第三十三話 厄災の使徒
魔装具──それは聖装具と対の存在となる武具の総称。
古来より厄災の象徴とされており、それを扱える者は『魔装士』と呼ばれ恐れられてきた。
魔装具は聖装具に似た特徴を持つ。
特別な才能を持つ者にしか扱えず、さらに『魔装能力』と呼ばれる特別な能力を宿している。
では魔装具は何が聖装具と違うのか。相違点は主な特徴は二つ。
一つ。魔装具は共通して『闇の力』を持つということ。
この闇の力が魔装具が恐れられる原因だ。耐性を持たない者が触れると心身に異常をきたす。
それ故に魔装具は破壊、もしくは封印されることが決まっている。
二つ。魔装具は聖装具とは入手方法が異なるということ。
魔装具は魔法生物から抽出される。もちろんどんな魔法生物からも抽出できるわけではない。
強大な力を持つ魔法生物に限り、魔装具を抽出できることがある。
その他にもこの世に現存している魔装具を入手する事もできる。魔装具は聖装具とは違い、契約主が死亡しても消滅しない。
故に魔装具は封印または破壊の処置が取られるわけだが、破壊されない限りは魔装具はこの世界に残り続けるのだ。
魔装具と契約出来る者など聖装士よりも少ないが、それだけに契約できた暁に入手できる力は強大だ。
そんな厄災の象徴たる魔装具の持ち主──魔装士の一人、ヴィル・カルマースが今、アランの前に立っていた。
「色々と聞きたいことはあるが……まずこれだけ聞かせてもらおう。アンタなんで俺の名前を知ってる?」
「簡単な話、うちの組織じゃ君は要注意人物に指定されているんだ。君に限らず、君たち『学園最高戦力者』五人は全員ね。なにせ君たちはエルデカ王国最強の聖装士だ。一人一人が大国を滅ぼせるほどの実力を持つと言われているけど……いやぁ実際に前にするとやっぱ感じるね。他の聖装士とはまるで気配が違う」
「なんかすげぇ過大評価されてる……」
──俺に大国に匹敵する実力なんてない。異端者なんて呼ばれているが、その実態はただの聖装具が使えないだけの半端者なのだが、それより。
「ていうか、アンタ今『組織』って言ったな」
「あれ、そんなこと言ったっけ?」
「言ったよ。気づいてなかったのか」
さてはコイツ馬鹿だな。そう思ったが口にはしなかった。
「組織ってことは、アンタには仲間がいるんだろ?思えば最初も『相方がいる』とか言ってたな。つまり今回の件、アンタ以外の奴も『リヴァイサンの断片』の奪取に加担してるのか?」
「さぁ、それは教えられないなぁ」
適当にはぐらかすヴィル。だが今の会話で確信できた。
どうやら危惧していた事は当たっていたらしい。
ヴィル・カルマースには仲間がいる。その仲間が『リヴァイアサンの断片』の奪取に協力していた場合、アランの敵は複数人。
もしヴィルが護衛を引き付けるための囮役で、その間に他の仲間が『リヴァイアサンの断片』を盗みに入った場合、誰もその者を止められない。
教会内には魔法罠を仕掛けている上に、『リヴァイアサンの断片』もかなり厳重に保管されている。奪取されるまで、それなりに時間はかかるだろう。だがあくまで時間稼ぎに過ぎない。
他の敵が教会に入る前に、ヴィルを倒すことが出来るか。
「はぁ……めんどくせぇ」
今回の依頼は敵側に魔装士がいる可能性があると分かっていたから、依頼を受けたくなかったのだ。
『リヴァイアサンの断片』で何をするつもりかは知らないが、魔装士にとってこれほど価値のある物もない。
断片とは言え、その中身は『十二死天の大厄災』の一部。魔装具を抽出することも、何かの儀式に利用することも出来るだろう。
魔装士の手に渡れば碌な事にならないのは確かだ。
アランは剣を構える。まずは相手の魔装能力や持っている技を調べる。
ある程度戦い方の目処が立つまでは通常武器で凌ぐしかない。
「へぇ、俺が魔装士と分かって尚、普通の武器で挑むか。噂通り、聖装具を使わないんだね」
「なんだ、不満か?」
「いいや、むしろやる気が湧いてきた。君に聖装具を出させてやりたくなってきた」
両手の装甲から生えた魔爪を構えて、ヴィルは戦闘態勢をとる。
「さぁて、相手は『学園最高戦力者』の一角だからね。悪いけど殺す気でいかせてもらうよッ!!」
次の瞬間、ヴィルは地を蹴った。
先程までとは比にならないほど速い。魔装具を開放したことで力が上昇している。
一瞬でアランとの距離を詰めると、右手の魔爪をアランの上体に振るった。
アランは魔爪を受け止めなかった。その場で屈んで魔爪を避けると、その姿勢のまま剣をヴィルの脚へ振るった。
「ははッ堅実だね!」
ヴィルは後方に宙返りしてアランの剣を回避する。着地したのはアランから少し離れた場所だ。
両手の魔爪に魔力を込めると、ヴィルは魔爪を振り回した。魔爪を振るたびに赤黒い斬撃が放たれる。
「《灼熱砲火》」
相殺するべく数発の熱線を放つ。
熱線は斬撃と衝突し、対消滅を起こすと思われたが、
「なっ!?」
思わず漏れたのは驚愕の声。熱線は斬撃を相殺するどころか、全く斬撃に対して効果を発揮しなかった。
斬撃は熱線を超えて、アランへと接近する。相殺することを諦めたアランは回避に徹した。
「《跳躍》!」
高速でヴィルの右側に移動した。
そして再び《跳躍》を発動し、一瞬でヴィルに接近する。
「速いな!一体どんな魔法だい?」
「教えるわけねぇだろ!」
アランとヴィルは同時に互いの矛を振り抜いた。直後に互いの刃が交差し、甲高い音が響く。同時に何かが砕ける音がした。
「マジか……!?」
その時、アランの剣は砕けていた。
驚愕するアランにヴィルは容赦なく次の攻撃を繰り出す。正体不明の魔爪がアランの頭上に振り下ろされた。
咄嗟に身を捻り、魔爪を回避する。
再びヴィルから距離を取るが、ヴィルはすかさずアランを追いかける。
近距離ではヴィルに有利があると分かっている故、ヴィルは絶対にアランに距離を取らせない。
アランに接近しては魔爪を振り下ろす。寸前で回避を続けるアランだが、このままでは埒が明かない。
「《風波動》」
何度か風魔法の衝撃波を放ってみるが、何故かヴィルは微動だにしなかった。おそらく魔装能力によって防がれている。
他にも攻撃魔法を放つが、やはり効かない。氷魔法で足を拘束してもヴィルはすぐに氷を解いた。ならばと結界で攻撃を受け止めても、魔爪を一振りしただけで結界は砕かれた。
どれだけ反撃してもヴィルの勢いは止まらない。このままではジリ貧だ。どうにかして距離を取らなければ魔爪に当たってしまう。
「やるね!武器も使わずにこの距離で避け続けるなんて!さすがだッ!だが君ならもっとやれるはずだ!アラン!」
「勝手に親しげに呼ぶな!」
「なら僕のこともヴィルと呼ぶといい!」
「呼ぶわけねぇだろ!カルマース!」
「君はあれかな?ツンデレというヤツかな?」
「テメェもう黙れ!喋んな!」
楽しげに笑いながら猛攻を仕掛けるヴィルと、怒号を飛ばしながら凌ぎ続けるアラン。
ヴィルの身体強化魔法を『魔法崩し』で無効化している故、これ以上ヴィルの攻撃速度が上がることは無いだろう。
だがこの状況は永続しない。魔法を放てば放つほど、アランの魔法がヴィルに通用しない事実が分かるだけだった。
「ただこのまま踊り続けるだけじゃ味気ないからね。ちょっとスパイスを加えようか!」
宣言と同時に、魔爪がより禍々しい光を放つ。
「《亡者の呪縛》!」
魔爪を振った瞬間、魔爪から爪の数と同じ四本の刃が放たれた。
アランは放たれた刃を回避する。だがヴィルの攻撃はそれだけでは終わらなかった。
回避したはずの刃が突然方向を変え、アランの背後に迫ってきた。
追尾型の攻撃だ。アランは熱線を放ってみるが、やはり熱線は通じない。刃は熱線を突っ切ってアランに迫る。
ならば迎撃以外の選択を取るしかない。
「《結界》!」
刃の軌道に沿うように結界を生成する。
結界は面積を絞って強度を上げている上に、刃の軌道に沿っている分、結界にかかる衝撃は軽減されている。少しならヴィルの攻撃にも耐えられるはずだ。
直後に刃が結界に触れるが、結界が砕けることは無かった。刃は結界によって僅かに軌道を変え、アランから逸れた。
苦肉の一手だが通じるだけマシだ。
魔力探知で刃の位置を捉えては、繰り返し結界を再展開して軌道を変え続ける。
さらにタイミングを見計らって結界の角度を調節し、逸らした刃同士を衝突させて消滅させた。
(クソっ埒が明かねぇ……!)
凌いでいるが、凌いでいるだけだ。状況は打開できていない。
その上、ヴィルが魔爪を振るたびに刃が増える。そのため対処が次第に遅れを見せてきた。
現状、アランの魔法はヴィルの魔装能力によって無力化されている。正しくは魔法の効力を削いでいるのだろう。
高威力な魔法を使えば押し切れるかもしれないが、今のアランにそれだけの余裕はない。
「《炎弾》」
回避の最中、生成したのは十発の炎弾。
だが、この程度の攻撃はヴィルには通じない。ヴィルもそれを理解している故、防御しなかった。
しかし炎弾は予想外の軌道を見せる。何故か炎弾はヴィルの横を通り過ぎてしまった。
コントロールを誤ったのだろうか。ヴィルは疑問に思ったが、その疑念はすぐに消えた。
考えてみれば当然の事だ。アランはヴィルの攻撃を回避しながら、周囲に結界を連続で展開している。
そんな状態で正確に炎弾の操作など出来るはずがない。
「《風握》」
それでもアランは魔法の行使を止めなかった。
次に唱えたのは空気の流れを操る魔法、《風握》。
強風がヴィルの背後から吹きつけた。
強風で姿勢を崩させる狙いだったのか。目的は不明だが、これもヴィルには通じない。
姿勢を崩すことなく、ヴィルは猛攻を続ける。
「《水弾》」
今度は水弾が生成される。弾数は炎弾と同じ十発。だが同じなのは弾数だけではなかった。
水弾もヴィルの横を通り過ぎた。
一体何をしたいのか。ヴィルが疑問に思った瞬間だった。
蒸発音と共にヴィルの背後から水蒸気が発生した。生じた水蒸気が辺りを満たし、ヴィルとアランの視界を覆う。
「これはっ!?」
突然の出来事に驚愕するのも束の間。アランが前へ踏み込んだ。
「《結界》!」
結界を纏わせた左拳でヴィルの鳩尾を殴り上げた。
直撃したヴィルは凄まじい勢いで吹っ飛ばされ、地面に背中を叩きつけた。
「ぐッ……がはっ……」
ヴィルはよろめきながらも立ち上がると、口から血を吐き出した。
「あの状況で巧妙な小細工を仕掛けるなんて、やるじゃないか」
先程の無意味に見えた一連の魔法はあの一瞬の隙を作るための小細工だ。
炎弾はコントロールミスではなく、敢えてヴィルの背後に飛ばされたのだ。ヴィルの魔装能力に触れて打ち消されないように。
その通り過ぎた炎弾をこちらに戻すために、アランはヴィルの後方から強風を起こした。
しかし背後からの不意打ちもヴィルには炎弾は効かない。故に炎弾は攻撃を目的にしたものではなかった。
その目的を実現したのが最後の水弾。これらが戻ってきた炎弾と接触し、炎弾を蒸発させて水蒸気を生んだ。
(頭痛ぇ……ちょっと無茶しすぎたか)
頭を抑えながらため息を吐く。考え過ぎたあまり頭痛がしていた。
「……無効化か」
アランの魔法はヴィルには通じなかった。
色々な属性の魔法を試してみたが、どれも同じく通じない。自身に触れた魔法の効果を弱めていたのだろう。
目にしたのは右手に握った剣の先端。魔爪によって折られた箇所は石屑をこぼしていた。
この剣は石で作られていない。破損してもこのような見た目にはならないはずだ。
これらが示唆することは、
「ああ、なるほど……劣化、つまりは触れた物を朽ちさせる力。それがお前の魔装能力か」
気づいたアランは、ヴィルに答えを突きつけた。
「はははッもう気づいたか!?まだ魔装具出してから数分しか経ってないのに、早すぎじゃない?」
「これでも頭脳戦を売りにしてるからな。考える力には自信がある」
剣が一撃で砕けたのは、魔爪に触れた瞬間に朽ちて耐久度が下がったからだ。魔法がヴィルに通じなかったのも、ヴィルが魔法の効力を朽ちさせていたからだ。
相手の魔装能力を早期に理解できたのは良いが、その脅威は衰えていない。
物質だけでなく魔法も触れられたら朽ちてしまう。ならば遠近共に撃ち合うのは難しい。
それに魔爪ほど強力ではなくとも、ヴィル本人にも劣化の魔装能力は付与されている。
先程は結界を纏った状態でヴィルを殴ったのでアランの体は無事で済んだが、直接触れるのは避けた方が良いだろう。
つまり触れたらアウト。触れられてもアウト。
なかなか理不尽な仕様をしているが、
「ここまで分かれば、十分だな」
折れた剣を左手の掌に押し当てると、剣は吸い込まれるように手袋に入っていった。
次に『虚空の手』から取り出したのは細身の白銀色の剣。剣の鍔には水色の宝石のようなものが付いている。
閃剣ライキリ、雷属性に特化した武器型魔導器だ。
「ほうほう、それは魔導器かい?」
「そうだ。普通の武器じゃ触れた瞬間に砕けちまうみたいだから、もうちょいマシな武器を出そうと思ってな」
「確かにマシだけど……魔装具や聖装具からすれば通常武器も武器型魔導器も同じようなモンだよ?まぁ君が使うとまた話が変わるみたいだけど」
ヴィルは魔爪を構え、再びにアランに接近した。
対するアランはその場から動かなかった。その場で剣を薙ぎ払い、
「───《氷雪世界》」




