第三十八話 最悪のミス
「……?」
グレイの加勢に向かおうとしていたアランは突然足を止めた。グレイたちの向こう側、教会へと続く一本道を見ている。
気配を感じたのだ。改めて魔力探知をしてみれば、向こうから五人分の魔力反応が迫ってきているのが分かる。
「誰だ?」
夜闇の中なので姿はハッキリと見えないが、五人の人影が見える。
すぐに彼らはこの場にたどり着いた。五人とも紺色のローブを羽織っていた。胸元には模様が刻まれた金色のバッチが付いている。
その姿をアランは知っていた。同時に己のミスを悟る。
(しまった……そういえば警備隊が来る時間だった!)
彼らはロマーシュアの警備隊員だ。夜の十一時には捜査状況の定期報告のために教会にいるアランの元へ来ることになっていた。
そして今の時刻は十一時。ここで起きていることを知らない彼らはいつも通り教会に来ていたのだ。
一気に血の気が引く。最悪の未来を幻視した頃には、アラン以外の者たちも警備隊員の存在に気づいていた。
グレイも警備隊員を見て顔色を変えている。グレイは彼らが警備隊員であることを知らない。だがこれから何が起こるかは理解できた。
「来るなぁぁぁ!!」
アランはすぐに警備隊員たちの元に向かう。グレイもヴィルたちを止めにかかった。
だが、間に合わない。誰よりも早く動いたのはバルドラートだ。
今負っている身体中の切り傷に加え、さらに自身の体を何度か突き刺す。既に瀕死の領域だ。
「《鏡転する現実》」
バルドラートが負っていた傷が全て消えた。同時に警備隊員の一人が突然倒れ伏した。
彼は全身を負傷していた。傷口からは大量に血を流している。無論それらはバルドラートに負傷を移されたことで生じたものだ。
このまま放置すれば十数秒後には彼は死ぬだろう。アランたちに彼を見捨てることは出来なかった。
「クソッ!!」
倒れた警備隊員の元に駆けつけたアランはその場で屈む。
「落ち着いて、すぐに治療します!」
警備隊員に手を当て、すぐに治療魔法を行使した。
他人の身体を治療するのと、自分の身体を治療するのとでは、まったく話が変わってくる。
自分の身体であれば治療はまだ簡単だ。どこをどう負傷していて、どう治せば良いのかを感覚で理解できるから。
だが他人の身体はそうはいかない。まず身体の状態を魔法で調べ、それから必要な処置を施していく。
感覚で治療できない故に、他人を治療するには自分を治療する時間の倍はかかる。こればかりはアランもどうしようもなかった。
そしてその隙をヴィルたちが逃すはずが無い。
「これで最後だ……《鏡身無尽投影》!」
残った魔力を振り絞り、バルドラートは魔装能力を発動する。
現れたのは十人の分身。彼らは容赦なく警備隊員たちに攻撃を仕掛けた。
アランは今は手が離せない。防げるのはグレイだけだ。
「グレイ!」
「分かってる!」
すぐにグレイが動き、分身の攻撃を片っ端から防ぎ続ける。
だがその向こうに見えたのだ。分身のバルドラートたちを囮に、ヴィルたちが走り去ろうとする姿が。
グレイは追いかけようとするが、バルドラートたちの攻撃は止まない。
分身とはいえ魔装士。全てが本体のバルドラートと同等の実力を持っている。
グレイだからこそ防げているが、聖装士ですらない警備隊員がどうにか出来たものではない。
アランの邪魔にならない程度の力でグレイは凌ぎ続けるしかなかった。
二十秒後にはヴィルたちの姿は視界から消えていた。少し遅れて分身たちの姿が消滅する。
本体のバルドラートが離れたことで魔力供給が途絶えたのだ。それはヴィルたちがそれだけ遠くに逃げたことを意味していた。
「俺は奴らを探しに行く。お前はその人を治療していろ!」
グレイはその場から離れた。教会の裏手に広がる森に入ってヴィルたちを探すが、やはり見つからない。
あらかじめ逃亡手段を用意していたのだろう。どれだけ探しても姿どころか魔力の気配すら感じられなかった。
完全に逃してしまったようだ。
「…………仕方ないか」
諦めたグレイは森を抜け出し、アランの元に戻った。
だが───。
「………………あのクソ野郎め」
道中で呟いたその一言は、果たして誰に向けたものだったのか。
***
グレイが戻った頃には、アランは警備隊員の治療を終えていた。
「グレイ、アイツらは?」
「逃した。姿どころか魔力の気配すら見つからなかった」
「謝ることじゃねぇよ。俺の注意不足だ。俺が警備隊が来ることを覚えてたら……」
魔力の痕跡すら無いとなれば、もう彼らを追うことはできない、
『リヴァイアサンの断片』は奪われてしまった。依頼は失敗だ。
アランは額を抑えながら、ここ数日で一番重たい息を吐く。
憂鬱な気分だが、まだやるべきことは残っている。アランはグレイと共にその場の状況収拾に務めることにした。
***
状況収拾にはかなりの時間を要した。
夜通しで働き、気づいた時には昼の十二時。身体は疲弊し切っていた。
「眠っっっっむ、マジでただの学生がやる仕事量じゃねぇだろ………グレイ、お前はどうだ?」
教会内の長椅子に座りながら、アランは隣に座るグレイに問いかける。教会内は夜にヴィルとグレイが戦ったことで荒れていた。
「眠くないわけがないだろう。俺も寝ていないからな」
「そもそもお前いつ学園に帰ってきたんだ?確か別の依頼で学園外に出てたんだろ?」
「昨日の夜だ。学園に戻ってきて諸々を済ませて、ようやく自室で一休み出来るかというところに突然学園長が現れてここに飛ばされた」
「あ〜」
さすがにそれには同情した。
「災難だったな、お前も」
「お前の方こそ随分切羽詰まってるそうじゃないか。明後日、お前の序列戦があるらしいな。しかも対戦相手はあのロベリア・クロムウェルなんだろう?」
「よく知ってんな。どこで聞いたんだよそれ」
「アリシア様から聞いた。依頼の結果報告をしに行った時についでに聞かされたんだ。お前、今回は聖装具を使う気はあるのか?」
「無い」
「だろうな。魔装士どもに逃げられかけた状況ですら使わなかったのだから、序列戦などで使うはずが無いか」
「仕方ないじゃん。事情があるんだから」
「ならその事情くらいは周りに話せ。仮にも学年次席だろう、信用に関わるぞ」
「いいよ別に。外部での評価なんて興味ないし。学園内で上手くいってるなら気にすることは無いさ。友達もいるからな。お前とは違って」
「……なるほど、どうやら体力が有り余っているみたいだな。どうだ、少し外に出て運動するか?教会の裏手の森の中なんてちょうど良いんじゃないか?」
「確かにあそこならお前が失態を晒しても誰かに見つかることは無いからな。喧嘩の場所としては悪くない」
「失態だと?お前まさか俺を出し抜けるとでも思っているのか?」
「ははははっ!面白いことを言うな!脳筋堅物ぼっち委員長様が誰に勝つって?」
互いに立ち上がり、睨み合う。
つい先程まで仕事に追われて疲弊していたかと思えばすぐにこれだ。
彼らはまさに犬猿の仲、混ぜるな危険、一緒にいれば喧嘩せずにはいられないのだ。
彼らは理由無くしてこのような険悪な仲になったわけではない。
きっかけは約一年前、学園に入学してから二ヶ月近く経った頃のことだ。
やや複雑な経緯の末に、彼らは一度大喧嘩をしたことがある。それもただの口論ではない。グレイは聖装具を使い、アランも魔法をフル使用して、殺し合うくらいの勢いで戦った。
彼らは共に『学園最高戦力者』。当時はまだその肩書きは無かったが、互いに強者であることは変わらない。彼らの喧嘩はしっかりと周囲に被害を出した。
最終的には彼らの喧嘩は学園長であるシリノアが止めたが、その時には学園の敷地の四割ほどが破壊されていた。
幸いにも生徒たちは避難していたので、喧嘩の巻き添いを受けた者はいなかった。だがこれだけの事をして許されるはずもなく、彼らは停学処分を受けた。
どちらかと言えば加害者側だったグレイは三週間、全体的に被害者だったアランは二週間、その他この喧嘩の原因になっていた生徒も揃って停学処分を受けたのだった。
この時の学園の破損については、学年実力序列第四位ことシエル・グレイシアが一晩で完全修復させたという伝説がある。
また、この喧嘩がアランがアシュリーと友達になったきっかけだったりする。
***
「…………はぁ」
ため息を吐いてグレイは長椅子に座る。同時にアランも座った。
急に馬鹿馬鹿しくなった。そもそもこれ以上喧嘩する体力も残っていない。
「これ、帰りはどうなるんだ?学園長が俺たちを回収しに来てくれるのか?」
「特にそのような話は聞いていない。自力で帰ってこいということだろう」
「どこまでも鬼畜だな……仕方ない、頑張って帰るか」
ここから王都の学園まで魔法による空中移動を使って片道三時間ほどかかる。
その後街で昼食を摂った二人は少し休んでから、なんとか学園まで帰るのだった。




