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聖装士学園の異端者  作者: 綿砂雪
第二章
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第三十六話 氷華爛漫

「……これは、どういうことだ?」


次の瞬間、バルドラートは呟いた。

気づけば目の前にいたはずのアランが消えていた。どこへ行ったのか、それはすぐに分かった。

アランはバルドラートたちから少し離れた場所にいた。しかも負っていた外傷が全て完治している。

ただ一つ例外があるとすれば、一滴だけ鼻血が流れていることか。


「やっぱ()()()に使うのはキツイな……もうちょい改善しないと」


鼻血を拭いながら、アランは息を吐く。

バルドラートがその気になれば、すぐにでもアランの位置を入れ替えることも出来ただろう。だがそれ以上に、今は警戒した方がいいと考えた。

このまま位置を入れ替えても先程の魔法で逃げられるだけだから。


「お前、今使ったのは魔法か?」


「それ以外に何があるって言うんだよ。聖装具出してない俺には魔法しか使ねぇよ」


「……どうやら私が思う以上に魔法という力は優れた物だったらしい」


何をされたのかさっぱりだが、アランが自分には到底理解出来ないような次元の力を扱えることは分かった。

さすがは『学園最高戦力者』、こちらの常識など軽々と超えてくれる。


「まったく、お前のような優秀な者が仲間にいてくれたら私も楽だったのだがな。どうだ、アラン・アートノルト。我々の仲間になる気はないか?」


「寝言は寝て言え馬鹿野郎。俺がお前らの仲間になるメリットが皆無じゃねぇか」


「そうでもないと思うのだが……まぁいい。なら残念だが、殺すとしよう」


再びバルドラートたちが戦闘態勢を取る。それを前にアランも思考を巡らせた。


実はもう()()()()()()()()()()()()。本体を狙おうと思えば出来るのだが、生憎その行手を二十九人の分身が阻んでいる。最低でも分身を突破しない限り本体まで攻撃を届かせるのは難しい。

『魔法崩し』によってバルドラートの魔法を抑えている故、俺の方が戦闘能力は勝っているが、しかし分身も決して弱くはない。強行突破も楽ではないだろう。おまけに分身は外傷を傷つけた相手に跳ね返すとかいう馬鹿みたいな能力を持っているから、分身を倒すこともできない。

ならばどうするか。取れる手段は一つ、拘束して分身の動きを封じるしかない。


『閃剣ライキリ』を『虚空の手』に収納すると、代わりに別の武器を取り出した。

それは一本の剣。白い柄に、美しい水色の刃。柄の(つば)は氷の花のようなものが付いている。

そして刃はアランの背丈の半分以上はある上、刃の全体には等間隔に白い()()()のような線が刻まれている。普通の剣には見られない特徴だ。

これは魔導器『波零剣(ハレイケン)シモナギ』。氷属性に特化した蛇腹剣だ。


「剣を戻したかと思えば再び魔導器か。本当に聖装具を使わないんだな。お前本当に聖装士か?」


「よく言われるよ。ただ事情があるんだ。だからこれで勘弁してくれ」


「許しは必要ない。だがそれで死んでも自己責任だぞ」


「承知の上だ、安心しろ」


軽口を叩きながら、アランは蛇腹剣を構える。

拘束してから本体を叩く。だが時間はかけられない。

バルドラートには位置の入れ替えがある。アレを使えば逆にアランに拘束を押し付けることも可能だ。

故にアランに求められるのは圧倒的な速さ。拘束を一瞬で済ませ、位置の入れ替えを行う隙すら与えずに本体を叩くことだ。


「《瞬間超強化(ハイバースト)風域結界(ウィンガシールド)跳躍(ストレイト)雷加速(アクセルボルト)》──《結合(チェインズ)》」


唱え、魔法を合成する。

おそらくチャンスは一度きりだ。この一撃、この一瞬で決める。


「《神速(オーバードライブ)》──《氷華爛漫(ヒョウカランマン)》ッ!!」


直後だった。アランの姿が消滅した。


***


「なっ!?」


バルドラートは驚愕した。

気づけば八人のバルドラートが全身を氷漬けにされていた。そして氷の束縛は止まらない。

瞬きをする間もなく、次々にバルドラートが氷漬けにされていく。もう既に二十人は氷漬けにされた。

音速すら超越して、アランはバルドラートたちの間を動き回っている。もはやバルドラートの目にはアランの残像すら映らない。

とにかくこのままではマズい。凍らされたバルドラートとアランの位置を入れ替え、アランの動きを止める必要が───


「ッ!!」


次の瞬間、アランはバルドラートの──それも本体のバルドラートの目の前にいた。

それ以外のバルドラートは全てが氷漬けにされて動けなくなっている。ピンポイントに本体以外を攻撃するとは、間違いなくアランは本体の位置を分かった上でこの一手を打っている。


アランが蛇腹剣を振りかぶる。刃は切れ目を境にいくつにも分離していた。刃たちの中には一本のワイヤーのような物が通っており、それが刃たちを繋ぎ、(むち)のようにしならせている。


「これで終いじゃアホンダラァァァ!!」


叫びながら、アランは蛇腹剣を振り抜く。バルドラートの腹は切り裂かれ、大量の血を吹き出した。

本体のバルドラートは分身のように、負傷するだけでは相手に負傷は返せない。返すには『その技』を使う必要がある。


「《鏡転する現実ミラーシブルシチュエーション》!!」


大量の血を流しながら、バルドラートは唱えた。

直後にバルドラートの負傷が消える。代わりにアランの腹が切り裂かれた。

自身の負傷をアランに移したのだ。これで再びバルドラートが有利に立った。

アランはおそらくこの反撃を予想していない。故にこれでアランは多少なりとも隙を見せるはずだ。その隙を付いて今度こそトドメを刺せばいいと。

そう考えていた。それで隙を晒すはずだと……


「馬鹿な……!?」


バルドラートは知らない。アラン・アートノルトという人間を。

アランが腹を切り裂かれた程度で隙を晒すような、常人の感覚の持ち主では無いという、その事実を。

腹部の傷に一切構うことなく、アランはバルドラートへと、


『蛇流氷王剣撃──雪崩舞(ナダレマイ)ッ!!』


告げ、その一足を踏み込んだ───直後。


「──がはッ!?」


舞い上がる鮮血。次いで全身を巡る激痛と冷気。

気づいた時には、バルドラートの体の至る所が切り裂かれていた。



***



「ゲホッゲホッ……」


バルドラートは口から血を吐き出す。本体が重傷を負った反動で、周囲の分身も消滅した。

バルドラートの身体中は切られ、負傷した部位は氷漬けにされている。おかげで身体が思うように動かない。

対するアランは既に治療魔法で負傷を治していた。蛇腹剣の分離した刃たちは再び連結し、元の一本の剣の形に戻っていた。


(やはり、治療魔法は使えないか……)


ヴィルから聞いていた通りだ。

何故かアランの前では魔法が使えない。集団戦を仕掛けていた時もそうだった。

本来バルドラートの戦い方は魔法があることでより効果を発揮する。負傷を相手に返す理不尽仕様の分身と共に一方的な集団戦を仕掛け、さらに魔法で自身の攻撃力を上げたり相手に妨害を仕掛けることで、相手を素早く仕留める。

だが魔法が使えなかったが故に、バルドラートは思うように戦えなかった。それでも不十分な手札でも挑み続けたが、やはりアラン・アートノルトを越えるには至らなかったか。


(いや、違うか)


むしろ魔法があってもこの男には勝てなかったような気がする。

アランが聖装具を使っていなかったからというのもある。だがそれとは別に、この男は全く『本気』を出していないと、戦闘者としての勘が告げていた。


「まさか、私が本体だと分かった上で攻撃していたとは……参考までに教えてくれないか、お前の策略を」


「はぁ……」


わざわざ教えてやる義理も無いのだが……この程度なら支障も無いか。

そんなことを内心で思いながら一度息を吐いて、


「お前が本体だと見抜くのは簡単だった。お前は()()しているからな。分身はあくまで魔力で形成されている故に呼吸する必要が無い。だがお前は生身の人間、呼吸しなければ生きられない。俺はその呼吸で生じる空気の流れを魔法で感知し、お前が本体だと見抜いた。それだけだ」


さも出来て当然だろと言いたげな態度で、アランは語る。


「あとはお前にトドメを刺す瞬間だ。お前は誰かの負傷を別の誰かに移す技を持ってる。だがその技、クールタイムがあるだろ。本当に無制限に使えるなら自傷してその傷を俺に移すこともできたはずだ。だがお前はそうしなかった。その理由は単純、もしお前が自傷した後に使ったとして、その後発生したクールタイムの間に相手から致命傷を受ければ自身の傷を移せないからだ。そのリスクを無くすためにお前はこの技を攻撃目的ではなく不意打ちやカウンターとして取っていた。違うか?」


「いいや、正解だ。まさにその通りだとも」


バルドラートは敵ながら感嘆の声を出してしまった。

驚いた、まさかここまで見抜かれていたとは。ヴィルが完敗したのも頷けた。


「最後、私が魔装能力でお前に負傷を返すのも予想していたのか?」


「もちろん。お前が最初にカルマースの傷を俺に移してから随分経ってたからな、流石にクールタイムは終わっているとは思ったさ。だから俺がお前にトドメの一撃を与えれば、お前が俺に傷を移すことは分かってた。だから一撃目は加減した。お前が俺に傷を移すよう決断して尚且つ俺が耐えられるレベルの一撃にな。本命はニ撃目、俺が負傷転換で隙を晒すと思い込んでいたお前は、俺の二撃目に反応できずに切られてお〜わりって話」


「……お前、本当に人間か?」


「それ以外の何に見える」


「バケモノだな」


「魔装士に言われたくねぇな」


言われ慣れた言葉ではあるが、少なくとも魔装具の使い手には言われたくない。それに正真正銘の世界最強、シリノア・エルヴィンスを知っているアランとしては、バケモノと呼ばれてもその言葉は身に余るとしか思えなかった。


「まぁ無駄話はこのくらいで良いだろう。悪いがお前にはさっさとくたばってもらう。お前のクールタイムが終わって傷を移されても面倒だからな」


言いながら、アランが近づく。バルドラートもなんとか剣を構えた。

最初に使った技──《鏡身無尽投影(ミラージュアバタース)》は自身と同等の分身を最大で三十人生成する技だ。だが生成するには相当の魔力を消費する上、分身が技を使えば本体のバルドラートの魔力が消費される。

要するに分身と共に戦っている間は魔力消費速度が倍になるのだ。三十人の分身を生成すれば、単純計算で魔力消費速度は三十倍だ。

燃費が悪いのは言うまでもない。少なくとも連続で使うには向いていない。

今のバルドラートでも《鏡身無尽投影(ミラージュアバタース)》を再発動して分身を作ることは出来るが、それでも十人程度が限界だろう。バルドラートにはその程度の魔力しか残されていない。


(まさしく危機的状況だな……クソ)


心の中でバルドラートは毒づく。

だが十分な時間は稼いだ。もう時期ヴィルも『リヴァイアサンの断片』を奪ってここから逃げている頃合いだ。

最悪自分はここで終わってもいいい。稼げるだけの時間を稼いで、その後可能なら逃げれば───


────ッ!!!


直後、大きな音と共に、勢いよく教会の扉が開かれた。

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