第九十六話 旧き夜の再演
敵は万単位でありながら、強大な力を持つ騎士の軍。馬鹿げた戦力の軍隊に対し、こちらは三人。いくらアランたちが規格外の実力者とはいえ、この中で足を止めれば数に押されて殺される。
結局、彼らのやることは変わらない。戦いながらリヴァイアサンの情報を集め、適応し、攻略を可能にする。
幸いにも、三人ともそうした戦い方は得意だ。まずリヴァイアサンの手の内を引き出さなければ、話は進まない。
「《刃則術式二型・乖那抜殺・螺旋回羅》」
空中を疾走しながら、アランは斬撃を放つ。網目状にきめ細かく放たれた斬撃に逃げ場はなく、攻撃範囲内の騎士は全て細切れになった。
群れに穴が空いた瞬間に、さらに加速する。この騎士もすぐに再生成されるはずだ。少しでも早く包囲網を抜け出すのが最善である。
「《彼方へ謳え、煌々たる神象讃歌》ッ!」
アリシアたちも特攻に出ていた。
爆撃、光線、斬撃、鎖など。光によって編み上げられた無数の攻撃が、アリシアと六体の天使から放たれる。
《至高七天》は天使を出せば出すほど、アリシアが強化される。
七体のうち一体の天使はリオを運ぶために離脱させているが、この場には天使が六体いる。今のアリシアには凄まじい強化が施されていた。三人の中で最高戦力と言っても過言ではない。
圧倒的な殲滅力で、抵抗も許さず騎士たちを葬っていく。
今の三人はリオ程度の実力者なら、赤子の手を捻るように倒す実力がある。この程度では足止めにならない。
リヴァイアサンも彼らの戦いを見ていて理解した。だからこそ、
「オォォォォォォォォォォォォォッ!!!」
咆哮と共に空間に魔力が波及する。
矛先を向けられているのはアランとアリシア。二人を未知の脅威が襲う寸前、
「《領域干渉・空間凍結付与》」
二人を守護するべく、シエルの空間干渉が割って入る。リヴァイアサンの干渉は無効化された。
「また転移させるつもりだったかなぁ?二度目は許さなぁいよ」
手にした棒鍵を振り払い、シエルも前に出る。
背部の電子的な翼が発生させる推進力により、シエルは凄まじい速度で空中を直進する。彼女の行く手を騎士たちが阻むが、シエルは臆さず突っ込んだ。
「《万化ノ鍵・機剣変性》」
棒鍵の棒部分に付いた凹凸が動く。棒部分が回り、飛び出し、陥没し、形を変形させていく。
やがて形状を定めると、棒鍵が大きく変形した。組み上げられたのは一本の剣だ。
「《身体強化》、《再現・天技剣聖》」
目の前の騎士をひたすら斬る。彼女の剣技はまさに達人のものだった。
実際のところ、シエル・グレイシアという聖装士は接近戦を好まない。もちろん剣術や体術も空っきしだが、それを補うのが彼女の超技術である。
データを蓄え、分析し、改良し、自身に合った最良最強の形にアップグレードする。そうして作り上げたデータを自身に再現させることで、本来不可能な戦い方を可能にする。それが彼女の接近戦だ。
「《構築・小型浮遊式光線砲台》」
周囲に数十丁の砲台が展開された。彼女の後方にいる騎士たちを砲撃で迎撃しながら、シエルは猛進する。自動照準による砲撃が、彼女の視覚外を完璧に抑えていた。
あらゆる行動を自動化させ、攻撃や防御を完璧に両立する。それも彼女の強みである。
「数はヤバいけぇど、この程度ぉなら……!」
シエルは騎士の群れを突破する。同時にアランとアリシアも突破していた。
だが、その時。
「ッ゙!?」
「いてっ」
「………ッ」
アランたちの体を何かが掠める。三人の体に切り傷があった。
リヴァイアサンの近くまで来たことで、概念領域による攻撃の濃度が上がったのだ。彼らの概念防御でも抑えきれなかった不可視必中防御貫通の攻撃が三人を蝕み始めた。
「効き始めたかぁ。でもここまで近づかないとダメージ受けないってのは、能力範囲と力の密度は反比例するってことかぁな」
「あり得るな。リヴァイアサンに近付くほど攻撃の密度が上がるながら、至近距離まで近付くのはリスクが高い。だが遠すぎても、攻撃が届かない。可能な限り近づきたいが……」
「では私がサポートします。概念耐性と回復促進の奇跡を二人にもかけます。ここまで耐久を高めれば、多少は耐えれるでしょう。あとは強行突破するしかありません」
三人の体が光を纏う。奇跡の効果により、体の負傷速度を回復速度が上回るようになった。
「シエルはまずリヴァイアサンの守りを弱めろ。俺が守りを壊す。アリシアはそこを撃て」
「うぅい」
「はい!」
アランとシエルが跳び上がる。リヴァイアサンは咆哮を上げながら迎え撃った。
暗雲から降り注ぐ無数の砲撃が二人に迫る。一撃でも当たれば身体を抉られるだろう。
不可視の必中攻撃に体を抉られながら、この砲撃を避けるのは至難の業だ。
「─主よ、彼らを導きたまえ─」
ならばこそ、そこを補助するのがアリシアの奇跡だ。
アランとシエルの視界に光の線が映る。その意味を瞬時に理解し、二人は光を辿って上昇する。
光が示すのは最も安全な進行経路。辿るだけでかなり避けやすくなったが、砲撃の合間は絶望的に狭い。避け切れなかった砲撃が体を掠めていく。
負傷は耐えるしかない。それに間に合うだけの回復はある。
負傷前提で突っ込んだ二人は、遂にリヴァイアサンから三十メートルほど離れた場所まで至った。
「返すよぉ。貴方の攻撃!」
剣を棒鍵の形に戻し、先端をリヴァイアサンへ向けた。
棒鍵の凹凸が再び変形する。戦闘中に集めたデータから、現状の最適解を形にした。
「《超出力拡張》、《算入・適合・全権限強制無力化》!!」
棒鍵の先端に集約された青い光が、特大の砲撃となってリヴァイアサンに放たれる。
砲撃は直撃したが、リヴァイアサンに傷はない。
威力不足が故なのか、光線の性質が故なのか。リヴァイアサンが理解するより早く、今度はアランが前に出る。
「《原始回帰・魔人飾彩・封印領域解放》──《結合》」
アランの瞳が白銀に染まる。同じく剣が白銀の輝きを纏った。
周囲を銀雷が迸る。魔力を浴びた大気中の分子が崩壊していき、ただの原子へ還っていく。
超常の域に達した魔法が、周囲に影響を及ぼしていた。
「《WHITE NOVA》──《超結合》」
異常はそれだけに留まらない。白銀の光の中から、漆黒の炎が立ち昇る。
温度にして一万度を優に超える獄炎。夜の闇より暗い焔が、太陽より眩く光る雷と共に刀身を覆う。
「《砲則術式終型改・獄王災禍天魔月葬・白夜光刃》!!」
剣を振ったのは二回。一撃目で漆黒の業火が斬撃となって放たれた。
斬撃はシエルが撃った箇所と同じ箇所を狙っていた。着弾の直後に大きく爆ぜ、太陽のように漆黒の炎が拡散する。
さらに二撃目。続けて放たれた白銀の斬撃が、漆黒の太陽を裂いてリヴァイアサンに直撃した。炎の内から現れた白銀の光が周囲を呑み込み、全てを崩壊させていく。
流石のリヴァイアサンでも、タダでは済まなかった。リヴァイアサンの着弾箇所は、今の攻撃によって深く抉れている。
この事実はリヴァイアサンにとって、自分を殺し得る存在が増えたということに他ならない。
リヴァイアサンは反撃に出た。さらに力を上昇させるが、アランとシエルは反撃を許さない。
「《抑制施錠》!」
「《封印領域解放》」
リヴァイアサンの体表に鍵穴の紋様が出現した瞬間、リヴァイアサンの出力が少し低下した。さらにアランの概念封印が、概念的な障害要素を可能な限り抑制する。
効果は数秒しか続かないだろう。抑制の幅もそこまで大きなものではない。
それでも、今のリヴァイアサンは確かに弱っている。攻めるなら今しかない。
「《天帝七聖宝》ッ!!」
二人が作った絶好の隙にアリシアが入る。
煌々と七色に輝く双剣。立ち昇る魔力の光は、暗雲の向こうまで届くほどに膨大だ。神秘的な光が辺りを満たし、夜の闇を打ち消している。
加減はしない。この一撃で倒すつもりで、アリシアはリヴァイアサンへ猛進した。
傷口を狙い、双剣を振り下ろす。爆音と共に凄まじい衝撃波が波及した。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
全力で双剣を押し通す。
アランとシエルが先に攻撃していなければ、この一撃も通らなかっただろう。
リヴァイアサンの体に刃が食い込む。傷口のさらに奥深くへ、刃を貫き通した。
「グゥゥゥァァァァァァァァァッ」
傷口から鮮血が散る。先程のグレイの一撃よりも傷は深い。リヴァイアサンが大きく怯んでいる。
しかし、死には程遠い。リヴァイアサンならすぐに再生するだろう。
アリシアは追撃を加えるべく、双剣を振り被った。
だが、
「オォォォォガァァァァァァァァァッ!!」
轟く咆哮が、アリシアの追撃を許さない。
一瞬で周囲の空間構造が変化した。別の行動に注力していた彼らでは、対処は間に合わない。
次の瞬間、彼らはリヴァイアサンから引き剥がされていた。
「これはっ!?」
「空間転移で俺たちを無理矢理離したか……」
滞空しながら、三人は八百メートルほど先にいるリヴァイアサンを見る。
リヴァイアサンの治癒速度は圧倒的だった。アランたちが必死に与えたダメージは既に完治している。本当にこの空間内では無敵のようだ。
「……ねぇ、アラッチ」
「分かってる。多分無理だ。俺たちがリヴァイアサンを殺すのは。馬鹿げた再生能力と、無限に等しい魔力。リヴァイアサンはテリトリー内では不死身同然だ」
「《真髄解放》を使えば、と思いましたが……リヴァイアサンを消し飛ばせる程の技はありませんね。私たちが同時に全力で攻撃しても難しいでしょう。何より、そのような攻撃をしては皇都まで被害が及びます」
「一応聞くが、シエルが全力でリヴァイアサンの概念干渉と空間干渉を抑えたとして、どこまで抑えられる」
「《真髄解放》込みで考えても30%ってところじゃない?まぁリヴァイアサンの余力や私が集めたデータ量次第で変わるから、あんま信頼できる数字じゃないけど」
「30%か……心許ないな」
抑制の程度としては悪くないが、抑制する間、シエルが戦闘から外れるデメリットと比べるとやや足りない。
「アラン君、ちなみに貴方の聖裝具は……」
「無理だ」
即答した。アランが感じる限りでは、聖装具に変化は起きていない。
「それよりアンタがリオを運ばせた天使、まだ皇都にいるか?」
「少し待ってください。確認します」
アリシアはリオを運ばせた天使と視界を共有し、状況を確かめる。
「………はい、いますね。リオ・ロゼデウスは無事皇城付近まで届けられたようです。近くに他の方も大勢いますね」
「後方支援か皇国騎士団の聖装士だな。向こうも準備が整いつつあるという事か」
フィーネが上手く皇国騎士団や皇族に話を付けたのだろう。アランはフィーネの無事と成功に安堵した。
すぐに増援が来る。実際のところ、アランやアリシアほどの実力がなければ、リヴァイアサンに少し煩わしい思いをさせるのが積の山だ。それでも邪魔が出来れば十分だとアランは考える。
後方支援があれば、今より安定して戦える。数分後にはグレイも戻ってくるはずだ。
「アリシア、天使に皇都の奴らに伝えさせろ。方針が決まった」
リヴァイアサンの討伐が不可能な現状、アランたちの勝利条件は一つしかない。
「皇都にいる封印魔法が使える人員をかき集めさせろ。もう一度、ここでリヴァイアサンを『封印』する」




