第四十話 序列戦開幕!
翌日、遂にその時がやって来た。
今日から今年度の『第一回序列戦』が始まる。平日は放課後、休日は一日通して生徒たちの試合が次々に行われていく。
闘技場の観客席には多くの生徒が集まっていた。勉強目的で生徒が戦う様子を観察しに来た者もいる。知り合いが出場するから応援に来た者もいる。単純に面白いもの見たさで来た暇人もいる。
そうして今行われているのは第四試合。闘技場のフィールドでは激しい戦いが繰り広げられていった。
「《森槍根雨》!」
唱えたのは現在戦っている女子生徒──マスカレー・ユーティリア。
彼女の周囲の地面を突き破って、木の根が次々に現れる。木の根は先端は槍のように尖っていた。
右手に持つ杖型の聖装具を相手に向けながら、マスカレーは木槍を生成しては放っていく。木槍は凄まじい速度で相手へと迫った。
その攻撃を迎え撃つのは紫の短髪の少女──アシュリー・フォンラッド。
左手に持っているのは分厚い本型の聖装具── 《骸飼いの守墓書》。灰色の表紙には黒い模様と解読不能の文字が記されている。本の中のページは若干黄ばんでおり、表紙と同じく解読不能の文字が書かれている。これらの文字を解読出来るのは《骸飼いの守墓書》の契約主であるアシュリーだけだ。
こんな外見でも歴とした聖装具だ。聖装具とは全てが武具というわけではない。《骸飼いの守墓書》のように一見武具には見えないような物も存在する。
アシュリーの周囲には五十体ほどの鎧騎士がいた。全てアシュリーが聖装能力で形成したものだ。
鎧騎士は主に二種類。前衛に盾と剣を持つ重兵士、後衛に弓矢を構えた弓兵だ。
「守って!」
まず指示したのは前衛の重兵士だった。重兵士は盾を構え、迫る木槍を受け止める。
重い衝撃が盾にのし掛かるが、重兵士たちは難なく耐えてみせる。アシュリーが魔法で防御面の強化を施している故、これだけの耐久度を実現できている。
重兵士たちは防ぐだけではない。剣で木槍を弾きながら、少しずつ前進していく。
その間にもアシュリーは次の手を繰り出す。今度は後方の弓兵を動かした。弓兵たちが一斉に矢を構える。
そこへさらに、
「《火炎》」
弓兵たちの矢が炎を纏う。
炎上した矢を弓兵は一斉に放った。それも一度ではない。何度も構えては矢を放っていく。
放置すれば直撃だ。マスカレーは《風域結界》を唱え、風の結界を展開した。
降り注ぐ矢の大半は風によって軌道を逸らされ、マスカレーから外れていく。それでも防ぎ切れなかった分は、《風域結界》の下に重ねがけした《結界》で弾いた。
防御しながらも手を止めることなく木槍を放つが、やはり木槍だけではアシュリーの重兵士は突破出来そうになかった。ならば次の手を行使するしかない。
木槍がツタのように曲がりだした。そのまま重兵士の間に潜り込む。重兵士は木の根を弾くが、機動力は低い故にツタを捌き切れなかった。
潜り込んだ木の根が重兵士を拘束した。さらに拘束は次第に強くなる。
重兵士の体がひび割れていき、やがて砕け散った。砕けた重兵士の体は灰のように霧散して消滅した。
これでアシュリーの守りは崩れた。マスカレーは続けて木の根を変形。木の根が一つにまとまり、一気に巨大化する。
「《巨木蹂腕》!」
横薙ぎに振るわれる巨大な木の根。質量も速度も十分、当たればタダでは済まない。
「《身体強化》」
アシュリーもまた身体強化魔法を唱える。その場で跳躍することで薙ぎ払いを回避した。
だが今の一撃によって全ての鎧騎士が破壊された。今度こそアシュリーは丸腰だ。
マスカレーが新たに放った木槍がアシュリーに迫るが、それがアシュリーに届くことはなかった。
触れたのはアシュリーの周囲に展開されていた結界だ。守りを突破された時のために張っていたのだ。
「《不落なる骸騎士》」
開かれた本のページから大量の灰が飛び出した。灰は空中で多方向に枝分かれし、別れた先で新たな鎧騎士を形成する。
すぐに十体ほどの鎧騎士が生成される。鎧騎士は先程の重兵士よりも身軽な装備をしていた。
各々剣や槍を一本ずつ持っている。今度は俊敏さで攻めるつもりだ。
マスカレーは再び木の根を放って鎧騎士を狙う。鎧騎士も木の根を切り払いながら、マスカレーに近づいていく。それも一方向からではなく、分散して多方向から攻めている。マスカレーの注意を分散させるためだ。
機動力も重兵士に比べて大幅に上昇している。さらに鎧騎士の動きはただの生成物とは思えないほど上等なものだった。まるで本物の戦士のようだ。
「やるわね……」
マスカレーの攻撃に自動追尾効果は無い。全て手動である故に、多方向からの攻撃には弱いという欠点がある。
マスカレーが攻撃している間も、アシュリーは次々に鎧騎士の数を増やしている。マスカレーへ猛進する兵だけでなく、重兵士まで置いて自身の守りを固めている。
このままでは距離を詰められる。なら破壊以外の手段で動きを止めるしかない。
「《爆種乱撃》!」
マスカレーの後方にいくつもの大きな花が生える。マスカレーは花に付いた大量の種子を一斉に発射させた。
一つ一つは小さいが、数は膨大。少なくとも千は超えている。
種子はマスカレーの前方のあちこちに拡散した。一瞬で鎧騎士たちのもとに届くと、種子は爆発した。あちこちで大量の爆発が起き、生じた爆煙が辺りを包む。
アシュリーの鎧騎士は異様に上等な動きをしているが、魔力探知だけで脅威の位置を当てられるほど優れていない。実際、爆煙の中では彼らは動きを鈍らせていた。
掃討するには十分な隙だ。爆煙の中で木の根を操り、鎧騎士を次々に破壊していく。軽装な鎧騎士を破壊するのは難しくなかった。
爆煙が生じてから約七秒後。アシュリーが唱えた《風波動》によって爆煙が吹き飛ばされる。その時にはマスカレーに近づいていた鎧騎士は全て破壊されていた。
残るは結界を纏うアシュリーと彼女を囲む数体の重兵士。アシュリーの守りは硬い。正面突破は容易では無いだろう。このままアシュリーに時間を与えては、再び灰の鎧騎士を生成される。
ならば、鎧騎士が作れないくらい、この闘技場の空間を支配すれば良い。
「《芽吹く生命の宴》!」
直後、地面を突き破って大量の巨木が生えてきた。
巨木は隙間なくアシュリーの周囲を覆っている。アシュリーを中心に半径二メートルほどの空間は残っているが、それ以外は下を除く全方位が巨木に埋められていた。これでは鎧騎士を生み出すスペースが無い。
アシュリーが次の一手を模索するより早く、アシュリーの付近の巨木が変形した。
巨木から無数の木槍が突出してくる。アシュリーは結界で防げるが、重兵士は防ぎ切れない。数秒後には破壊されていた。
さらにその数秒後に、アシュリーの結界が砕けた。
アシュリーに近づいた木の枝はツタのように曲がり、アシュリーの体に絡みつく。そのままアシュリーは拘束されてしまった。
「私の勝ちよ、アシュリー・フォンラッド」
聖装能力で木々を退かしながら進み、マスカレーはアシュリーの前に立つ。
アシュリーは動けない上、鎧騎士を生み出すスペースも無い。もはや詰んでいた。
「そうだね……確かにこれは──」
故にアシュリーは一度俯きながら呟いた後に、こう返した。
「──私の勝ちだよ」
マスカレーに向けられたアシュリーの顔は不敵に笑っていた。
「何を言って──」
問い返そうとした。だが出来なかった。
気付けばマスカレーの首元には背後から剣が当てがわれていた。いつの間にかマスカレーの背後には一人の剣兵がいたのだ。
「い、いつの間に……!?」
「貴方が爆煙で視界を潰した時。思わなかった?私が《風波動》を唱えるのが遅いって」
確かにそれはマスカレーも思った。
爆煙が発生してからアシュリーが《風波動》を唱えるまで時間差があった。
《風波動》は風の衝撃波を放つ基本の風魔法。誰でもすぐに発動できるような魔法だ。そんな魔法をなぜ爆煙が生じた直後ではなく、間隔を空けて使ったのか。
「爆煙を晴らす前に、私は一体だけ兵を地中に潜り込ませてた。《浸透》を使ってね。爆煙で周りが見えないからこそ出来た一手だった。あとは貴方が隙を晒すまで兵を地中に待機させて、隙を晒したところで出現させて背後から不意打ちを決めさせた」
「つまり私に機動力のある兵を接近させたのは、私に視界を潰すような技を使わせるだったのね」
自覚し、そして笑ってしまった。
「なんだ……翻弄されてたのは私の方だったのか」
マスカレーは聖装能力を解く。辺りに展開されていた木々は光の粒子となって消滅した。
「貴方の勝ちよ、アシュリー・フォンラッド」
首に剣を当てがわれたまま、マスカレーは両手を上げて降参した。
***
「たーだーいーまー」
闘技場の観客席に戻ってきて一番にアシュリーは言う。彼女の前には三人の生徒がいた。
リオ、フィアラ、レオン、いつのも同学年の友人たちだ。ただしアランが欠けているが。
「お疲れ、アシュリー」
「外からだとよく分からなかったけど、相変わらず作戦立てるのが上手いな」
「レオンは馬鹿だから、作戦とか考えられないでしょ」
「馬鹿だと!?このボクが!?君やアランほどでは無いが、ボクだってそれなりに勉強は出来るんだぞ!?」
「そういう領域の話じゃ無いってわかるでしょ?『知識があっても実践で活かせなかったら意味は無い』っていつもアランが言ってるじゃない。貴方はまさにそれなのよ」
「あーうるさいうるさい!」
「君は子供か……」
正論に喚くレオンを見ながら、アシュリーも座る。
「第六試合がフィアラで、第七試合がレオンだっけ。頑張ってね、多分応援してる」
「まさか貴方ここで寝るつもりじゃないでしょうね?」
「さっきユーティリアさんに締め上げらたから体が痛い。よって私は休息を取る」
「アランに劣らずマイペースねぇ……貴方も」
今日だけでアシュリー、フィアラ、レオンの全員が出場することになっていた。
アシュリーは先程の第四試合、フィアラは第六試合、レオンは第七試合だ。リオの試合は五日目なのでまだ時間には余裕がある。
「今頃アランは何やってるんだろうな。今日は特訓するから闘技場には来れないって言ってたけど、特訓ってどこでやるつもりなんだ?」
「演習場でアランが一人で特訓してるところなんて見たことないし、秘密の場所でも見つけてそこで隠れてやってるんじゃないのかい?」
「あり得そうなのがなんとも言えないわね……」
昨日、学生寮に帰った後、アランは久しぶりにリオたちと夕食を摂った。
その時にアランは『明日は一日使って特訓するから序列戦は見に行けない』と言っていた。実際、今日は朝食を共に摂って以降、彼らは一度もアランの姿を見ていない。
一体どこで特訓などやっているのか。そもそもどんな特訓をするつもりなのか。
リオたちですら、それは知り得ない。
そうしている内に第五試合が終わりそうになっていた。
次の試合までに出場者は待機場所に向かう必要がある。そろそろフィアラも行かなければならない。
「それじゃ、私も行ってくるわ」
「頑張れよーフィアラ」
「Zzz……」
「なんかマジで寝てない?寝てるわよねこの子」
「まぁ疲れてるのは事実だろうし、このままにしてあげよう。それより早く行っておいで」
「……それもそうね」
リオたちのもとを離れ、フィールドの入場扉前の待機場に移動した。
それから数分後。第五試合が終了した。次いで、出場生徒を呼ぶ放送が響き渡る。
『フィアラ・ミシリス、カルネ・リムテンド。フィールド内に入場してください』
「ふぅ……来たわね」
一度息を吐くと、フィアラは入場扉を開き、フィールドの中に入った。
フィアラの向かい側に立つのは対戦相手の女子生徒、カルネ・リムテンド。
二人の準備が整ったことを確認し、審判は宣言する。
『それではこれより第六試合を始めます………試合開始!!』




