に海岸付近にいる封印魔法の使い手が死ぬ。そして皇都の要人が死に、民間人が死に、やがて皇都は更地と化す。その後はリフレイム皇国全体が死体と瓦礫の山となる。

最悪のシナリオが全員の脳裏によぎる。だが止められる者は一人もいない。

全ての決着はあまりに早く、あまりにも理不尽に付けられた。



***



恐らく先程の鍔迫り合いの衝撃で意識が飛んでいたのだろう。気付いたら俺は海の中にいた。

呼吸が出来ない。浮上するべく腕を動かそうとするが、腕が上がらない。魔力も上手く練れない。瞬間的に力を使いすぎた反動だ。

体が動くようになれば魔法で浮上できる。だがそれまで呼吸が持つ確率は半々と言ったところか。


(くそッどうなってんだ、あの怪物……どうやって勝てって言うんだよ)


どうしようもない強敵、死にかけの自分、絶望的な勝利条件。もはや勝敗は決したも同然だ。

今のリヴァイアサンを相手に封印まで耐える方法なんて思い付かない。アレは人間の尺度で測っていい次元の存在ではなかった。

仮に俺が戦線に戻ったところで勝率は変わらない。せいぜい0%が1%になるか否かと言ったところだ。仮に俺たち最高戦力者が全力を出せば、それも5%くらいに上がるかもしれないが、それも今のリヴァイアサンを対象に考えた場合の話だ。


(いづれにせよ、無駄か……)


現実を理解するほど、体から動く気力が失われていく。

諦めたくなんてないさ。まだ戦いたい。リヴァイアサンに勝ちたいって思ってる。

でも仕方ないだろ。俺たちはほぼ負けたも同然。勝率も極めて低い。

ここまで絶望的な現実を前にして尚、戦おうと思えるほど俺は情熱家な人間ではない。


(情けねぇ……あれだけ大口叩いておきながら、このザマか)


結局俺は半端者だった。聖装具も使えない。大した信念も矜持もない。格上を相手に最後まで抗う覚悟もない。師匠に相応しい弟子にも成れてない。

中途半端に人を救い、中途半端に人を殺す。俺のような半端者にはある意味妥当な結末だ。

だからこの死に方に納得してしまった。目を閉じてしまった。


さらに体は落ちていく。海の底へ、意識の深層へ。二度と戻れない深淵へ。


(ああ…………なんだか)


覚えはない。全く記憶には無いはずだが。


(懐かしい、な…………)


身を包む死の気配に、何故か俺は安堵してしまっていた。













『───もちろん決まってるわ。この国の全員に皇女として認められるくらいの人間になってやるわ!』


ふと脳内で響いた声があった。これが走馬灯と言うヤツなのだろうか。

死にかけの脳が思い出したのはフィーネとの記憶。短いながらに俺の人生に於いて大きな変化を(もたら)したと言える出来事。

途端に俺は申し訳なさを感じた。フィーネの成長を最後まで支えると約束したのに、俺は約束を果たすことも、フィーネの信頼に報いることも出来なかった。


(すまない、フィーネ……)


心の中で謝罪と自戒を繰り返す。敗北必至にして死にかけの状況。闘志も既に消えている。今の俺に出来ることなどそれしかなかった。

それしかなかった、はずなのに、俺の脳は何度も俺にフィーネとの記憶を見せつける。


『頑張ったのに……たくさん、頑張ったのに……周りも、私自身も……この努力に応えてくれるものはなかった!』


常に報われず、周りに失望される人生。それがどんなに苦しいものだっただろうか。

才能という面では俺はフィーネと似たような立場だが、俺には師匠がいた。支えてくれる人がいる分、きっと俺の方がフィーネよりずっとマシな人生を歩いていたはずだ。

フィーネは常に自身の非才を嘆いていた。報われない日々に何度も心を折った。過去、現在、未来、どれを取っても希望なんて欠片も無い最悪な人生を生きていた。

だが、それでも。


『これでも皇女だもの。私に期待してくれる人がいるなら、立ち上がらない訳にはいかないわ』


それでもフィーネは言った。もう一度立ち上がると。ここまで酷く打ちのめされ続けたのに、それでも皇女の誇りを捨てず、まだ努力すると言ってみせた。

並大抵のことではない。きっかけが俺にあるとしても、それは誰もが言える言葉ではない。

アイツは強い。誰よりも凡人でありながら、誰よりも強い心を持っている。

それに対して俺はどうだ。確かに状況は絶望的だ。勝率なんて真っ当に見積もって3%前後。だが0%ではない。


───つまり、少なからず勝機はある。本当に僅かではあるが勝機は確かに存在するのだ。


(……本当に、諦めていいのか?)


情けなく思った。この程度で諦めようとしている自分自身を。

俺より弱くて、俺より絶望的な状況にいたフィーネですら立ち上がったのに、それよりマシな俺が立ち上がらなくてどうする。アイツの信頼を裏切ることは、アイツの判断が間違っていたと否定することに等しい。

それが何だか悔しくて、嫌で仕方なかった。自分でもおかしな考えをしているとは思うが、何より強く思ったことがそれだった。


(許せるわけ無いよな……そんなこと)


死にかけの拳を握る。

既に体は動き始めていた。魔力もブレがあるが操作できる。勝ち目なんて無いに等しいが、本当に無いわけではない。

ならどうするべきか?決まっている。


───戦え。


今だけは勝率を思考から除外しろ。どんなに絶望的でも構わない。それでも立ち上がることが重要なんだ。それがフィーネの信頼を受けた者として、フィーネに道を示した者としての責務だろう。

今度は俺が意地を見せる番だ。さっさと立て。フィーネを導くと決めたからには、導き手としてそれに相応しい覚悟と根性を示してみせろ!


「────《解放》!」



***



空間内を絶えず襲う不可視の攻撃の数々。そして皇都へ迫る高波と無数の獣たち。

絶望的な状況が広がる海上にて、シエルは既に決断していた。今すぐ《真髄解放》を使うべきだと。

だがリヴァイアサンの攻撃があまりにも激しい。《真髄解放》を発動する余裕も、反撃する暇も彼女たちには無い。このままではリヴァイアサンに押され負け、殺されることは明らかだった。


(何かないの!?何か、方法は……!)


リヴァイアサンはこれ以上手数を増やすつもりはないように見えた。王者であるが故の(おご)りなのか、シエルたちを見定めているのか、それとも単純にこれがリヴァイアサンの限界なのか。シエルには分からないが好都合だった。

何でもいい。一瞬で構わない。リヴァイアサンの意識を逸らし、攻撃の手を緩めることさえ出来れば《真髄解放》を使う隙ができる。そうなれば抵抗の手段は大幅に増える。


(アウト)(プット)……!」


苦し紛れの能力発動。その対象は攻撃の範囲外にいて、尚且つ状況を打破できる可能性を持つ人物、アラン・アートノルト。

彼がこの状況に一石を投じてくれることを願うしかなかった。今のシエルにはアランの消息すら把握すらできない。海に落ちてからそれなりに時間が経った。実際のところ、死んでいる可能性の方が高い。


(お願い……アラッチ!)


絶望の淵で願った無意味に等しい救済。天変地異に飲み込まれると思われた最後の願いに、しかし応えたモノがあった。


「────失せろッ!」


空間を疾る未知の力。瞬間、この場にある全ての力が強制的に掻き消された。

リヴァイアサンの攻撃はもちろん、シエルたちも防御や浮遊魔法まで。突然落下し始めた事で慌てて彼らは魔法を再発動する。

一体誰がこんな馬鹿げた事象を引き起こしたのか。混乱していたのはシエルたちだけではなく、リヴァイアサンさえ同じだった。


「─我は神羅を統べる者。万物は我が意思のもとに鳴動し、世界は我が願うままに流転(ルテン)する─」


荒れ狂う海に虹色の光が映る。

それはあまりに巨大かつ規格外。この世の常識、誰もが限界と定めた領域。その全てを遥かに突破した究極にして超常。


「─この世の王位は既に我がもとにあり。万象一切我が前に(クダ)れ、そして礼賛(ライサン)せよ。今こそ旧世界の秩序を改め、我が理想で塗り替えよう─」


やがて閃光に満ちた海が大きく爆ぜる。中から一人の人間が飛び上がった。

その者は全身の皮膚に虹色の刻印を刻んでいた。蒼く光る両目にも刻印が刻まれている。姿形は人間だが、その実態は人間の範疇を超えている。

例えるなら自身を爆弾に改造したようなもの。真っ当に考えれば狂っているとしか言いようのない所業だ。


「─ここに王たる我が告げる。この世界の新生を─」


だが、だからこそ彼は異端者であり、暴虐者なのだ。

あらゆる常識を打ち破り、あらゆる倫理や規範を踏み潰し。何者にも縛られる事なく、ただ己の望む道を走り続ける。そんな、あまりにも自由で傍若無人な圧倒的狂人。


「解放───」


故に彼はその名を唱える。

傲岸不遜に、高らかに。自身こそが絶対者だと。この世の全てを差し置いて。


「───その名は完全(アルティメット)無欠の絶対王者(オーバードーズ)ッ!!」


瞬間、アランを中心に莫大な魔力の気配が吹き荒れる。

それは人間の究極、魔法の頂き。正真正銘の異端の傑物がここに戴冠(たいかん)した。

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