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聖装士学園の異端者  作者: 綿砂雪
第三章
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第九十話 崩れ落ちる理

アランと魔鎧騎士(フォカロル)が皇城から去った後のこと。


「まったく……とんでもない力ですね。流石は『叡傑(エイケツ)の暴虐者』、エルデカ王国トップ5は伊達ではない。魔鎧騎士(フォカロル)を用意していて正解でしたよ。(わたくし)では相手にもなりませんね」


アランたちが床を壊したことで下の階層に落ちてきたオルレア。見上げた先には、アランたちが天井に空けた大穴があった。


「私もまさか彼があそこまで力を隠してたなんて思わなかったわ。一体どんな修行をしてきたのかしら」


降り積もる瓦礫の上を歩きながら、反対側からフィーネが姿を現した。《結界(シールド)》を展開していた事で落下や瓦礫による負傷は受けずに済んでいた。


「わざわざ私の前に出てきましたか。そのまま安全な場所に逃げていれば良いものを」


「彼は私のために自分の出来得る全てを懸けると言ってくれたわ。なら私も彼の信頼と誠意に応える義務がある。一人だけ安全圏に逃げることなんて出来ないわ」


「まだそんな事を言いますか。相変わらず愚かで滑稽な人ですね。今まで何度も見限られ続けてきたというのに、今更足掻いてどうするのですか?まさか少し覚悟した程度で上手くいくとでも?」


「さぁね、それは私にも分からないわ。でも、やるしかないの。分不相応でも、どんなに惨めでも、私はやってみせる」


それに、彼女は良いことを知った。


「才能が無くても、がむしゃらに頑張れば意外とどうにかなるって分かったから」


アランがまさにそうだった。分不相応な聖装士という道をシリノアに強制されながらも、彼は尋常ではない努力の果てに成り上がった。

彼はやや極端な例かもしれないが、それでも非才が天才を超える事が大いに現実的である事は確かだ。


「…………はぁ」


目を伏せ、オルレアは重くため息を吐く。

(けな)しているわけではない。哀れんでいるわけでもない。

彼女の心中にあったのは───怒りと(わず)かな嫉妬だった。


「まったく……つくづく世界は理不尽ですね」


静かに呟き、顔を上げる。


「それよりフィーネ様、他にまだ用があるのではないのですか?」


「あら、分かるの?」


伊達(だて)に貴方を何年も見ていたわけではありませんから。とは言え、おおよその検討は付きますが」


「そう、なら率直に聞くけど」


そこで改めてフィーネは問う。


「貴方、どうして魔装士になったの。貴方に何があったの」


「…………」


沈黙、やはり真実を話す気はないようだ。


「もう一度言いますが、貴方が知る必要のないことです。貴方のような人間には決して理解できない世界もある。それだけです」


「そこで諦めたら何も進まないわ。理解できるかどうかは後にして、まずは話してみなさいよ」


「では聞きますが、貴方に話して私に何のメリットがあると言うのですか?それで私への裁定が変わるわけでもないでしょう」


「その通りね。でも私はきっと、その真実を知るべきなの。もう出来損ないの女の子でいるのは嫌なの。これ以上は逃げない、諦めもしない。どんな現実でも向き合い、その上で進む。都合の良い世界だけじゃなく、醜い部分も含めてね」


「そこまでの覚悟を……本当に変わられたのですね」


「今の私は嫌い?」


「ええ。生憎と、生意気な小娘は大嫌いですので。ですが苦難を歩んだ先駆者として、一つ伝授して差し上げましょう」


オルレアは剣の切先をフィーネに向ける。

そこに嘲笑や憐れみの意は無かった。彼女は今、一人の戦士としてフィーネに殺意を向けている。


「我々の世界では、力が全てです。暴力、権力、財力、その他も含め、あらゆる力が物を言う」


「つまり、真実が欲しいなら力尽くで奪えってことね」


フィーネもまた拳を握る。

こんな真似は人生で初めてだ。魔法は当然使えるが、実戦で使えるレベルかと言われたら怪しい。本来ならフィーネの勝率は0%だった。

だが今のオルレアは魔鎧騎士(フォカロル)を戦わせるために全ての力を注いでいる。まずマトモに戦える状態ではない。魔法すら使えるか怪しい。

ここまで条件が揃えば、フィーネにも勝ちの目はある。


「一応言っておきますが、ここから先は貴方も一人の戦士です。戦士に立場も性別も年齢も関係ありません。命が惜しければ今すぐただの皇女に戻りなさい」


「あら、忠告なんて親切ね。でも()らないわ。そもそもこれは私の仕返し。私の手で貴方を(くだ)さないでどうするのって話でしょ」


オルレアは腰を屈めて剣を構え、フィーネは攻撃の指向性を定めるべく手を(かざ)す。

合図はない。これ以上の言葉も不要だ。

直感のまま二人の戦士は同時に動いた。




***




海の底にて、一人の怪物と一体の怪物が殴り合っていた。

一撃だけでも即死級の威力を誇る打撃を超高速でぶつけている。拳が激突するたびに地面が割れ、周囲の海が大きく波を打つ。

単純な威力だけならやはり魔鎧騎士(フォカロル)に有利があるが、技術ならアランが圧倒できる。

音速すら上回る打撃を正確に見切り、体を横に逸らして(かわ)す。さらに魔鎧騎士(フォカロル)の腕を掴み、打撃の勢いを利用して投げ飛ばした。


投げられた魔鎧騎士(フォカロル)は地面に叩き付けられ、そのまま転がる。そこへアランが殴りかかるが、魔鎧騎士(フォカロル)が先に動く。

手を付いて軽く飛び上がり、アランの拳を躱すが、それだけでは終わらない。次の瞬間には魔鎧騎士(フォカロル)の足はアランの足元から突き出る氷に巻き込まれて氷漬けにされていた。

無論、魔鎧騎士(フォカロル)の力なら一瞬もかけずに破壊できる。だがアランの方が早かった。すぐに魔鎧騎士(フォカロル)の前に飛び上がると、回転蹴りを魔鎧騎士(フォカロル)の顔面に叩き込んだ。


魔鎧騎士(フォカロル)は衝撃で海を裂きながら遥か後方へ吹き飛される。魔鎧騎士(フォカロル)が外れかけた首を繋いでいる内に、アランは魔鎧騎士(フォカロル)が吹っ飛んでくる先に回り込んだ。

振りかぶった拳で魔鎧騎士(フォカロル)の頭部を殴ると、頭部が軽く陥没する。そうして再び吹き飛んだ魔鎧騎士(フォカロル)を追従しながら連撃を仕掛けた。

背中を蹴り上げる。打ち上げられた魔鎧騎士(フォカロル)を組んだ両手を叩き付けて撃ち落とし、落下する寸前の魔鎧騎士(フォカロル)の鳩尾に肘打ちをかます。吹き飛ばされながらも抵抗しようと魔鎧騎士(フォカロル)が動かした右腕を即座に手刀で弾くと肩を掴んで引き寄せ、胸部に膝を撃ち込んでから掌を当てた。


「《砲則術式二型・天羅轟咆(テンラゴウホウ)》」


放たれた極大の光線に突き飛ばされる魔鎧騎士(フォカロル)。常識的に考えれば即死の攻撃でも、魔鎧騎士(フォカロル)にとっては鎧が割れて少しずつ剥がれる程度の損傷に留まる。それどころか力尽くで光線を弾き飛ばした。

ようやく体勢を立て直そうとするが、それを阻止するべく黒い影が背後に回り込む。首を回した魔鎧騎士(フォカロル)が見たのは、右手を握り締めながら、瞳を()()輝かせるアランの姿。


「《魔人飾彩(ヘルガンテ)───」


彼の周囲には赤雷(セキライ)が激しく帯電していた。特に拳は禍々しい赤い煌めきを放っている。

左足は強く踏み込んだまま、右足を蹴り、さらに勢いを付けて拳を放つ。魔鎧騎士(フォカロル)の視界が赤い輝きに覆われたのも束の間、


「──RED OUT》!!」


瞬間、轟音が轟いた。アランの拳の射線上とその周辺、前方三百メートル以上の海が派手に消し飛んでいた。

魔鎧騎士(フォカロル)の姿があったのはその向こう。腹部に大穴が空いていた。


「k!*t+p:*+m!?」


体を動かそうとするが、魔鎧騎士(フォカロル)の体は微動だにしない。まるで麻痺したかのようだ。

体内で何かが暴れ回っているような感覚。指が吹き飛び、腕や首が破裂するように裂けていく。アランが畳み掛けるには絶好の機会だ。

魔鎧騎士(フォカロル)が閃光を視界に捉えた瞬間、顔面に強い衝撃が走る。その事実を知覚した時にはさらに百発は殴られていた。


「《闘則(トウソク)術式五型・廻駆神雷舞光(カイクシンライブコウ)・撃連》」


一切距離を置かずにゼロ距離で絶えず襲い来る光速の連撃。魔鎧騎士(フォカロル)の体にヒビが増えていく。

先程の赤い攻撃の影響で、まだ体が満足に動かない。完治にあと五秒は掛かる。その間に彼は一体何万発の打撃を叩き込むだろうか。

それだけの攻撃を受ければ魔鎧騎士(フォカロル)ほどの耐久力があっても危うい。だが生半可な攻撃ではアランにとって妨害にもならないはずだ。


「,!Dq/1:wK.qm!_」


故に選ぶのは逃げの一手。

直後、魔鎧騎士(フォカロル)の体は水へと変化した。打撃の衝撃で液状化した体は分散し、アランの前から消滅する。


(そんな技もあったのか)


海帝龍リヴァイアサンは海の帝王。その断片を用いて生まれた魔鎧騎士(フォカロル)なら、身体を液状化するなど造作もないだろう。

分散した魔鎧騎士(フォカロル)の気配は完璧に海に溶け込んでいる。この辺りの海を丸ごと消滅させて炙り出すべきか、そう考えていた時だ。


「《《or/i#m:1aw(死屍海儀葬域)Zi:2/?<(不知死海人)》」


海から巨大なナニカが立ち昇った。

ソレは人の形をしていた。全長五十メートルはある巨大な海人は巨大な武器を持っている。そんな怪物が何十体も現れた。

一体一体に莫大な魔力が込められている。水で出来ているなら単純な攻撃も意味をなさない。それでいて、その戦闘能力はアランからしても上物に見える。


「《封印領域解放(インペリアルオーダー)原始回帰(ピリオド)魔人飾彩(ヘルガンテ)》──《結合(チェインズ)》」


ならばこそ、その全てを崩すのが彼という人間だ。

手元に白銀に輝く光球が現れる。同じく瞳を白銀に染めたアランは光球を海へと落とし、


「《WHITE NOVA》」


光球が海に着弾した瞬間、世界が光に包まれた。

極光と共に凄まじい衝撃波が波及する。大地が、海が、あらゆる物が分解され、一瞬にして消し飛ばされた。

残ったのはアランと魔鎧騎士(フォカロル)のみ。大地は大きく(えぐ)られ、海も遠くまでくり抜かれたように消えている。当然、海から立ち昇る巨人たちも海と共に消滅していた。


海は魔鎧騎士(フォカロル)にとって最高の戦闘環境だ。周りにある海全てが自身の操作対象。魔力を通せば形状や性質は自由自在だ。先程の巨人がその良い例である。

だがどこまで行っても、それらは海水を元に構築されている事に変わり無い。アランにとって海水は『分解可能』な物質だ。

もし魔鎧騎士(フォカロル)の操作する物質が完全に魔鎧騎士(フォカロル)の魔力から生まれた物なら分解できなかった。そういう意味ではこの場所はアランにとっても悪い環境では無い。


「リオの方がまだ芸があったぞ───《闘則術式四型・天吼崩星(テンクホウセイ)》」


一瞬で魔鎧騎士(フォカロル)の背後を取ると、アランは流星の如き速度で固めた右拳を魔鎧騎士(フォカロル)に打ち込む。寸前で魔鎧騎士(フォカロル)は振り向き、打撃の射線上に手を翳して障壁を展開するが、数秒の後に砕け散った。


障壁の構築が遅かったのだ。術が完全なものになる前にアランが障壁を壊してしまった。

拳が胸部を穿ち、魔鎧騎士(フォカロル)を凄まじい勢いで突き落とす。


「《封印領域解放(インペリアルオーダー)万象停結(アブソリュ)静染世界(ートゼロ)》!」


重ねて『時間』の概念を封印し、周囲の時間を停止させる。その間にアランは魔鎧騎士(フォカロル)の落下地点に先回りしていた。

振りかぶった拳をピンボイトで激突させ、さらに吹き飛んだ魔鎧騎士(フォカロル)に最初と同じく打撃を叩き込む。


(今だ!今しかない!ここで徹底的に叩きのめせ!)


秘策の効果を最大限発揮するために、可能な限り魔鎧騎士(フォカロル)を消耗させなければならない。そして徒手空拳による接近戦ではアランが有利だ。

魔鎧騎士(フォカロル)に流れは譲らない。一切の行動を許さず、このまま限界までダメージを与える。


「《刃則(ジンソク)術式終型(シュウガタ)百剣繚乱(ヒャッケンリョウラン)千刃無双(センジンムソウ)》!!」


『虚空の手』から取り出したのは激しく帯電する一本の剣。

魔鎧騎士(フォカロル)を斬り付けると共に後方に回る。魔鎧騎士(フォカロル)が感電して動きが緩慢になっている内に剣を収めると、次に取り出したのは極低温を宿した蛇腹剣。

再び地を蹴り、伸長した刃で魔鎧騎士(フォカロル)の体を広範囲に斬り付ける。また魔鎧騎士(フォカロル)が凍っている内に剣を収めては、燃え盛る鎌で首を抉り、暴風を纏う双剣で両腕を斬り付け、磁性を宿した短剣で高速で刺し、放射能を含む極光を発する長剣で腹を裂き、融解した鎧を刀で氷漬けにして粉砕し───。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


そして斬る。何度も何度も、超高速で武具を変えては斬撃を与え、多種多様な属性で強靭な鎧を徹底的に切り刻む。

四肢は細切れになって吹き飛んだ。身体中に穴が空いた。体内に打ち込んだエネルギーで身体が内側から爆ぜ、鎧が溶けて修復を妨げる。

アランにとって武器戦闘に於ける最高火力の猛連撃。可能なら、このまま魔鎧騎士(フォカロル)の肉体を消し去るつもりでいた。


───だが、


「Kmo…<*!P`<x…C.+:A1;:……」


この魔鎧騎士は、厄災は、それでも尚──。


「*<PQ+LX<AP+AO<L_;v,T>PA}OLC*MNB%Kjhiyn j;ANKTMawm!!!!!」


それでも尚、ここに咆哮を上げてみせる。

死を前にした事による、自身に内包する全能力の解放。

頭部から凄まじい絶叫が轟いた。その衝撃は嵐よりも激しく、雷よりも速く、荒波よりも強くアランの体を打ち付ける。


「チッ……!」


あまりの衝撃に動きが止まった。その僅かな隙に魔鎧騎士(フォカロル)は一気に肉体を再生する。次の瞬間には体は完治を果たしていた。

次いでアランに迫り、腹を思い切り殴り上げる。防御が間に合わなかったアランはそのまま上空へ投げ出された。

全身に伝った衝撃で骨が何本か折れた。肋骨や鎖骨の辺りが数本、さらに左腕の骨はヒビが入っている。あと少し衝撃が加われば左腕は簡単に折れるだろう。

だが魔鎧騎士(フォカロル)は既に眼前に迫りつつある。今更回復は間に合わない。アランはこのまま迎撃するしかなかった。


「PQKm<+:_!1o.2」


迫る破壊の右拳。狙われているのは胸部、心臓を潰すつもりだ。

攻撃箇所が分かっているなら対応は不可能ではない。しかし満足に体が動かせない今、大胆に体は動かせない。

求められるのは一瞬の駆け引き。最小限の動きで差し迫った死を食い止め、さらにここから反撃するには、


「ッ!!」


壊れかけの左腕を前に(かざ)す。瞬間的に注げる最大限の魔力を注ぎ、最大まで左腕を固めている。

止められるなんて思っていない。ただでさえ壊れかけだ。すぐに腕は潰されるだろう。

だが、それでも。


「ッ、あァァァァァ!!」


拳が左腕に触れる。すぐに腕が陥没し始めるが、それでも硬化したことで打撃を受け止められていた。

アランは打撃の衝撃を利用し、体を左回転させる。これで打撃の射線上から胸部が逸れた。


「くれてやるよ!俺の潰れかけだがな!」


左腕から魔力を解く。一気に防御力が落ちたことで、先程まで止められていた打撃の衝撃が解き放たれた。

魔鎧騎士(フォカロル)の右拳が急発進する。右拳は左腕どころか左肩まで潰し、貫く。それでも勢いは止まらず、アランの右を通り過ぎて虚空を穿つ。それも右肩を入れ、右半身を大きく前に寄せている。

一気に右拳を発進させ過ぎたことで、魔鎧騎士(フォカロル)は勢い余って体勢を崩してしまったのだ。懐に敵を入れている状況では致命的な行動である。


「《魔人飾彩(ヘルガンテ)・RED OUT》!!」


左脚に魔力を全集中させる。禍々しく赤色に煌めく一撃が魔鎧騎士(フォカロル)の腹を穿った。

相手の動きに勢いがあった分、このカウンターは絶大な効果を発揮した。腹部を中心に大きな損傷を負いながら、魔鎧騎士(フォカロル)は超高速で地面へ落下する。




「……ja.Nsj…〆*…oq0:A」


そこは建物の中だった。瓦礫を押しのけ、立ち上がった魔鎧騎士(フォカロル)の視線の先には既にアランもいる。

さらにそこへ響いた声が一つ。


「ちょっと、何事よ……って、アラン!?貴方、左腕は!?」


「は?フィーネ?」


フィーネがそこにいた。もっと言うなら、彼女のすぐ目の前には何故か肩まで氷漬けにされているオルレアがいる。

アランも気付いていなかったが、魔鎧騎士(フォカロル)を突き落とした先に皇城があったのだ。


「何があったのかは後で聞く。取り敢えず無事か?」


「ええ。いくらか体を蹴られたり切られたりしたけど問題ないわ」


「そうか。ならそのまま回復と自己防衛に専念しろ」


魔鎧騎士(フォカロル)は立ち上がると後退して距離を取った。負傷を治そうとしている。

妨害したいがアランも左肩から先を失くしている。両者は治療を優先した。


左腕を再生させると、右手の『虚空の手』から失った左手に着けていた『虚空の手』を取り出す。『虚空の手』はどちらか片方があれば、もう片方も取り出せるのだ。


(……流石に、少し疲れたな)


ここまで暴れたのはアリシアと戦った時以来だ。なるべく余力を残すことを意識しながら戦ってきたが、この辺りが潮時だろう。丁度良いくらいに魔鎧騎士(フォカロル)を消耗させる事も出来た。


今ならコイツを殺せる。



「───来たれ、理を逸脱せし渾沌の盟主よ」



瞬間、この空間に形容し難い異質な気配が蔓延した。フィーネもオルレアも魔鎧騎士(フォカロル)も、同時にそれを感じ取る。

狂気、悪意、殺意、強大、あらゆる戦闘的強さのベクトルから逸脱した未知の気配だ。


「─汝、宵闇(ヨイヤミ)を蝕む暁天(ギョウテン)なり。汝、神座(シンザ)を崩壊せしめる堕天なり─」


だが言葉に出来ずとも、この場の全員が共通して感じた事がある。


───コレは、異常だ。


存在してはいけない。本来存在しないはずのナニカ。それがここに顕現しようとしている。


「─(ウタ)え、()め、喰らえ、犯せ、殺せ。それが汝の宿業であるが故─」


魔鎧騎士(フォカロル)が動いた。一瞬で距離を詰めて打撃を放つ。

だが直線的で単調な動きだ。アランは冷静に体を横に逸らして拳を(かわ)すと、右拳の一撃を腹に叩き込む。そして僅かによろめいた魔鎧騎士(フォカロル)を回し蹴りで吹き飛ばした。


「─今こそ(ワラ)え、渾沌よ。その喝采であらゆる秩序を踏み(ニジ)れ─」


異質な気配の増加と共に、パキパキとヒビが入る音が響く。

もはや間に合わない。境界は既に砕かれた。


「《起動────」


瞬間、ガシャンッと硝子(がらす)が割れるような音がした。

それは理の断末魔、世界が上げた悲鳴そのもの。

夜空に手を掲げながら、暴虐の代行者はその名を呼ぶ。




「─────崩剣・神斬(カミキリ)》」

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