第九十一話 最高戦力たる由縁
「これは……」
オルレアは呆然としていた。眼前にある現実が、あまりに自身の理解できる範疇を超えていた。
アランの手に漆黒の剣が現れた。両刃の刃は所々が欠けているだけでなく、中程から先の刃が折れていた。
刃の欠けた箇所からは、黒い光の粒子が湧き出ている。物理的な攻撃力はあまり無いように見えた。
オルレアたちが異常を感じたのは、その独特な気配。そこにあるようで、そこにいない。蜃気楼を見ているような感覚だった。
「…………」
アランは静かに剣を下ろす。
剣を顕現させてから、彼の姿が先程から常にブレていた。輪郭が赤黒く不規則に歪んでいる。
今のアランからは全く力を感じない。気配も魔力も何一つ、まるで死人だ。
だが魔鎧騎士の本能は嘗て無いほど警鐘を鳴らしていた。今すぐこの男を殺さなければいけないと、全身が叫んでいる。
「3hv5pw|×^q!!」
魔鎧騎士は全力で床を蹴り、距離を詰める。常識外の速度は暴風を巻き起こし、周囲の瓦礫を吹き飛ばした。
一瞬でアランの目の前に立つと、魔鎧騎士はアランの顔面に拳を叩き付ける。そのまま頭部を潰し、アランを即死させた──。
「《無我無境》」
───はずだった。
魔鎧騎士は思わず硬直する。
間違いなく顔面を潰した。証拠に今もアランの顔面に腕が貫通している。
それにも関わらず、一切の手応えがなかった。まるで空中に映された映像に触れたような感覚だ。
腕には返り血一つ付いていない。そしてアランは血一滴流すことなく、平然と立っている。
つまり、拳は当たっていない。
「o#3hx_pt4=9u!!」
魔鎧騎士は再び攻撃を繰り出す。
凄まじい速度でアランを連続で殴り付けてから、横腹に蹴りを叩き込む。
そして一度距離を取ると、自身の力で顕現させた数多の水龍や水槍、水剣を片っ端からアランにぶつけた。
怒涛の大破壊により、轟音を上げながら周囲の地盤が大きく陥没する。
アランは一度も避けなかった。確実に全ての攻撃に当たった。ならば既に肉片一つ残さず死んでるはず。
そう考えようとするが、その常識的な結論を魔鎧騎士の本能が制する。
背後にバケモノの息遣いを感じた気がした。
「ei0*mq3:7!?」
いつの間にか背後にアランが移動していた。
魔鎧騎士は振り向きながら裏拳を薙ぎ払うが、やはり手応えはない。虚しく拳が空を切った。
「───ッ」
アランは一度深く息をすると、剣を薙ぎ払う。
魔鎧騎士は動かない。不自然に欠けた刃の軌道上に魔鎧騎士は入っていなかったからだ。
だが剣が振られた瞬間、魔鎧騎士の視界が赤黒く歪んだ。同時にブツッと奇妙な重低音が響く。その時には剣が振り抜かれていた。
剣に当たった感覚はない。体に変化も起きていない。
代わりに何処からともなく、パリンッと何かにヒビが入る音がした。
直後、魔鎧騎士は奇妙な感覚を覚えた。体は欠けていないにも関わらず、何か決定的なものが自分から欠けたような気がした。
言い知れない危機感から、魔鎧騎士はアランから距離を取る。今のアランに近づけば何が起きるか分からない。
故に遠距離から攻めようとしたのも束の間、再びパリンッとヒビが入る音がする。気付けば目の前にアランがいた。
彼は一切移動する素振りを見せることなく、瞬間移動したかのように突如として目の前に現れた。
「l,q:P.,A`Wxr,!?」
後退る魔鎧騎士をさらに斬撃が襲う。
攻撃された感覚は無い。攻撃をする挙動も見えない。気付いた時にはアランが剣を振り抜いており、その度にパリンッという音と共に魔鎧騎士の中から何かが欠けていった。
既に何百回の斬撃を受けたのか。その欠陥が明確に感じ取れるようになっていた。
これ以上受けてはいけない。どうすれば防げるのか全く分からないが、何もしない訳にはいかなかった。
魔鎧騎士はとにかく行動しようとした。拳を振りかぶり、アランを殴ろうとした。
だが、
「ッ……!?」
体が全く動かない。魔力も練れない。思考が次第に鈍くなる。
もはや何が起きているのかすら感じられない。魔鎧騎士は急激に変化する現状を把握することすら許されなかった。
「─亡骸よ、虚無の果てに沈め─」
アランは剣を振りかぶる。それが最後の一撃になると、魔鎧騎士が知ることはなかった。
闇に閉ざされた視界と薄れゆく意識。その中で、最後にハッキリと聞き取れた音があった。
「─《解》─」
ガシャンッと硝子が砕け散るような音が響く。
それは一つの理が死んだ音。一つの概念がこの世界から消えた音。
魔鎧騎士はゆっくりと地に膝を付く。大厄災を宿した闇の化身は、ただの物言わぬ鎧へ変わり果てていた。
***
「グぼァァッ!?」
鮮血を散らしながら、ヴァッシュは壁に吹き飛ばされた。
壁を破り、また外に出た。転がりながらも地面に手を付き、跳ね起きる。
既に全身が血塗れだった。傷は治しているが、回復の速度が負傷に追い付かない。
(なンだ!?何がドうなってヤガる!?)
ヴァッシュは砲台の発射口を正面に向ける。
だが遅い。その瞬間、彼の視界に無数の閃光が走った。彼の体は閃光に切り裂かれ、撃ち抜かれ、衝撃波に吹き飛ばされた。
「がァッ…ヴ、あがッ…ィ……!」
足や肩が貫かれていて動かない。このまま追撃を受ければ終わる。
再び治療して立ち上がると、口元の血を拭った。
「本当にタフですね。ですがそのような戦い方を続けていては、すぐに魔力が尽きますよ」
アリシアが前に現れる。彼女の後ろには二体の天使がいた。
身長二メートル弱の人型のソレらは白装束を纏っており、背中から三対の翼を生やしている。
全身から放たれる光が夜の闇を打ち消し、周囲を昼間のように照らしていた。
「ハッ!コッチの力を根こソギ封じテる奴のセリフかよ」
現状、ヴァッシュは消耗する一方だった。
普段なら周囲のエネルギーを吸収し、自身の力に変換することで、常に全力を維持できていた。だがあの天使たちが現れてから、何故か吸収が機能しなくなっていた。
それどころか───。
「ッ!!」
ヴァッシュは地面から莫大な量の赤い棘を突出させた。
山のように連なる棘の波が高速で迫る。しかしアリシアはそれを避けようともしない。
「ミカエル、返して」
呼びかけに応え、片方の天使が前に出る。
天使が手を翳す。指に棘の波が触れた瞬間、全ての棘が攻撃が光の粒子となって消滅した。
さらに光の粒子は全て光線に変換され、ヴァッシュへ放たれた。
山のような質量の光線が飛来する。当然、回避は間に合わない。
「チッ!」
ヴァッシュも同じく光線を放って対抗する。
質量勝負は彼の大得意だ。本来ならこの質量でも押し返すことが出来ただろう。
そう、本来なら。
「ガブリエル、縛って」
もう片方の天使に命じた瞬間、ヴァッシュの光線の威力が一気に弱まった。
この程度の威力では対抗できない。苦肉の策としてヴァッシュは赤い結晶を生成し、盾にした。
多少の光線は防げたが、すぐに結晶は砕け散った。ヴァッシュは光線に体中を貫かれ、着弾時の爆発で空中に投げ出された。
(クソッ…力が出せねぇ……!)
失血多量で意識が朦朧とするが、ここで回復を止めれば死ぬ。残り少ない魔力で何とか体を完治させた。
残った魔力量も少ない。今のアリシアを確実に殺せる魔力を考慮すれば、回復はあと一回しか使えない。
(まさに、崖っぷちだな)
気付けば目の前にアリシアがいた。振り下ろされた双剣を砲台で受け止めるが、長くは保たなかった。
アリシアの膂力が天使たちを呼び出してから飛躍的に向上している。力負けしたヴァッシュは地面に叩き付けられそうになるが、落下先に回り込んだ天使が掌打をヴァッシュの胸部に叩き込む。
折れた胸骨が肺を僅かに裂き、呼吸がまた浅くなる。
ヴァッシュの動きが緩慢になった瞬間、光の鎖が彼に迫った。鎖に絡め取られた瞬間、ヴァッシュは自身のあらゆる力が感じられなくなった。
つまり無防備。そこへ無数の閃光の爆発が襲い来る。またヴァッシュは空中に投げ出された。
「はぁ……はぁ……」
ヴァッシュは地面に倒れながら、肩で息をする。
この一連の攻撃が何度も繰り返されていた。アリシアたちの連携から抜け出そうとしても、ヴァッシュの抵抗は一切通用しない。
ヴァッシュは完全に詰んでいた。
「詰ミ……詰みダと?」
自覚した瞬間、彼の胸中にあったのは絶望でも諦念でも無く、高揚だった。
どこまで行っても、彼という人間は戦闘狂だ。不利になろうが死にかけようが構わない。自身をここまで追い詰める敵と出会えた事が、彼はたまらなく嬉しかった。
「マダだ……まだ、終わラせネぇぞぉぉぉぉぉ!!」
残りの魔力全てを振り絞る。
回復も防御も捨てた完全攻撃特化。その場で跳ね起きると、砲台を構える。
「行くぜクソガキィィィ!!俺の底力、受け止メてみやガレぇぇぇ!!」
ヴァッシュは砲弾の如き勢いでアリシアへ突貫した。
全てをかなぐり捨てた特攻は凄まじい速度を発揮した。振り下ろされた砲台をアリシアは飛び退いて躱す。砲台が地面に触れた瞬間、地面があまりの衝撃で爆ぜた。
「まだまだァァァァァァ!!!」
今度は光線を放ちながら砲台を薙ぎ払った。
攻撃範囲は規格外、至近距離で躱せるものではない。
「ミカエル、返して!」
故に一体の天使がヴァッシュの前に立ち塞がる。
翳した手に光線が触れると、光線がヴァッシュに向けて跳ね返される。しかしヴァッシュはズバ抜けた反射神経でそれさえ回避してみせた。
「ハハハハハハッ!!たまンネぇナァァァ!最高じゃネェかぁァァァ!!」
ヴァッシュは高く飛び上がり、砲台を空に掲げる。
魔力が砲台に凝縮されていく。最後に自身に残った全てを込めた攻撃を放つつもりだ。
「これで仕舞イだァァァ!微塵も残さずブっ潰れろォォォォ!!」
終幕の一撃を前にしても、アリシアは冷静さを崩さなかった。
ただ一言、静かに祈りを捧げる。
「───ラファエル、閉じ込めて」
瞬間、ヴァッシュは頭上に膨大な魔力を感じた。
降って来たのは闇の魔力に満ちた巨大な光線。
これは先程、天使が跳ね返したヴァッシュの光線だ。
(さっき俺が打ったヤツか!?軌道まで自由に操作できんのかよ!)
これは無視できない。直撃して耐えられるだけの余力はヴァッシュには残っていなかった。
砲台で光線を受け止める。伸し掛かる衝撃を強引に押し返し、光線を弾き飛ばしてみせた。
だが、この時点で───。
「今度こそ、終わりです」
アリシアを懐に入れてしまった時点で、彼らの勝敗は完全に決してしままった。
「《彼方へ謳え、煌々たる神象讃歌》ッ!」
瞬間、世界が光に包まれた。
***
「あァァァ……負けた負けた……ここまでボコボコにされると、逆に清々しいな」
派手に地に倒れるヴァッシュ。彼は魔力どころか、指一本すら動かせなくなっていた。
今はまだ笑っているが、一分もせずに気絶するだろう。
「まだ意識があったのですか」
「そっちは余裕そうだなぁ……ったく、恐れ入ったぜ。《真髄解放》も使わずに俺を倒すとはな……エルデカ王国最高戦力の肩書きは、マジだったみたいだなぁ」
アリシアの後ろには三体の天使がいる。いつの間にか一体増えていた。
先程、ヴァッシュの光線が上から降ってきたのは、あの天使の仕業だろう。そこでヴァッシュは尋ねたくなった。
「なぁクソガキ……最後に聞かせろ。お前、この戦いで出した実力はどれくらいだ?」
「……………はぁ」
最後に聞く質問がそれか。馬鹿らしくなってため息を吐いた。
「《真髄解放》と《至高七天》を除けば、出せる力は全て使いましたよ。そ私が今使ったのは、《至高七天》の七分の三の力です」
《至高七天》は最大で七体の天使を呼び出すアリシアの『奥の手』だ。それぞれの天使が固有の能力を持ち、天使を呼び出すほどアリシアの全体的な能力が強化される。
今のところ、アリシアと同じ学園最高戦力者以外にこの技を破った者はいない。
「つまり、まだまだ余裕ってことかよ……」
ヴァッシュは苦笑した。
アリシアはヴァッシュなど比にならない強者だった。その実力を芯まで思い知ったからこそ、戦闘狂は呟いた。
「ハッ……これだから、戦いってのは……辞めらんねぇんだ……」
それを最後に、ヴァッシュはようやく気を失った。彼が気絶した事を確認すると、アリシアは聖裝能力で光の鎖を生成し、ヴァッシュの全身を縛り付けた。
「はぁ……なんとか、なりましたか」
大きく安堵の息を吐く。
以前、序列戦で『崩剣』を使ったアランに《至高七天》で呼び出した七体の天使全員を瞬殺された経験のせいで、少し自信が無かったが、やはり彼が異常なだけだった。
(そろそろ、アラン君と合流しましょうか)
魔力の気配からして、彼も勝利したようだ。
アリシアは天使たちを送還させ、その場を去った。




