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聖装士学園の異端者  作者: 綿砂雪
第三章
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第九十三話 命懸けの時間稼ぎ

「……む?」


その時、シリノアは仕事の手を止めた。

彼女は今日も変わらずエルデカ王国立聖装士学園の学園長室にて仕事を続けていた。今手を止めたのは、遥か遠くから懐かしい気配を感じたからだ。

この気配そのものを知っているわけではない。だが彼女は大聖者として過去に『十二死天の大厄災』と戦った身だ。似た気配を持つ者が現れれば嫌でも察知できる。


(この方角はリフレイム皇国か……確かあそこにはリヴァイアサンの本体があったな。ということは……)


リフレイム皇国でリヴァイアサンが復活している。それもこの莫大な力の気配、恐らく完全な復活を果たしたのだろう。

シリノアは迷った。今からリフレイム皇国に行くべきかと。

完全な状態の『十二死天』の実力はシリノアをしても『強い』と感じた程だ。大聖者並みの力がなければ相手にもならない。このまま放置すればリフレイム皇国は次の日には海の底に沈められているだろう。

大聖者としては、ここはリヴァイアサンを止めに行くべきだ。力を持つ者にしか解決できない事もある。これも大聖者としての責務である。


「行くしかない、か」


面倒だが仕方ない。ため息を吐きながら椅子から腰を上げ、


「……いや、待てよ?」


やっぱり椅子に座り直す。

思い出したのだ。確か数日前からリフレイム皇国にはアランとアリシアが呼ばれていたはずだ。

彼らは共にエルデカ王国が誇る最高戦力者。その実力はシリノアもよく知っている。彼らなら大厄災が相手でもそれなりに戦えるはずだ。

加えてあの二人は今のような状況と相性が良い。アリシアは王女として人を動かし、希望を与える事に長けている。アランはズバ抜けた頭脳による策略を得意とする。格上が相手でもあの二人なら、周りを利用して上手く戦うだろう。


(最悪■■が何とかする……いや、それは無いか。()()()は表に出るのを嫌っているからな。人助けとなれば尚更、アランに全部丸投げするだろうな)


色々考えてみたが、正直この状況は悪くない。今頃アランたちは絶望しているのだろうが、それも経験であり、一つの試練だ。

絶望的なまでの格上を相手にどう立ち回るか。今こそ最高戦力者としての真価が問われる時だ。


「励めよ、若き強者たち」


そうしてシリノアはまた、何事もなかったかのように仕事を再開した。



***



「さぁ、悪いけど少し付き合ってもらうよ、リヴァイアサン。アランたちが戻るまで!」


そう啖呵を切ったは良いものの、リオは内心で焦っていた。

本当はただ海礼祭に参加したくてアシュリー、レオン、フィアラと旅行に来ただけなのに、何故それが今『十二死天の大厄災』と戦うことになっているのか。


(大丈夫かな……三人とも)


今頃アシュリーたちもこちらに向かっているだろう。リヴァイアサンの出現にもちろん四人は気付いていた。彼らの中で一番速いリオは三人を置いて一人でここまで駆け付けていた。

結果、それがアリシアたちを救うことになったので、判断としては正解だったが、これは自分には重すぎる大役だ。


(まぁここまで来た以上はやるしかないんだけど)


──相手は僕の遥か格上の存在。出し惜しみして良い相手じゃない。

あくまで僕は時間稼ぎだ。アランたちが来れば何とかなる。

後の事は気にしなくていい!ここで出し切れ、一秒でも長くリヴァイアサンを食い止めるために!



「《海神の矛(ポセイドン)・真髄解放》!」



瞬間、彼の足元の海が巻き上がった。リオは竜巻のように荒れ狂う海水に覆われる。すると渦の中から凄まじい力が溢れ出た。

それは真の達人にのみ許された御業(みわざ)。リオが三又槍を薙ぎ払うと、彼を覆う竜巻は発散して吹き飛んだ。


彼の装いは変わっていた。荘厳さを感じさせる(こん)色を基調とした服装は、無駄な装飾の類がない故に高貴さと品位を感じさせる。

首から下げたマントを暴風に靡かせながら、荒れ狂う海に凛と立つその姿は、まさしく『海の王者』という言葉が相応しい。


「君からすれば僕なんて虫けら同然だろうが、これでも同じ海を象徴とする能力の使い手だ。簡単にやられると思うなよ!」


槍を海面に突き立てた瞬間、海が激しく揺れ動いた。

海面から放たれたのは無数の槍。万単位で常に放たれる槍の数々が、リヴァイアサンの巨大を絶えず襲う。

槍一本当たりの威力は巨岩すら容易に粉砕する程のものだ。それほどの槍を毎秒十万本以上受けている。並の魔法生物なら既に木っ端微塵に砕け散っていただろう。

だが彼が相手にしているのは『十二死天の大厄災』の一柱。この世の全てを超越した圧倒的過ぎる肉体には、この無数の槍を受けても傷一つ付く気配すら無い。


「さすが海帝龍、この程度じゃ気に留める必要すらないか……」


もはや驚きすらしない。リヴァイアサンにとっては、リオなど道端に落ちている石のようなものだ。

いちいち道端の石を気に留める者などいない。それ同じく、リオの存在はリヴァイアサンの意識の内にすら入っていなかった。

このままリオが注意を引くことが出来なければ、リヴァイアサンの進行を許してしまう。より高威力な技を使ってリヴァイアサンの気を引かなければならない。


「─天よ、大海よ、我が(メイ)に従え!─」


矛先を掲げながら叫ぶリオ。荒れ狂う大海から無数の手がリヴァイアサンへ伸び、リヴァイアサンの身体中を掴んで拘束した。

リヴァイアサンがいるのは高度百メートル以上の上空。そして今、この場は大嵐と豪雨、落雷、荒波という天変地異に見舞われている。

なるべくリヴァイアサンを降ろしたかった。その方が断然戦いやすい。

リオは矛先を下へ引き寄せ、リヴァイアサンを引きずり下ろそうとする。しかし案の定と言うべきか、全くリヴァイアサンの高度が下がる気配は無い。

如何なる原理か、リヴァイアサンは悠然と宙を泳いでいる。


「だったら……これでどうだ!!」


曇天に覆われた空が煌めくと、空から巨大な雷の柱が降り注いだ。

巨体が閃光に呑み込まれる。その時、初めてリヴァイアサンの動きが止まった。

効いている。あのリヴァイアサンが、間違いなくリオの攻撃の影響を受けている。

上手く行った。確信と共にリオはさらに攻撃を激化させようとするが、


「グゥゥゥゥオォォォォアァァァッ!!!」


リヴァイアサンが吠える。その声は莫大な質量の衝撃波となって周囲に轟いた。

海から伸びる手が弾け飛び、雷撃が掻き消される。リオは全身に伸し掛かる衝撃に膝を曲げてしまっていた。


(なんて威力……!ただ吠えただけなのに!)


まるで超大型の鉄球でも降り注いできたのかと錯覚しそうになる。

リヴァイアサンは視線をリオに向けた。リヴァイアサンはこの時、ようやくリオという存在を認知したのだ。


「……ッ」


体が動かない。ただ見られるだけで、全神経を恐怖が支配する。

これが『十二死天の大厄災』。天才と謳われた戦士ですら、挑むことさえ許されない絶対的領域の存在。


「ははっ……本当に、強さっていうのは、果てが無いな……」


苦笑し、滝のように汗を流しながら顔を上げる。


──震えが止まらない。神経から細胞に至るまで、僕の全てが『逃げろ』と警告してくる。

ああ、逃げたいさ。何が悲しくてこんな化け物と一人で戦わないといけないんだ。

正直、もう後悔してる。囮役なんて申し出なかったら良かったと。きっと僕ではリヴァイアサンの吐息一つすら耐えられない。こんな役割、分不相応も良いところだ。

ただ、それでも。


「それは……それだけは……出来ないんだよ!」


たとえ相手が格上だろうと、自分に勝ち目が無かろうと、ここで諦めるようでは、自分は前に進めない。いつか抱いた『憧れ』を頼りに、リオは心を奮い立たせる。

ただでさえ実力では完全に劣っているのだ。根性論でも痩せ我慢でもなんでも良い。精神面で折れるわけにはいかない。


「来いよリヴァイアサン!僕はまだまだやれるぞ!」




***




一方、皇都にて。


「シエル・グレイシア……貴方が言う『助っ人』とは彼女のことでしたか。学園長を呼んだのかと思いましたよ」


「確かに呼べたら良かったが、あの人が来ることはあり得ない。シエルですら学園からリヴァイアサンに気付けたんだ。あの人が気付いてないはずがない。それでも来ないのは……」


「私たちに解決させるつもりだから、ですか。無理難題もいい所ですね」


「仮にも俺たちはエルデカ王国の最高戦力。その肩書きを背負うからには、これくらいの厄災は自力で乗り越えろと言いたいんだろうな」


アランは知っている。シリノアが戦いに於いては特に厳格であることを。

彼女は戦闘中に何が起きても受け入れる人間だ。誰かが死んだり、悲劇に見舞われても構わいはしない。むしろシリノアはそこに介入することを嫌っている。それが本来あるべき世界だからだ。

たった一人の人間に世界の法則や出来事が左右されるようでは、世界のバランスが保たれない。故にシリノアは基本的に何事に於いても傍観を貫き通すと決めているのだ。


「だが学園長を除けば、戦力を追加するのは俺たちの自由だ。出来ればグレイとミハイルも呼びたかったが」


「それについてはぁちょっと待ってくれなぁい?」


「は?」


「多分もうちょいでぇ、来るはぁず……」


シエルが何もない空間を見ていると、再び空間に異常が生じた。

空間接続。シエルが空間を繋げて移動してきた時と同様、そこに別空間からの入り口があった。その中から出できたのは二人。


「よぉし、連れてぇ来たよぉ」


片方はシエル。正しくはシエルが聖裝能力で生成した、シエルを模した自律型機械人形。

その後ろから現れたのは茶髪の少年。高身長かつ筋肉質な体付きはまさに戦士そのものである。


彼こそが学年実力序列第五位、天譴(テンケン)の執行者、グレイ・フォーリダント。

アランたちと同じ『学園最高戦力者』の一角。その実力は間違いなくエルデカ王国最高峰に位置する。


「遅れてすまない。事情は聞かせてもらった。俺もこの戦いに加勢する──」


現れてまずグレイが見たのはアランだった。

その瞬間、一気に彼に不機嫌な気配が漂う。アランも同じく睨み返した。


「アラン……何故お前がいる。お前は一番人助けから縁遠い人間だろ」


「ローヴェン国王に聞け。命令されてなかったら俺もここにはいない」


今が緊急事態でなければ、アランもグレイも今すぐ愚痴を山程吐いてやりたいところだった。それ程に彼らの仲は険悪なのである。


「グレッチは学園にはいなかったぁけど、どうせ王家直属聖裝士団の訓練場にいると思ったぁから、私の人形に連れてこさぁせたんだぁ。あ、もう帰っていいよぉ」


「はぁ〜い」


シエルが言うと、シエルを模した機械人形が消滅した。何とも言えないやり取りである。アランたちは見ていて微妙な気持ちになった。


「ミハッチも連れてきたかったけぇど、流石にミハッチの居場所は知らないから諦めたぁの」


「こればかりは仕方ないな。だがこれで最高戦力者が四人。戦力としては悪くないな。良くもないが」


リヴァイアサンはアランたちにとっても格上の強敵だ。同等の実力者が四人揃ったところで、勝てるとはとても言い難い。彼らだけでは勝率は甘く見積もって二、三割だろう。

頼りない数字だが、0%だった先程よりは遥かにマシだ。


「それじゃあ改めて計画を話す。まず俺たちに足りないのは戦力と環境。リヴァイアサンを皇都に入れずに討伐するために戦線を維持する備えがいる。だから回復やバフが可能な後方支援担当と、リヴァイアサンと戦える……少なくとも《真髄解放》を使える聖裝士が欲しい。それくらいの実力がないとリヴァイアサンにちょっかいすら掛けられないからな。あと万が一、皇都に戦火が及びそうになった時や戦力の不足に備えて、予備の聖装士も控えさせておきたい」


「分かりました。では私がリフレイムの要人の方々に交渉しに行きましょう。その間にアラン君たちでリヴァイアサンの相手を──」


「いいえ、貴方も三人と一緒に行って、アリシア・エルデカ」


また新たな声がした。そこにいたのはフィーネだった。


「フィーネ!?なんでまだここにいる。早くここから離れろ。すぐにここも危険地帯になる」


「後でそうさせてもらうわ。でも私も皇女よ、少しくらいは仕事させて。特にアリシア・エルデカに任せようとしていた戦力の交渉は私向きだわ。確か皇族や関係者は皆、街に避難させているのよね?ならすぐに街に行って話を付けてくる。こんな事態だし、他の皇族や皇国騎士団も慌ててるでしょうから、難しくはないはずよ」


「……だが、お前は大丈夫なのか?」


それは彼女の周囲の人物との関係を考慮した言葉だった。

フィーネはこれまで周りに失望されてきた。周りとの人間関係は良くない。フィーネにも辛い記憶があるだろう。

彼女に他人との交渉を任せるのは、心身共にフィーネの負担が重すぎる気がした。

だが、


「そこも含めて問題無いわ。リヴァイアサンは貴方たちからしても格上。こんな事で重要な戦力を削いだらダメよ。分かったらさっさと行きなさい!」


「…………」


フィーネはもはやそんな事など気に掛けていなかった。再び全てと向き合うと決心した彼女の覚悟は固い。


「……分かった。お前を信じる。行くぞ三人とも──って、何を呆けてる」


「……いや」


「ただ、少し……」


「うん、面白いなぁって」


「訳の分からない事言ってないでさっさと行くぞ。今もリオが戦ってる」


先んじてアランは駆け出し、リヴァイアサンの(もと)へ向かった。

アリシアはフィーネへ振り返り、


「フィーネさん、任せましたよ」


「ええ、任されたわ」


この時アリシアは理解した。アランの内面に起きた精神的成長、その理由がフィーネにあることを。


「さぁ、私たちも行きますよ」


「はい、《正義の天譴(アストレア)》!」


グレイの手に現れたのは彼の聖装具である大剣だ。太陽のような橙色の刃の(ふち)は焦げ跡のような黒色が見える。

蒼と黒が混ざった色取りの()を握り締め、グレイは自身の身長より大きな大剣を担ぎ上げる。


「はぁい……(帰りたいなぁ)」


気怠そうにしながら、シエルは右手の人差し指に付けた『指輪』を輝かせる。

これがシエル・グレイシアの聖装具の『一部』だ。各々準備を整えると、三人はアランの後を追った。


「頑張って……皆」


アランたちの無事を祈りながら、フィーネもまた街に向かって走り出した。

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