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聖装士学園の異端者  作者: 綿砂雪
第四章
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第百二十一話 無口な客人

突然の出来事に、アランたちの理解は追い付いていなかった。

攻撃は受けていない。気付けば背が地に付いていた。

困惑しながらも、体を起こす彼らに、何者かが声をかける。


「二人とも今すぐ戦闘を止めろ。これ以上は私が許さん」


若々しくも、威厳のある声と気配。二人はそれに覚えがあった。


「アンタは……」

「学園長っ!?」


そこにはシリノアが立っていた。シリノアの(そば)には、アシュリーもいる。

アシュリーがシリノアを連れてきたのだろうと、アランは察した。


「よくもここまで暴れてくれたな。ただの喧嘩なら、私の出る幕は無いと油断していたが、なんだこの有様は。学園の敷地の半分以上が壊滅しているではないか」


二人は改めて周りを見た。

学園の敷地は荒れ果てていた。地面が抉れ、植木が灰となり、建物も崩壊している。

数十分前まであった美しい学園の面影は無い。戦闘中の彼らは互いを捻じせることに必死で、周りへの被害など微塵も考えていなかったのだ。

アランは平然としているが、グレイはひどくショックを受けていた。


「はぁ……こんな事にも気付けなかったのか。余程頭に血が昇っていたんだな。生徒や教員は避難させているから無事だが、後片付けをどうするか……」


シリノアは大きくため息を吐いた。

地面の舗装や建物、学園内の備品など、様々なものが破壊されている。この惨状から回復するには手間がかかる。


「大体の経緯はアシュリー・フォンラッドから教えてもらった。もちろんお前たちは指導対象だ。学園の敷地破壊、無断での戦闘行為と傷害行為、生徒や教員を危険に晒した事……厳罰は避けられないと思え」


「しかし、俺は……!」


「言い訳は後で聞く。まず学園長室に来い。話はそれからだ。君にも来てもらうぞ、アシュリー・フォンラッド」


四人は学園長室に向かった。その間、アランとグレイは常に睨み合っていた。



***



学園長室に向かう道中、アランに麻痺させられていた三人の生徒も合流した。

今回の騒動に関わった六人は、学園長室でシリノアに事情を説明した。

全てを聞いた後、シリノアは言った。


「アシュリー・フォンラッドを除き、お前たちを停学処分とする」


アシュリーに迷惑行為を加え、アランに戦闘行為を仕掛け、その後の大喧嘩の引き金となった三人組には、三週間の停学処分が下った。


風紀委員として務めを果たそうとしたとは言え、正しく状況を理解する努力をせず、アランに戦闘行為・障害行為を仕掛け、学園の敷地を破壊し、生徒や教師を危険に晒したグレイには、三週間の停学処分が下った。


学園の敷地を破壊し、生徒や教師を危険に晒したアランは二週間の停学処分が下った。なおアランの戦闘行為・障害行為は正当防衛と見做(みな)されたため、他四人より罰が軽く済まされた。


「停学期間は明日からだ。停学中に、自分の犯した罪と今後の在り方ついて良く考えることだ」


その後、生徒たちは学園長室を去った。アランとシリノアだけが、その場に残っていた。


「……お前、今回は流石に暴れすぎだ。確かにグレイ・フォーリダント達の対応を考えれば、やり返したくなるのも分かる。だがな、もっと冷静に事を運べ。既にお前は、この学園で大きな影響力を持つ存在に成っているのだからな」


「…………」


「……アラン?」


アランは無言で突っ立っている。シリノアが尋ねると、ようやく口を開いた。


「あのグレイ・フォーリダントとか言う奴……何者だ?」


アランの頭には、先程の戦闘の記憶が強く残っていた。

シリノアには遠く及ばないが、アランが驚愕し、関心を持つには十分な実力がグレイにはあった。


「彼は学園の歴史上でも、類を見ないほどの天才だ。お前は知らないだろうが、この国には王家直属聖装士団という部隊がある。簡単に言えば、この国で最強の聖装士集団だ。彼は聖装士団の現団長の実の息子に当たる。それだけに、凄まじい才能と強靭な精神を持っている。既に現団長の実力を超えているという噂もあるらしい」


「正真正銘、エルデカ王国最高峰の実力者ってワケか」


「お前はどう感じた?彼と戦って、何を思った」


「強かった。悔しいけど、俺はほぼ常にやられっぱなしだった。策も小細工も通用しない。単純な戦闘能力でも圧倒された。何よりアイツは……俺の調子が上がっても、喰らいついてきた。リオは余裕で圧倒できたのに、アイツは圧倒できなかった」


「ほう……調子というのは、第一回序列戦で言っていた現象のことか。アレがまた起きたと言うのか」


「多分、同じ現象だと思う。アイツにズタボロにされて、どうしようもないくらい追い詰められた時、変な感じがしたんだ。頭が一気に冴えて、いつもは出来ないような事が、平気で出来るようになった」


今では、その状態こそが自身の本領、つまり本気を出せる状態と定義しているが、当時のアランはその状態がどういうものか理解していなかった。


「だから、なんと言うか……アイツが特別なのは分かってるけど……」


言いづらそうな態度をしながら、アランは言った。


「……意外と、聖装士も捨てたモンじゃないんだな」


腹立たしいが、グレイの実力は認めるしかない。

少数かもしれないが、この世にはアランと渡り合える聖装士が確かに存在するのだ。


「今後はちょっと気持ちを改めて、学業に臨むことにするよ」


自分は浮かれていい立場ではなかった。それを自覚し、アランはシリノアに背を向ける。

アランが学園長室を出る寸前、シリノアは尋ねた。


「なぁアラン、お前は追い詰められた時、調子が上がったと言ったな」


「そうだけど、それがどうかしたか?」


「調子が上がっていた時の事について、何か覚えてる事はないか?きっかけになった事や、その時の感情だとか、何でもいい。心当たりがあれば教えてくれ」


「心当たり、か……」


顎に手を当て、戦闘中の自分を思い出す。


「何もかおかしな事は無かったと思う。あの時はとにかくアイツに勝つために必死で……気付いたら強くなってた」


「本当に何も無かったのか……」


シリノアは少し考え込んだ。


(やはりそうか……■■はアランに負の面を自覚させないつもりか。相変わらずだな)


「……師匠?」


「何でもない。お前も今日は帰って休め。お前なら二週間休んだところで、特に問題無いだろ」


「無いけど、暇ではある」


「なら暇な時はここに来い。いつも通り、修行用の空間は用意しておく」


「助かるよ。じゃあな」


アランは学生寮の自室に戻った。

先程の戦闘で、制服はボロボロだ。体も血(まみ)れである。

今すぐ休みたいが、まず服と体をどうにかしなければならない。


(あの野郎、よくもやってくれたな……あとで修繕所に制服持ってかねぇと)


目立たない程度に着替えると、ボロボロの学生服を持って寮の共同浴場に向かった。

共同浴場は男女で分かれており、二十四時間いつでも使うことができる。温かい湯は疲弊した体に最高の癒やしを(もたら)してくれた。


浴場を出た後は、修繕所に制服を預けた。

この学園では頻繁に生徒の制服が汚れる、または損傷するため、制服の修復を担っている場所がある。それが修繕所だ。

制服を預けた時、受付の職員が激しく動揺していたが、アランは気にしなかった。


再び寮の自室に戻ったところで、アランは足を止める事になる。

自室の扉の前に見覚えのある生徒がいる。

紫の短髪、小柄な体格、寡黙そうな雰囲気。

見間違えるはずがない。アランが助けた生徒、アシュリー・フォンラッドだ。


「えーっと、アシュリー・フォンラッドさん、だよな?俺に何か用か?」


色々あった後なので、アランは遠慮気味に尋ねてみる。

アシュリーはアランの方を向くが、やはり口を開かない。アランは困り果ててしまった。

こんな時こそ、リオのようなコミュニケーション能力と親しみやすさが自分にあれば、と思う。


「……まぁ、なんだ……その……部屋、入るか?」


「……(こくり)」


無言でアシュリーが頷いたので、アランは部屋の鍵を開けた。


「その辺に座ってくれ。当分は暇だからな、時間は気にしなくていいぞ」


会話が苦手と思われるアシュリーのために、時間に余裕を持たせる言葉をかけたつもりだった。

だがアランの想定とは裏腹に、アシュリーは申し訳なさそうな顔をした。


「……ごめん」


「え?」


「私のこと……助けて…くれたのに……私のせいで……」


「謝らないでくれよ。アンタを助けたのは俺の勝手だ。俺がグレイ・フォーリダントに喧嘩ふっかけられたのは、アイツの頭の悪さが原因だ。アンタは何も悪くない」


「でも、私が……ちゃんと……説明…できてたら……きっと…変わってた……はず」


アシュリーが話せていれば、アランがトラブルに巻き込まれることは無かったかもしれない。アシュリーがグレイに説明できていれば、アランとグレイが殺し合う事も無かったかもしれない。

アシュリーは大きな罪悪感を抱いていた。


「……アラン……アートノルト……その、お礼……させて……ほしい」


「いやお礼なんて……」


「そうしないと……気が、済まない……から……私、ちょっと……話すの、苦手……だけど………出来ることが、あれば……言って……」


「……そうか」


そこまで言われては、流石に無碍には出来ない。

アランは考えた。この状況で何かして欲しい事はあるかと。

今は特に困っている事は無い。やりたい事もあまり無い。金銭が関わる頼み事は罪悪感があるので、流石に遠慮したい。


「う〜ん」


目を瞑り、考え続けた結果、アランは一つの提案に至った。


「じゃあさ、暇潰しに付き合ってくれないか?」


「暇……潰し……?」


「さっきも言ったけど、当分は暇になるからさ。俺、友達一人しかいなくて……隣の部屋に住んでるリオ・ロゼデウスって奴なんだけど、アイツとも常に暇な時間が合うわけじゃないから。暇潰しの相手になってほしい」


「良い、けど……何するの……?」


「何でもいい。適当に喋るとか、遊ぶとか、勉強するとか、天上のシミを数えるとか。まぁ俺も対人経験が少ないから、イマイチ何すれば良いか分かんないけど」


「……なるほど」


アシュリーは今回の一件で実感した事がある。

口下手な自分を直さなければ、また何かのトラブルを引き起こすかもしれない。いい加減、人と話す事に慣れるべきだ。アランの暇潰しに付き合っていれば、自然とマシになるだろう。

これは恩返しも兼ねられる良い話だ。


「分かった……じゃあ、それで……」


このぎこちない承諾が、二人の関係の始まりだった。

互いに人付き合いに慣れてない者同士なので、最初は本当に微妙な間柄だった。そこを上手く取り持ったのが、人間関係のプロフェッショナル、リオである。


三人はすぐに仲を深めた。この日の二週間後には、リオとアシュリーにアランが聖装具の正体を明かすくらいには仲良くなかった。

当時は無口だったアシュリーは、今では何も意識せずともスムーズに話せるようになった。アランもかなり人付き合いが上手くなった。

きっかけになってくれたリオには、二人はかなり感謝している。言葉にしたことは一度も無いが。

大問題はあったものの、結果的に見れば、アランは多く得をしたのである。



***



アランとアシュリーがぎこちない会話をしていた頃、学園長室に訪れていた者がいた。

ピンクの短髪の少女が、気怠げにソファに転がっている。半開きの眠そうな蒼い双眸(そうぼう)で、シリノアを見ていた。


「……という訳で、学園の敷地の修復を君に頼みたい。シエル・グレイシア」


シエル・グレイシアは一度大きく欠伸(あくび)をすると、シリノアの提案に返事した。


「面倒だぁけど、そぉのくらいの規模ならぁ……まぁ良いよぉ。受けてぇあげる」


その代わり、とシエルは人差し指を立てた。


「さっきのぉ条件にプラスでぇ、もう一個、条件をぉ追加してぇも良いかぁな?」


「構わない。何が欲しいんだ?」


「まだ先の話になぁるけど、第二回序列戦があるじゃぁん……そこでさぁ」


珍しく笑みを浮かべながら、シエルは告げた。


「アラン・アートノルトと戦わせてほしいなぁって」


「アイツとか?」


「そっそ〜。あの戦いを見てたぁら、ちょっと気にぃなってきちゃってぇさ。私もアラッチも実技成績近いしぃ、不可能じゃないでぇしょ?」


「確かに可能だが……」


意外な提案だったので驚いたが、デメリットのある話ではない。むしろ今のアランには、良い経験になるだろう。


「分かった。その条件を呑もう」


「うぅい、じゃあ今晩中に敷地ぃ治しとくかぁら」


シエルはゆっくりと体を起こし、寮の自室に帰った。

アランが知らないところで、些細な裏工作が行われていたのだった。この事を知るのは、アランがシエルに勝った後である。

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