第三十九話 複雑な思い
夕方五時頃、学園に戻ってきたアランは、依頼の結果報告のために生徒会室に向かっていた。
ノックしてから扉を開くと、見慣れた生徒会室の光景が目に映る。
部屋の中央に置かれた大机には椅子が並べられており、生徒会役員たちが座って作業を進めている。
アランが用があったのはその奥。部屋の奥に置かれた机で作業しているアリシアだった。
「帰ってきましたか。お疲れ様です」
「ああ、酷い依頼だったよ。結果も含めて」
「……そうでしたか」
珍しく浮かない表情をしているアランを見て、アリシアは大体の事情を察した。
「ひとまず部屋を変えましょう。話はそちらで」
生徒会室は二部屋に分かれている。
生徒会役員たちが作業する事務室と、訪れた者の相手をする応接室。アランがいつもアリシアと話をするときに使っているのは後者だ。
アリシアは席を立ち、アランと共に隣の部屋に移動した。
「座ってください。お茶を用意します」
「いいよ。そんな長居しないし」
「労うくらいはさせてください。貴方に無理やり依頼を押し付けた自覚は私もあるので」
「自覚あったんだな」
アランは接客用のソファーに座って紅茶の準備をするアリシアを眺める。
数分後、ソファーの間にあるテーブルに紅茶が入ったティーカップが置かれた。アランは一口紅茶を飲むと、対面に座ったアリシアに話し始めた。
「まず結論から言う。依頼は失敗だ。『リヴァイアサンの断片』は盗られた」
「やはりそうですか……学園長から少し話を聞いたのですが、グレイ・フォーリダントを増援として呼んだそうですね。学園最高戦力者が二人揃っても敵わないほどの敵だったのですか?」
「戦力的にはこっちが有利だったさ。だが状況が悪かった。もちろん敵もな。魔装士がいたんだ、それも二人だ」
「二人も……ですか」
「なんでもどこかの組織に所属しているらしい。おそらく魔装士の組織があるんだろう。前々からそういう組織の存在は疑問視されてたんだろ?」
「はい。数十年前から、そのような組織の可能性は挙げられていました。特にここ十数年ほど魔装士の発見報告や事件は増加傾向にあったので。以前から疑問視されていましたが、遂にほぼ確信と言っていい状況まで来ましたか。これはもはやエルデカ王国だけの問題ではありませんね」
「その辺はアンタに任せるよ。国家間のあれこれは俺には関係ないし。とりあえず話を戻すが……」
その後アランは詳細な出来事を語った。
『リヴァイアサンの断片』を奪われるまでの経緯、魔装士の情報、知っている限りの事は話した。
「これが今回の依頼結果だ。聞いての通りの大失敗。依頼報酬は無しで良いよ」
「そういうわけにはいきません。きちんと報酬はお支払いします」
「けど……」
「確かに『リヴァイアサンの断片』は奪われましたが、 貴方は十分役割を果たしてくれました。五日間の教会の護衛に加え、この一件の死者をゼロに抑えた。魔装士が二人も関わっていた事件で死者が出なかったのは間違いなく貴方の功績です」
万が一、魔装士が教会に侵入した時のために、アランは教会に勤める人々に夜間は教会の安全な場所に避難してもらっていた。そのおかげでヴィルが教会に入った時、誰もヴィルに狙われることがなかった。
これが無ければ誰かがヴィルに殺されていた可能性は大いにある。アランは今回、確かに護衛としての務めを果たしたのだ。
「……そうかもな。ありがと、アリシア。ちょっと気が晴れたよ」
「それは何よりです。グレイ・フォーリダントにも報酬を支払わなくてはいけませんね。まさか依頼から戻ってすぐ再び遠方に派遣することになるとは思いませんでしたが」
「過重労働くらいで倒れるような奴じゃないし、良いんじゃないか?むしろ労働量で言うならアンタの方こそ倒れないか心配なくらいだが」
「確かにやることは多いですが、睡眠時間は確保しているので問題ありません。尤も貴方が生徒会に入ってくれたら、その負担もいくらかは軽くなると思いますが」
「入んねぇよ。そんなことしたら俺の休みが無くなっちまう」
「またそれですか……グレイ・フォーリダントはまだ仕方ないとしても、なぜ貴方たち第二位から第四位は揃って怠惰なのですか」
「自分ファーストだからな。俺たちにとっての力は自分のやりたいことを叶えるためのものだ」
「それはただの暴君です。貴方たちはもう少し学園最高戦力者としての責務を自覚してください」
「いや望んでそんな肩書き背負ってないし。何かしてやる義理も無いけど」
「望んでいるか否かは関係ありません。力を持つ者の責務です」
「めんどくせぇ……」
言いながらアランは立ち上がった。
「そんじゃ、俺はそろそろ帰って休むよ。昨日の夜からまだ寝れてなくてね。今も眠くて仕方ないんだ」
「そこまで疲れているなら結果報告の前に休んでください。報告はその後でも良いのですよ?」
「先送りしたくなかったんだよ。明日からは序列戦に備えないといけないし」
序列戦は明日からだ。アランの試合は明後日だが、残された時間は少ない。
ひとまず今日は休む。明日は一日中特訓する予定だ。友人たちの試合を見に行きたかったが、こればかりは仕方ない。
(ロベリアは何やってんのかなぁ……やっぱ特訓してるよなぁ)
──既に俺は今日を含めて五日間何も出来なかったというハンデを背負っている。ただでさえロベリアとの相性は良くないにも関わらずだ。
正直かなり崖っぷちだが、足掻けるだけ足掻くしかない。
別に学年次席の地位や肩書きに拘りがあるわけではないが、それでも負けたくない理由はある。
故になんとかしてロベリアに勝つ………具体案はまだ決まってないけどな!
「それじゃ、また今度」
生徒会室を出ると、そのまま学生寮の自室に帰った。
***
アランが去った後も、アリシアはソファに座りながら考えていた。
『リヴァイアサンの断片』が奪われた。それについてアランとグレイを責めるつもりはない。あくまで敵が狡猾だったというだけの話。むしろ彼らはよくやってくれた方だ。
多くのハプニングが重なりながらも対応し、人命を守った。それだけで十分な働きだ。
だがこれが後にどんな事態を引き起こすか。
ここ数年で『十死天の大厄災』の断片が狙われる、もしくは奪われるという報告が時々上がっている。今回もその一つだ。
『十二死天の大厄災』の一角、海帝龍リヴァイアサンの断片。断片とはいえ、内包された力はとてつもない。何処でいつ『リヴァイアサンの断片』が悪用されるか。
「父上にまた伝えなければいけませんね……色々と」
今後の事に思いを馳せながら呟いた、その時。
応接室の扉がノックされた。
ひとまず「どうぞ」と言って入室を許可した。次いで、扉が開かれた。
「失礼します」
入ってきたのは一人の生徒。赤髪のポニーテールをした少女だ。雰囲気は厳格で、覇気がある。あまり他人が近づくことはなさそうだ。
彼女はロベリア・クロムウェル。学年実力序列第八位、明後日の序列戦に於けるアランの対戦相手だ。
「突然の訪問、申し訳ありません」
「構いませんよ、ロベリア・クロムウェル。どのような要件でしょうか」
アリシアは立ち上がると、ロベリアと目を合わせる。
「一つお聞きしたいことがあります。アートノルトがここ数日、依頼で学園外に出ていたというのは本当ですか?」
「ええ、本当ですが……どこでその話を?」
「リオ・ロゼデウスたちが話していたのを偶然聞いたのです。アートノルトが依頼で数日前から学園外に出ていると」
「なるほど、そうでしたか」
それはまた随分な偶然があったものだ。
「依頼内容についてはお話しできませんが、確かに彼は四日前から依頼で学園を離れていました。戻ってきたのはつい先程です。依頼の結果報告だけ済ませて、今日はもう休むと言って学生寮に帰りましたよ」
「そうでしたか……」
ロベリアはその場で視線を下げた。
何とも言えない表情のまま口を閉ざしている。彼女の考えている事はアリシアには察せられた。
「……不公平だと思いますか?」
「……ッ」
一瞬、驚愕の表情を見せる。ロベリアが悩んでいたのは、まさにそれだった。
「……はい。序列戦の対戦相手が発表された後、私はアートノルトに宣戦布告しました。殺す気で勝ちに行くと。その後もアートノルトに勝つために使える時間は全て特訓に費やしました。明後日の序列戦に備えて。ですが……」
「対するアラン君は依頼で試合の準備をする暇もなかった。その差が不公平だということですね」
アランに勝つためにロベリアは徹底的に備えてきた。だが対するアランは依頼のせいで全く準備ができていない。アランが何を考えるのかは知らないが、彼もやりたい事はあっただろう。
その差があると知って尚、この戦いを公平と呼ぶことはロベリアには出来なかった。
「私はアートノルトに勝ちたい。だけど、こんな不公平な勝負がしたかったわけじゃない。この試合はどう考えても私の有利が決まっている。それでもアートノルトに全力で挑むべきなのか。それが分からないのです」
ロベリアの思いを聞き、アリシアは一度口を閉ざした。
彼女の言っていることは間違っていない。むしろ、よくそこまで思い至ることが出来たものだ。
公平を期すことを望む彼女の精神は素晴らしい。どこぞのアートノルトやラッドマークやグレイシアにも見習わせたいものだ。
だが今はその精神が彼女を悩ませていた。
これは解決し難い問題だ。彼らの試合が不公平であることは、どうやっても変えられない事実である。
仮にこのままロベリアが勝ったとしても、彼女はその勝利に満足しないだろう。逆に公平を期すために手を抜かせては序列戦の意味がない。
「貴方の言う通りです、ロベリア・クロムウェル。実際、貴方たちの試合はやや不公平ですからね。貴方に有利がある、というのもある意味正しいのかもしれません」
その上で──と挟んで、
「私から一つ、貴方にアドバイスを送りましょう」
「アドバイス?」
「ええ。もちろんアドバイスとは言っても、アラン君と戦う上で使えるような知識を教えるわけではありません。ただ貴方の悩みのためになるかもしれない、というだけの言葉です」
一泊を置いて、アリシアは言う。
「ロベリア・クロムウェル、貴方は挑戦者なのでしょう?挑戦者の使命は全力で挑むことです。一切の妥協もなく、全力で相手を倒す。それだけ考えればいい。むしろそこで手加減などすれば、それこそ相手であるアラン君に失礼ですよ」
「……っ!」
「宣戦布告までしたのであれば、最後までその戦意を貫き通しなさい。それが聖装士として、一人の戦士として、あるべき姿というものです」
その言葉を聞いた途端、ロベリアの顔色が微かに変わった。
答えが掴めたわけではない。ただそれでも自分がどうするべきかは分かった気がした。
「……ためになったようで良かったです。貴方も頑張ってくださいね。一人の観客として応援していますよ」
「はい。ありがとうございます、アリシア様」
一度、深くロベリアはアリシアに頭を下げた。
「それでは私はこれで。お忙しいところ失礼しました」
ロベリアは生徒会室を去っていく。彼女の背中に先程までの迷いに揺れる気配は無かった。
扉が閉まった後、アリシアは再びソファに座った。
──ロベリア・クロムウェルの力になれたようで良かった。彼には少し悪いことをしたかもしれないが、私としては彼女には全力で、そして悔いが残らないよう挑んで欲しかった。
「宣戦布告ですか……私も彼との序列戦が決まった時にやりましたね」
──彼女と序列戦について話していたら思い出してしまった。懐かしいものだ、もうアレから何ヶ月も経ったのだ。
だが、それでも覚えている。一片たりとも忘れることなく、彼と戦った時の出来事は──。
──あの日感じた痛みと恐怖は、今もこの体に残っている。




