第四十一話 流星下の短期決戦
試合開始のコールが響いた直後、両者は同時に自身の聖装具を顕現させる。
カルネ・リテムンドが顕現させたのは剣型の聖装具。全体が細身な作りで、柄の鍔には針穴のような穴が空いていた。
対するフィアラ・ミシリスが顕現させたのは弓型の聖装具── 《星天疾る穹器》。
弓は変わった構造をしていた。弓の上側が竪琴のようになっており、弦が並んでいる。
全体は青みを帯びた白銀色。淡く輝くその外見はまるで星空を凝縮したようだ。
「─降り注げ流星よ。その輝きで地平を照らし、遍く闇を撃ち払え─」
先に動いたのはフィアラだ。
生成した一本の光の矢を素早く番えると、それを上空へと放った。煌めく矢が空中へ舞い上がる最中に、
「──《轟き注ぐ破壊の光輝》!!」
詠唱を唱え切った瞬間、矢が空中で光った。すると矢を中心に巨大な法陣が展開された。
法陣から大量の光の矢が降ってきた。それら全てが人の腕よりも太く、さらに高速。
まさに流星群のような攻撃。この破壊の雨はとても常人の身体能力で回避できるものではない。
(初撃から決めにきましたね……)
弓はあくまで遠距離武器。懐に入られたら弓使いは勝率が一気に下がる、それが当然の常識だ。
フィアラの例に漏れず遠距離戦を主体とする。だが戦闘が長引けば敵の接近を許してしまう可能性も大きくなる。相手であるカルネが近接特化の聖装士であれば尚更だ。
だからこその短期決戦。相手に近づく暇も与えずに倒してしまおうとフィアラは考えていた。
すぐにカルネも聖装能力を発動する。左手の指の間に針が現れた。
数は十二本。裁縫で使われる一般的な針よりも長くて太い。それらを全てを上空へ放り投げる。
「《強靭なる鋼糸壁》」
針が空中で破裂した。破裂した針たちから爆ぜるように飛び出た巨大な銀糸が互いに絡み合い、拡散し、フィールドの壁の間に巨大な銀糸の壁を形成した。
フィールド内から見上げた先にある景色は全て銀糸の壁に覆われている。降り注いだ流星群が銀糸の壁と衝突するが、壁は崩れなかった。
カルネはさらに二回、同じ数の針を投げた。合計で形成された壁は三枚。耐えられる時間は長くても一分と言ったところか。
「《火王穹・焼裂の劫矢》」
そうしている内に、今の時間で溜めていた次の一矢をフィアラが放つ。
放たれたのは劫火の矢。矢は空中で大量に分裂し、カルネへ多方向から迫った。
フィアラは出し惜しみするつもりはない。遠慮なく高威力の技を放ってくる。
カルネも永遠と守りに徹しているわけにはいかない。フィアラに勝利するには自身の間合いに入るのが必須条件。
壁の生成を放棄して攻撃に転じる以上、そのうち流星群に壁を突破される。だからこそ、カルネが取る行動は決まっていた。
(壁を破壊される前に倒すしかありませんね……!)
再び針を生成した。数は十本、それらを周囲に放り投げる。
「《踊り裂く人形劇》」
再び針が破裂した。中から銀糸が溢れ出し、それぞれが等身大の人形を作り出す。
体はマネキンのような作りをしている。銀の衣装を着ており、右手にカルネと同じ剣を持っていた。
「《身体強化・迷い知らずの運命線》」
身体強化、並びに聖装能力の発動。
カルネだけでなく人形たちの前方にも、大量の細い銀糸が現れた。銀糸はカルネたちの体を始点に、何本も連なって伸びている。この銀糸が見えるのはカルネと人形たちだけだ。
カルネたちは銀糸に引っ張られるように動き出す。その先に劫火の矢が飛んできた。
だがカルネたちは矢をほとんど見ていない。移動した先からさらに派生した銀糸、それに沿うようにカルネたちは剣を薙ぎ払う。
奇妙なことに、剣は寸分の狂いも無く矢を弾いていた。
(あれは……予知系の技かしら)
フィアラにはカルネたちが見ている物は分からない。だが予知の類が使えるのであれば、生半可な小細工は意味をなさない。近接戦闘はもっての外だ。
カルネたちは同じ動作を繰り返す。銀糸に沿って動いては、難なく劫火の矢を弾いていく。どれだけ回数を重ねても、一度もカルネたちの攻撃が外れることはなかった。
「《海王穹・万水宿す一奏》」
弓の上側、竪琴に付いた弦を弾き鳴らした。
フィアラの足元から大量の水が溢れ出る。それは海のように広がり、フィールドの地面を満たした。これなら多少はカルネたちの足止めにはなる。
「リオみたいにここから海を操ることは出来ないけど、こういう使い道はあるわよね」
再びフィアラは矢を番えた。
矢は激しく帯電している。矢の矛先は地面に向けられていた。
「まさか……!」
すぐにカルネはフィアラとの距離を詰めようとした。
だが間に合わない。フィアラが先に矢を放った。
「《天王穹・雷帝の咆哮》」
帯電する矢が着水した瞬間だった。
矢が内包する莫大な電気が海全体に広がり、海面から電流が迸る。視界を覆うほどの電流が暴れているが、異変はそれだけに留まらない。
電流から伝う莫大な熱量によって、海水の温度が急激に上昇する。熱された海水は一気に水蒸気を発生させ、大爆発が起こした。
水蒸気爆発だ。展開されていた海水は干上り、代わりに発生した水蒸気が辺りに満ちている。フィアラは依然その中で立っていた。
この場では流星群が壁を破壊するまでの時間稼ぎに徹するだろうという、カルネの思い込みを逆手に取ったトドメの一撃。直撃すれば無事では済まない。それだけの威力はあった。
カルネの魔力はもう感じられない。この一撃で気を失ったのか、或いは、
「ッ!」
それはほぼ勘だった。
フィアラは咄嗟に右へ跳んだ。その直後、フィアラの左を光線が通り抜けた。
間一髪で回避に成功した。しかし攻撃が来たということは、
「ようやく届きましたよ!」
気づけばフィアラの右にカルネが潜り込んでいた。先程の爆発で人形は全て破壊されてしまったが、カルネは防御魔法で耐え切っていた。
カルネから逃れるよう、フィアラは背後に飛び退こうとした。だがカルネが先手を打つ。
「《土隆壁》」
フィアラの退路を塞ぐように、土の壁が生じる。これでフィアラは逃げ道を失った。
隙を逃さずカルネは剣を振る。反射的に弓を盾にしたが、衝撃で弓が吹き飛ばされた。フィアラも体勢を崩してしまう。
フィアラにはこれ以上の反撃も防御も出来ない。魔法を発動する暇を与えずに、カルネは刺突を繰り出した。
もはや勝負は決したも同然。数瞬の後に突き付けられる剣を前に、フィアラは敗北を認めるしかない。故にこの時、カルネは勝利を確信していた。
しかし、フィアラ・ミシリスはこの程度で負けてやるほど、諦めの良い少女では無かった。
「ッ“!!」
「なっ!?」
目の前の光景にカルネは驚愕した。それは驚愕のあまり思わず手を止めてしまったほど。
剣はフィアラに当たった。だが剣が刺していたのはフィアラの右手だった。
フィアラは右手で剣を受け止めていた。数センチほど刃が右手を貫通しているが、渾身の力で剣を抑えている。さらに左手でも刃を掴んでいた。
「本っ当……アイツとの差を感じるわね……なんでアランはこれ以上の怪我を平気な顔で耐えて、治療してんのよ……」
刃を掴む手から血が流れ出る。激痛のあまり今にも悲鳴を上げてしまいそうだった。
だが、それら全てを根性でねじ伏せた。
「《凍結》!」
カルネの動揺を突いて、氷魔法を唱える。カルネは足から首元まで氷漬けになった。
フィアラは剣から両手を離し、カルネから距離を取る。
予期せぬ氷の束縛にカルネは僅かに硬直したが、すぐに魔法で放った熱波によって、氷を解いた。
だが、もう遅い。
「さぁ、天体観測の時間よ」
フィールドの壁に張り巡らされた銀糸の壁が完全に崩壊した。壁を越えて遂に流星群が地に届く。
もはや止める術はない、そしてこの破壊の雨を耐える術もカルネには無い。
「ははっ…これはやられましたね……」
故に彼女たちの勝敗は、既に決まっていた。
『───試合終了!勝者、フィアラ・ミシリス!』
響く審判の声。最後に立っていたのはフィアラだった。
カルネは倒れて動けなくなっている。怪我もそれなりにしているが、そこまで重傷ではないようだ。
フィアラも手の傷を治療魔法で少しづつ治していく。
「やっぱりアランみたいに即回復、とはいかないわね」
アランは致命傷すらも数秒で完治させてしまう。それはアランがおかしいだけで、普通はそのような高速治療は出来ない。そもそも致命傷を魔法で治すこと自体、ほとんどの者には不可能だ。
地道に傷の手当てを続けながら、フィアラはフィールドを去った。
***
その後、フィールドを出てすぐに、フィアラはその者と会った。
「お疲れフィアラ。早かったな……って、なんだそれッ!?」
出会って早々、派手なリアクションを見せたのはレオン・アルバート。彼は次の第七試合の出場に備えてフィールドの入場扉前の廊下で待機していた。
「だ、大丈夫なのかその手!?」
「これが大丈夫に見える?」
「大丈夫なわけないか……」
「ええ、だからさっさと先生のところ行って治してくるわ。貴方も試合頑張りなさいよ〜」
足早にフィアラはレオンの横を通り過ぎていった。その背中を心配そうにレオンが眺めている内に、第七試合の出場生徒の呼ぶ放送が響いた。




