第三十六話 氷華爛漫
「……これは、どういうことだ?」
バルドラートは呟いた時には、目の前にいたはずのアランが消えていた。
アランはバルドラートたちから少し離れた場所にいた。しかも外傷が完治している。
奇妙な点があるとすれば、僅かに鼻血が流れていることか。
「やっぱ通常時に使うのはキツイな……もうちょい改善しないと」
鼻血を拭いながら、アランは息を吐く。
バルドラートがその気になれば、すぐにでもアランの位置を入れ替えることも出来ただろう。だが今は警戒した方がいいと考えた。
このまま位置を入れ替えても先程の魔法で逃げられる可能性があるのだから。
「お前、今使ったのは魔法か?」
「それ以外に何があるって言うんだよ。聖装具出してない俺には魔法しか使ねぇよ」
「……どうやら私が思う以上に魔法という力は優れた物だったらしい」
何をされたのかさっぱりだが、アランが自分には理解出来ない魔法を扱えることは分かった。
「お前のような優秀な者が仲間にいてくれたら私も楽だったのだがな。どうだ、アラン・アートノルト。我々の仲間になる気はないか?」
「寝言は寝て言え馬鹿野郎。俺がお前らの仲間になるメリットが皆無じゃねぇか」
「そうでもないと思うが……まぁいい。なら殺すとしよう」
再び戦闘態勢を取るバルドラートたちを前にアランも思案する。
──本体が誰かは分かっている。本体を狙おうと思えば出来るが、その行手を二十九人の分身が阻んでいる。分身を突破しない限り本体まで攻撃を届かせるのは難しい。
『魔法崩し』でバルドラートの魔法を抑えている故、俺の方が戦闘能力は勝っているが、分身も決して弱くはない。強行突破も楽ではないだろう。
おまけに分身は外傷を傷つけた相手に返すという馬鹿みたいな能力を持っているから、安易に分身を倒すこともできない。
ならば取れる手段は一つ。拘束して分身の動きを封じるしかない。
『閃剣ライキリ』を『虚空の手』に収納すると、別の武器を取り出した。
それは一本の剣。白い柄に美しい水色の刃。鍔には氷の花のようなものが付いている。
刃はアランの背丈の半分以上はある上、刃の全体には等間隔に切れ目のような線が刻まれている。普通の剣には見られない特徴だ。
魔導器『波零剣シモナギ』、氷属性に特化した蛇腹剣だ。
「剣を戻したかと思えば再び魔導器か。本当に聖装具を使わないんだな。お前本当に聖装士か?」
「よく言われるよ。ただ事情があるんだ。だからこれで勘弁してくれ」
「許しは必要ない。だがそれで死んでも自己責任だぞ」
「承知の上だ、安心しろ」
軽口を叩きながら蛇腹剣を構える。
分身を拘束するために時間はかけられない。バルドラートには位置の入れ替えがある。アレを使えば拘束を抜け出す事は容易だ。
アランに求められるのは圧倒的な速さ。拘束を一瞬で済ませ、位置の入れ替えを行う隙すら与えずに本体を叩くことだ。
「《瞬間超強化・風域結界・跳躍・雷加速》──《結合》」
おそらくチャンスは一度きり。
この一撃、この一瞬で決める。
「《神速》──《氷華爛漫》ッ!!」
直後、アランの姿が消滅した。
***
「なっ!?」
バルドラートは驚愕した。
気づけば数人のバルドラートが全身を氷漬けにされていた。さらに氷の束縛は止まらない。次々にバルドラートが氷漬けにされていく。
音速すら超越してアランはバルドラートたちの間を動き回っている。もはやバルドラートの目にはアランの残像すら映らない。
このままではマズい。凍らされたバルドラートとアランの位置を入れ替え、アランを止めなければ───。
「ッ!!」
次の瞬間、アランはバルドラートの目の前にいた。それも本体のバルドラートだ。
それ以外のバルドラートは全て氷漬けにされている。
アランは蛇腹剣を振りかぶる。刃は切れ目を境にいくつにも分離していた。
刃の中に通っているワイヤーが刃を繋ぎ、鞭のようにしならせている。
「これで終いだぁぁぁぁッ!!」
振り抜かれた蛇腹剣がバルドラートの腹を切り裂いた。
本体のバルドラートは分身のように負傷するだけでは相手に負傷は返せない。返すには魔装能力を発動する必要がある。
「《鏡転する現実》」
バルドラートの負傷が消えた瞬間、アランの腹が切り裂かれた。
自身の負傷をアランに移したのだ。これで再びバルドラートが有利に立った。
アランはおそらくこの反撃を予想していない。これでアランは隙を見せるはずだ。その隙を付いて今度こそトドメを刺せばいい。
バルドラートはそう考えていた。
これでアランは隙を晒すはずだと──。
「馬鹿な……!?」
結果はバルドラートの予想を超えた。
アランは前に踏み込む。腹の負傷に一切構うことなく、蛇腹剣を振り抜く。
「《雪崩舞》ッ!!」
鮮血が舞い上がる。次いで全身を巡る激痛と冷気。
気づいた時には、バルドラートの体の至る所が切り裂かれていた。
***
「げほッ……ゔッ……」
バルドラートは口から血を吐き出す。本体が重傷を負った反動で、周囲の分身も消滅した。
バルドラートは身体中を切られている上に、負傷した部位は氷漬けにされている。そのため身体が思うように動かない。
対するアランは既に治療魔法で負傷を治していた。蛇腹剣の分離した刃は再び連結し、元の形に戻っていた。
(やはり、治療魔法は使えないか)
ヴィルから聞いていた通りだ。
何故かアランの前では魔法が使えない。集団戦を仕掛けていた時もそうだった。
バルドラートの戦い方は魔法があることでより効果を発揮する。負傷を反射する一方的な集団戦の中、魔法で多彩な攻撃と妨害によって相手を素早く仕留める。
だが今回は魔法が使えなかった故に、思うように戦えなかった。
(……いや、違うか)
むしろ魔法があってもこの男には勝てなかった気がする。
アランが聖装具を使っていなかったからというのもある。だがそれとは別に、この男は全く本気を出していないと、戦闘者としての勘が告げていた。
「まさか、私が本体だと分かった上で攻撃していたとは……一体どういう理屈だ?」
「お前が本体だと見抜くのは簡単だった。お前は呼吸しているからな。分身はあくまで魔力で形成されている故に呼吸する必要が無い。だがお前は生身の人間、呼吸しなければ生きられない。俺はその呼吸で生じる空気の流れを魔法で感知し、お前が本体だと見抜いた。それだけだ」
さも出来て当然だろと言いたげな態度で、アランは語る。
「あとはお前にトドメを刺す瞬間だ。お前は誰かの負傷を別の誰かに移す技を持ってる。だがその技、クールタイムがあるだろ。本当に無制限に使えるなら自傷してその傷を俺に移すこともできたはずだ。だがお前はそうしなかった。その理由は単純、もしお前が自傷した後に使ったとして、その後発生したクールタイムの間に相手から致命傷を受ければ自身の傷を移せないからだ。そのリスクを無くすためにお前はこの技を攻撃目的ではなく不意打ちやカウンターとして取っていた。違うか?」
「いいや、まさにその通りだとも」
バルドラートは敵ながら感心してしまった。
「最後、私が魔装能力でお前に負傷を返すのも予想していたというか?」
「もちろん。お前が最初にカルマースの傷を俺に移してから随分経ってたからな、流石にクールタイムは終わっているとは思ったさ。だから俺がお前にトドメの一撃を与えれば、お前が俺に傷を移すことは分かってた。だから一撃目は加減した。お前が俺に傷を移すよう決断して尚且つ俺が耐えられるレベルの一撃にな。本命はニ撃目、俺が負傷転換で隙を晒すと思い込んでいたお前は、俺の二撃目に反応できずに切られて終わりって話だ」
アランのは考えは全て正しい。バルドラートは思わず苦笑してしまった。
まるで人間と戦っている気がしない。どうすれば自力でそこまで見抜けるというのか。
「無駄話はこのくらいで良いだろう。悪いがお前にはさっさとくたばってもらう。お前のクールタイムが終わって傷を移されても面倒だからな」
決着をつけるべくアランは剣を構える。バルドラートもなんとか剣を構えた。
《鏡身無尽投影》は自身と同等の分身を最大で三十人生成する技だ。だが生成するには相当の魔力を消費する上、分身が技を使えば本体のバルドラートの魔力が消費される。
要するに分身と共に戦っている間は魔力消費速度が倍になるのだ。三十人の分身を生成すれば、単純計算で魔力消費速度は三十倍だ。
燃費が悪い事は言うまでもない。
(まさしく危機的状況だな……クソ)
だが十分な時間は稼いだ。もう時期ヴィルも『リヴァイアサンの断片』を奪ってここから逃げている頃合いだ。
最悪自分はここで終わってもいいい。稼げるだけの時間を稼いで、その後可能なら逃げる。
バルドラートがそう考えた直後、大きな音と共に教会の扉が開かれた。




