第九十五話 帝王の力
荒れ狂う海、そして大嵐や豪雨、落雷に満たされた空中。
天変地異が巻き起こる中で、滞空しながらグレイは大剣を掲げた。
太陽のように熱く輝く巨大な刀身。空気を蹴ってグレイはリヴァイアサンに突撃する。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
リヴァイアサンに大剣を振り下ろす。あらゆる理不尽を貫く無敵の斬撃がリヴァイアサンに直撃するが、刃はそれ以上食い込まない。
ただ皮膚や鱗が硬いのではない。単純な硬さが意味を為さないグレイの力でも貫けないということは、物理的な領域を超えた何かにリヴァイアサンが守られているということだ。
「ガァァァァゴォォォォォァァァァッ!!」
咆哮と共に暴風が吹き荒れる。
常人なら触れただけで体を木っ端微塵にされるほどの風圧だ。グレイを引き剥がさんとするリヴァイアサンに、グレイは気合いで喰らいついた。
「これしきの風圧で……ッ!」
不屈にして底無しの正義を燃料とし、さらに大剣が熱く輝く。
体を打ち付ける暴風をものともせず、グレイは大剣をリヴァイアサンに押し付ける。
グレイ・フォーリダントの聖裝具──《正義の天譴》の聖装能力は『あらゆる障害を突破する』能力だ。如何に強固な鉄壁も、如何に凶悪な攻撃も、彼には一切通じない。その全てを貫き、彼は一方的に自身の攻撃を押し付ける。
リヴァイアサンは直感から、彼の力の本質を察した。
単純な暴力が一切意味を為さない理不尽な正義者。この人間は自身の脅威と認めるに値する。
理解したが故にリヴァイアサンは再び吠えた。さらに風圧が大きくなる。
「なんだと……!?」
グレイの大剣が徐々に押し返されていく。
それがあり得ないことは本人が一番分かっている。どれほど強い暴風でも彼の聖裝能力には敵わない。だがグレイは今押し返されていた。
まるで抗いようのない不可視の壁が迫っているような感覚。おそらく暴風は見かけだけで、攻撃の実態は全く異なるものなのだろう。
「グレッチ、そのまま耐えて!」
グレイとリヴァイアサンの鍔迫り合いにシエルが割って入る。右手の人差し指に付いた指輪が煌めいた。
「《構築・中型浮遊式光線銃》」
シエルの周囲の空間に光が現れる。光は変形して形を成し、機械的な砲台を作り上げた。
「《照準補足・全機発射》」
数にして千台。発射口から放たれた光線がリヴァイアサンの全身を穿った。
だがダメージは全くない。全てリヴァイアサンの鱗に弾かれている。
「なら次は……!」
「オォォォォォァァァァァッ!!」
シエルの次手を待たず、リヴィアサンは先手を打つ。
咆哮が衝撃波となって波及する。衝撃波に触れたフロートガンは一瞬で砕け散った。
シエルは結界を展開することで、衝撃波を受け止めた。
(あっぶな……《結界》自動展開しといて良かった)
聖装能力を利用し、何重にも結界を重ねて展開することで凌げているが、それでも凄まじい衝撃が伝ってくる。
ただ威力に負けているのではない。結界の根本的な部分、結界という存在そのものが、何かに侵食されていくのが分かる。
やはりリヴァイアサンの攻撃は単純な攻撃ではない。リヴァイアサンの圧倒的な攻撃力と防御力には、概念的な何かが絡んでいるとシエルは見抜く。
それと同時に、リヴァイアサンはシエルへ砲撃を放った。
先程の衝撃波とは規模が全く違う。当たれば結界など容易に突破されるだろう。
「でも私に砲撃は悪手だぁよ、《空間接続》」
シエルの目の前の空間が別の空間と接続される。砲撃は空間の接続点に飲み込まれ、別の空間に飛ばされた。
その別の空間とは、リヴァイアサンの上空。接続点から降り注いだ砲撃が、リヴァイアサンの頭部から首を穿った。
自身の砲撃がこのような形で返ってくるとは思うまい。リヴァイアサンは確かに動揺していた。
だが、それだけだ。
「チッ効かないか」
同じリヴァイアサンの攻撃なら、リヴァイアサンの守りを突破できる。その可能性にシエルは賭けたが、賭けは外れた。リヴァイアサンは全くダメージを受けていない。
これは防御力の問題ではなく、相性の問題だ。
炎に炎を重ねても鎮火はしない。それと同じく、リヴァイアサンの力と同じ性質の攻撃はリヴァイアサンには影響しない。反射系の技は意味を為さないと考えていいだろう。
厄介なことこの上ないが、
「グレッチ!」
「分かってる!」
リヴァイアサンの意識がシエルに注がれている内に、グレイは攻撃を溜めていた。
豪雨と大嵐で霞む視界の中でも、大剣の輝きはよく見える。太陽の如き熱と輝きを宿した一刀が、超高速でリヴァイアサンに叩きつけられた。
彼の聖装能力はあらゆる障害を突破する。物理的なものはもちろん、概念的なものでも彼の前では無力となる。その力で、彼は相手の防御や攻撃を突破している。
しかし、彼の聖装能力が作用するのは外部だけではない。自分自身にも適用可能だ。
グレイは自身の『限界』を一つの障害と認識することで、限界を突破、つまり自己強化を可能としている。
故にグレイに限界はない。あらゆる攻撃や防御を無効化するだけでなく、無限に自己強化を繰り返すことで、彼はどこまでも強くなれる。
無論、リヴァイアサンの防御力を超えることも可能だ。
「貫けぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
身体能力の強化に加え、干渉可能領域の拡張。遂に大剣がリヴァイアサンの超常的な防御を突破する。
大剣がリヴァイアサンの体を切り裂いた。傷口から血が流れていく。
「グゥゥゥゥゥァァァァァァァッ!!」
リヴァイアサンが苦悶の声を上げる。そこには驚きの感情も混ざっていた。
絶対的な頂点に立つリヴァイアサンの領域に、早くも指をかける者が現れた。リヴァイアサンにとって、これ以上に驚愕すべき事実はない。
(効いた!ダメージを負わせられるなら討伐は不可能じゃない!)
今こそ攻め時だ。グレイはリヴァイアサンの負傷した部位を狙い大剣を刺突させる。
だが同時に、リヴァイアサンの殺気が爆発的に増した。
周囲により濃い血の匂いが充満する。グレイもシエルもすぐに異常を感じ取った。
現状、最も自分を殺し得るグレイ・フォーリダントという人間。リヴァイアサンは彼の存在を許すつもりはない。
(何かするつもりか。だが遅い!)
グレイに止まる気はない。彼の最大の長所は一方的な戦闘スタイル。
常に全てを突破し続ける戦い方に必要なのは、何物にも臆さない不屈の精神と躊躇しない心。
故に彼は止まれなかった。刃がリヴァイアサンに触れかけた瞬間、彼はようやく己の過ちを察する。
「…………グレッチ?」
次の瞬間、シエルの視界からグレイが消えた。
***
「…………ッ!?」
グレイの視界が突然暗くなった。
全身に強い圧迫感と冷たい感触がある。呼吸も出来なかった。
(まさか海の中か!?)
背中が地面に触れた。海中でありながら地面がすぐそばにあり、視界も暗い。そしてこの水圧。
おそらくここは海底だ。正確な深度は分からないが、ここがかなり深い場所であることは直感的に理解できる。
(間違いなく瞬間移動の類。だが俺に瞬間移動が効くはずがない。俺がいた空間ごと海の底に転移させたか)
ここが何処かは分からない。リヴァイアサンの気配は感じられるが、かなり遠い。先程までいた場所から、十キロ前後は離されたと考えていいだろう。
かなり遠いが、戻れない距離ではない。海上にさえ出れば、五分あれば容易に戻れる距離だ。
そう、海上にさえ出れば。
『─────ッ!!』
咆哮のような声が聞こえた。視界は見えないが、気配で分かる。
何かが近くにいる。リヴァイアサンには劣るが、それなりに大きな気配が大量に感じられる。
(なるほど、リヴァイアサンが遣わした兵と言ったところか)
リヴァイアサンは易々とグレイを戻らせるつもりは無いらしい。
この場でグレイを仕留める、もしくは足止めをする気だ。
「良いだろう。来いッ!!」
迫りくる敵軍を前に、グレイは大剣を輝かせた。
***
「…………グレッチ?」
グレイの姿が消えた。
一瞬、グレイが死んだかとシエルは思ったが、遥か遠くからグレイの気配が感じられた。
彼は転移させられたようだ。それくらいなら問題無い。グレイなら必ずこの場に戻ってこれる。
だが、
(ミスったな。私がいながら見抜けなかった)
静かに焦る。少し観察していて分かった。リヴァイアサンの能力は彼女の想像や常識を遥かに絶する。史上最強最悪の大厄災の一柱は伊達ではない。
「シエル!」
下から声が聞こえた。
アランたちが来た。リオを無事離脱させられたようだ。
「状況はどうなってる」
「グレッチがリヴァイアサンに一発食らわせてやったところ。でもそのグレッチがどっかに飛ばされちゃった」
「飛ばされたとは、どういう事ですか」
「転移だよ。空間ごと遠くに飛ばされた。十分もあれば戻ってくるだろうけど、これは痛手だね」
実際は痛手なんてものではない。これは致命的な欠員だ。
シエルの中で攻撃面の要であったグレイが欠けた。これだけで勝機が絶望的になった。
「解析して分かった事があるから共有しとくよ。リヴァイアサンの攻撃や防御は、全てに概念的な要素が絡んでる。私たちの攻撃は、自分に都合の良い概念を付与することで負傷を防いでる。私たちの防御も存在ごと崩されて無効化される。あと空間干渉もできるみたい」
「自分の能力が及ぶ範囲では、全てに於いて好き放題できるという事か」
「そそ。もちろん単純な身体能力も尋常じゃない。証拠にさっきグレッチが付けた傷がもう完治してる。ちょっと凶悪過ぎるねぇ」
殺意の籠もった目でリヴァイアサンが睨む。
グレイを退場させただけで終わるはずがない。リヴァイアサンは何かしてくる。それを察して三人は警戒を強める。
「グオォォォォガァァァァァァァァァッ!!」
リヴァイアサンから魔力が拡散した。
空間がリヴァイアサンの概念に侵食される。それにアランは既視感を覚えた。
(魔鎧騎士の概念領域と似てる。ある程度は共通する攻撃性質もあるということか)
魔鎧騎士がリヴァイアサンの断片から作られたことを考えれば、当然のことだ。ならば自分たちが次に取るべき行動もまた決まっている。
「《封印領域解放》」
「ガブリエル、ラファエル!」
「《解析・算入──空間凍結》!」
各自が概念干渉による防御を展開する。
見かけ上は何も起こっていないが、既にリヴァイアサンは自身の攻撃を概念に昇華し、空間に付与している。魔鎧騎士の時と同様、概念的な防御が無ければ、防御貫通の必中攻撃が襲い来るだろう。
「さっき似たようなヤツと戦ったから伝えておく。絶対に概念防御は解くな。攻撃は常にどこからでも来る。視覚に頼るな」
「何が起きても不思議じゃないってことだぁね」
その時、荒れ狂う海面から何かが飛び上がった。
それは水製の騎士。全身が半透明の液体であることを除けば、魔鎧騎士と外見は似ている。
騎士は一体だけでなく、次々に海中から跳び出した。
出揃った数は数万体。全ての個体から凄まじい力を感じた。少なくとも通常時のリオ以上の力はある。
「不思議じゃないとは言ったけど、こんなすぐぶっ飛んだ事してくるとはぁ思わないじゃん。てか凄いよ、あれ全部独立した一つの『生物』だぁよ」
「この規模で生物の創造を当たり前のように行うとは。悍ましい光景ですね……今後暫く海を見れなくなりそうです」
「シエル、この概念領域を抑えることは出来ないか?」
「流石に無理だねぇ。私がサポートに全振りすれば多少は抑えられるかもだけどぉ、この中で止まってたら死にそうだし、全員で攻めるしかないねぇ。私も久々に接近戦をしようかぁ」
シエルは指輪を輝かせ、
「《制限解除・万化ノ鍵・機龍虹翼》」
手元と背中に現れた光が形を成し、異界の遺物を編み上げる。
右手に握られているのは、一メートル強の青い棒鍵。背中には細長い六本の機器が浮かんでいた。それぞれの機器から虹色の光が翼のように拡散している。周りからは、電子的な三対の翼が現れたように見えるはずだ。
アランは『虚空の手』から剣を取り出し、アリシアは六体の天使と共に双剣を構える。
「グゥゥゥゥゥゥゥアァァァァァァァッ!!」
その咆哮を合図とし、数万の騎士たちが迫り来る。
退路はない。三人は行軍する騎士の群れに突っ込んだ。




