第三十二話 襲撃者
ロマーシュアの奥地、数百年前から続く教会があった。教会の後ろ側には山があり、森林が生い茂っている。
現在時刻は夜の十一時。静まり返った教会の前を、一人の男が歩いていた。
「はぁ……眠い眠い。なぁんでこんな時間に仕事なんかしないといけないんですかねぇ」
愚痴を吐きながら教会へ近づいていく。
男は漆黒のローブを羽織っているため姿が見えない。顔もフードによって隠れている。
「えっと……確かアレは地下室にあるんだよなぁ。それでそこまで行くのに……」
歩きながら男は計画を振り返る。ここに来たのは教会に保管されている物を奪取するためだ。
既に姿を誤魔化す魔法──《透明化》によって姿を隠している。あとは教会内の人間に注意しながら教会に潜入するのみ。
「まっ誰かがいても切るだけですけどねぇ」
男の腰の両側には一本ずつ剣が帯刀されていた。彼はこれらの凶器で何度も人を切ってきた。
今更この男は殺人など歯牙にもかけない。とっくにマトモな倫理観は捨てていた。
「さぁて、お宝探しと行こうかな」
男が教会の扉の前に立った───次の瞬間。
「こんな夜遅くに神様にお祈りとは、敬虔な信者がいたものだ」
「ッ!?」
背後から声がした。
反射的に男が背後に振り返った先、立っていたのは一人の黒髪の少年。
見覚えのある黒のローブを纏い、手には黒い手袋をつけている。
少年の姿は異様にこの夜闇に馴染んでいた。
「悪いが、もう教会は閉まってるんだ。礼拝ならまた明日の朝にしてくれないか?」
少年は明らかに男の姿が見えていた。彼の視線は確かに男の顔を捉えている。
こうなったら隠れる意味も無い。男は《透明化》を解いた。
「なんと、そうでしたか。仕事帰りに寄ろうと思っていたのですが、もう閉まっていたとは。これは残念、では今日は帰るとしましょう」
適当な嘘を並べ、男は教会の扉の前から離れた。
「ところで、貴方はここで何をしていたのですか?そのローブ、確かエルデカ王国立聖装士学園の制服でしたよね?となると貴方は聖装士、そんなエリート様が出歩くべき時間ではないと思いますが……」
「ははっ確かにその通りだ。俺も出来るなら早く家に帰ってベッドで寝たいところなんだが、生憎とここの護衛を任されていてな。なんでも近頃この辺りで不審者が出没するらしい」
「不審者とは……それはそれは、恐ろしいですね」
「ああまったく、恐ろしい限りだ」
上部だけの言葉を交わす内にも、二人の間の空気は緊張感を帯びていく。
既に燃料は撒かれた。後はどちらが火を投げるか。
「ああ、それと会ったついでに聞かせて欲しい。貴方はその不審者の特徴について何か知っていることはないか?」
「知っていることですか」
「そうだ、例えば……」
一泊を置いて、少年は言う。
「漆黒のローブで全身を隠してる。性別は男。髪は白髪で、右肩に髪をかけている。そして腰の両側には剣を一本ずつ帯刀していたり……とかな」
「ッ!!」
直後、男は帯刀していた剣を一本引き抜いた。
相手は聖装士。聖装具を出されたら流石に厄介だ。聖装具を出される前に決着をつけるのが最善手だ。
「《身体強化》」
身体強化を施し、男は少年との距離を詰めた。
素早い動きだ。戦い慣れている者でなければ出来ないだろう。
少年の前に立つと、喉元目掛けて刺突を繰り出す。
だが、
「まぁまぁ落ち着けって。そう慌てるなよ、不審者」
刺突は少年の喉元には届かなかった。
少年は片手で剣を受け止めていた。左手の人差し指と中指で刃を挟んで止めている。
「なっ!?」
男は驚愕していた。
身体強化をした上で放った刺突が、たった二本の指で止められた。一体どんな握力をしているのか。
いや、違う。
(《身体強化》が、発動していない?)
何故か男の身体強化魔法は効果を失っていた。
男は身体強化を解いていない。発動させたまま少年に突撃し、刺突を繰り出した。
その中で気づけば魔法が解けていた。
「どうした?何か不祥事でも起こったか?」
少年はわざとらしく言ってのける。
「ははッそうだな、確かに不祥事だ。まさか魔法の効果が消えるなんて」
「へぇ、魔法が機能しなかったのか。それはいけないな。疲労が溜まってるんじゃないのか?」
「確かに最近は働き詰めだったから疲れてるよ。相方が人使いが荒い人でさ。苦労してるんだよね」
「人使いが荒い相方か……気持ちは分かるよ。俺も本当はここの護衛なんてやりたくなかったんだけどな。ちょっとばかし乱暴な奴がいてさ。ソイツに護衛の依頼を押し付けられたんだ」
「そうだったのか。君も大変なんだな。ここが教会じゃなくて酒場だったら、君とはいい酒が飲めただろうに」
「確かにアンタとなら話は合いそうだが、どうせ行くなら酒場じゃなくてカフェとかにしてくれ。俺あんま酒好きじゃないんだよ」
過去に酒を飲んだ事はあるが、アランの舌にはあまり合わなかった。
「はははッそうだったか。なら仕方ない。苦手な物を無理やり飲ませる訳には……いかないねッ!」
次に男は左足で蹴りを放った。
だがそれも不発に終わる。少年は放たれた蹴りをあっさりと右手で掴む。
そして、
「足癖が悪い不審者だ、《麻痺電流》」
右手から流れ出た電流が男の身体を麻痺させた。
「ちょいとばっか寝ててくれ」
右手を左足から離すと、少年は右拳を男の腹部に放った。
男は麻痺して動きが鈍っている。回避は間に合わない。
「《結界》……!」
寸前で防御魔法を唱える。少年の拳の軌道上に現れた透明な防壁が、少年の打撃を受け止め、消滅した。
威力に負けて砕けたのではない。拳が触れた瞬間、結界は解けるように消えたのだ。
少年の拳は結界を超えて、そのまま男の腹部を穿った。
数メートル先まで男は吹き飛ばされる。勢いのまま地面を転がるが、すぐに手をついて起き上がった。
「くッ……なかなか良いパンチじゃないか」
殴り飛ばされた拍子に男のフードが取れていた。男の外見は少年が言った通りの白髪。伸びた髪を束ねて右肩にかけていた。
「そっちは随分と硬い体してんだな。これでも身体強化は使ってるんだが」
「仕事柄鍛えてるんだ。パンチ一発程度でくたばる程僕はぬるくないよ」
「へぇ。それは困った」
適当に感想を漏らす少年を前に、男は考える。
何故か先程から魔法が一切機能しない。透明化は見破られ、身体強化はいつの間にか解除させられ、結界は触れただけで壊された。
あの少年は何をしているのか。魔法を打ち消す魔法など存在しない。聖装能力で打ち消しているのかと思ったが、未だに聖装具を出していない。
聖装能力とは聖装具を介して使える力だ。聖装具を出していないあの少年に、魔法を打ち消すような真似ができるとは思えないが。
「俺も予定が詰まっていて時間が無いんだ。さっさと倒れてくれるとありがたい」
少年は右手を左手の掌に当てると、左手の掌から一本の剣を引き抜いた。
剣を構え、男に突撃する。
男も剣を構えて少年の剣戟に対抗した。火花を散らしながら、二人は夜闇の中で剣戟を繰り返す。
両者共に剣術は卓越していた。だが技量に於いて勝っているのは少年の方だった。
数十合の後に、男の剣が手元から弾き飛ばされた。続けて攻撃を仕掛ける少年から、男は地を蹴って距離をとる。
すぐにもう一本の剣を取り出した。再び少年の剣戟に応じるが、やはり力量差は明白だった。
何度試しても男の身体強化魔法は発動しない。いや、身体強化だけではない。
他にも攻撃魔法を繰り出そうとするが、全て不発に終わる。
正体不明の不調を解決する暇もなく、男は少年の剣戟に押されていった。
(……そうか、そういうことか!)
その時、男は理解した。今自分が誰と戦っているのかを。
この外見。この実力。そして聖装士なのに聖装具を使わないという異常。
間違いない、この少年は───。
(こいつ……アラン・アートノルトかッ!)
エルデカ王国立聖装士学園が誇る『学園最高戦力者』にして『国家最高戦力者』が一人。
学年実力序列第二位、聖裝士一の異端者、アラン・アートノルト、その人だった。
***
剣を交える度に男の体勢が悪くなる。アランは常に優位に立っていた。
聖装具を持たない一般人が使える技は魔法だけに限られる。だがアランはその魔法を唯一無二の得意技である『魔法崩し』によって無効化できてしまう故、魔法は効果を発揮しない。
『魔法崩し』の原理の都合上、アランが扱えて且つ完璧に構造を理解していてる魔法しか無効化できないので、アランが知らない魔法や使えない魔法は無効化できないという欠点もある。
だがそのような魔法はこの世に数えるほどしか存在しない。少なくともこの男はそんな魔法は持ち合わせていなかった。
「ッ!!」
アランが回転と共に剣を素早く薙ぎ払う。遠心力を乗せた一閃は男の剣を再び弾き飛ばした。
今度こそ男は無防備だ。再び男は距離を取ろうとするが、二度目はない。
「《凍結》」
アランの足元から伝った氷が男の脚を氷漬けにした。もはや男は逃げられない。
「これも依頼だ。悪く思うなよ」
アランは剣を振りかぶる。
本気で男を切るつもりだ。当たれば重傷は避けられない。
刃が横腹に迫る。勝負を決める最後の一撃が、男の横腹に触れかけた、その時。
「───来い、《朽魂の呪爪》」
瞬間、厄災は解き放たれた。
***
男を中心に辺り一帯に暴風が巻き起こった。
暴風と共に吹き荒れるのは闇の魔力。触れるだけで気分が悪くなるような、赤黒く染まった闇が辺りに蔓延していく。
アランは反射的に男から距離を取った。
「いやぁ悪いね。手加減するつもりはなかったんだけど、上からの指示でさ。なるべく力は隠せって言われてたんだけど……君が相手だと、そういう訳にもいかないな」
暴風が止んだ時には、男の両手に先程までは無かった武具が取り付けられていた。
両手を覆う灰色の装甲。装甲には所々に小さな亀裂が入っており、そこから赤黒い炎が漏れている。
さらに装甲の上側、手の甲の先から四本の赤い刃が爪のように伸びていた。
「紹介するよ、コイツは僕の『魔装具』、《朽魂の呪爪》。あ、ちなみに僕はヴィル・カルマースだよ。よろしく、アラン・アートノルト」
その武具の名は『魔装具』。闇を身に纏いながら、ヴィル・カルマースはそう告げた。




