第百二十一話 無口な客人
突然の出来事に、アランたちの理解は追い付いていなかった。
攻撃は受けていない。気付けば背が地に付いていた。
困惑しながらも、体を起こす彼らに、何者かが声をかける。
「二人とも今すぐ戦闘を止めろ。これ以上は私が許さん」
若々しくも、威厳のある声と気配。二人はそれに覚えがあった。
「アンタは……」
「学園長っ!?」
そこにはシリノアが立っていた。シリノアの側には、アシュリーもいる。
アシュリーがシリノアを連れてきたのだろうと、アランは察した。
「よくもここまで暴れてくれたな。ただの喧嘩なら、私の出る幕は無いと油断していたが、なんだこの有様は。学園の敷地の半分以上が壊滅しているではないか」
二人は改めて周りを見た。
学園の敷地は荒れ果てていた。地面が抉れ、植木が灰となり、建物も崩壊している。
数十分前まであった美しい学園の面影は無い。戦闘中の彼らは互いを捻じせることに必死で、周りへの被害など微塵も考えていなかったのだ。
アランは平然としているが、グレイはひどくショックを受けていた。
「はぁ……こんな事にも気付けなかったのか。余程頭に血が昇っていたんだな。生徒や教員は避難させているから無事だが、後片付けをどうするか……」
シリノアは大きくため息を吐いた。
地面の舗装や建物、学園内の備品など、様々なものが破壊されている。この惨状から回復するには手間がかかる。
「大体の経緯はアシュリー・フォンラッドから教えてもらった。もちろんお前たちは指導対象だ。学園の敷地破壊、無断での戦闘行為と傷害行為、生徒や教員を危険に晒した事……厳罰は避けられないと思え」
「しかし、俺は……!」
「言い訳は後で聞く。まず学園長室に来い。話はそれからだ。君にも来てもらうぞ、アシュリー・フォンラッド」
四人は学園長室に向かった。その間、アランとグレイは常に睨み合っていた。
***
学園長室に向かう道中、アランに麻痺させられていた三人の生徒も合流した。
今回の騒動に関わった六人は、学園長室でシリノアに事情を説明した。
全てを聞いた後、シリノアは言った。
「アシュリー・フォンラッドを除き、お前たちを停学処分とする」
アシュリーに迷惑行為を加え、アランに戦闘行為を仕掛け、その後の大喧嘩の引き金となった三人組には、三週間の停学処分が下った。
風紀委員として務めを果たそうとしたとは言え、正しく状況を理解する努力をせず、アランに戦闘行為・障害行為を仕掛け、学園の敷地を破壊し、生徒や教師を危険に晒したグレイには、三週間の停学処分が下った。
学園の敷地を破壊し、生徒や教師を危険に晒したアランは二週間の停学処分が下った。なおアランの戦闘行為・障害行為は正当防衛と見做されたため、他四人より罰が軽く済まされた。
「停学期間は明日からだ。停学中に、自分の犯した罪と今後の在り方ついて良く考えることだ」
その後、生徒たちは学園長室を去った。アランとシリノアだけが、その場に残っていた。
「……お前、今回は流石に暴れすぎだ。確かにグレイ・フォーリダント達の対応を考えれば、やり返したくなるのも分かる。だがな、もっと冷静に事を運べ。既にお前は、この学園で大きな影響力を持つ存在に成っているのだからな」
「…………」
「……アラン?」
アランは無言で突っ立っている。シリノアが尋ねると、ようやく口を開いた。
「あのグレイ・フォーリダントとか言う奴……何者だ?」
アランの頭には、先程の戦闘の記憶が強く残っていた。
シリノアには遠く及ばないが、アランが驚愕し、関心を持つには十分な実力がグレイにはあった。
「彼は学園の歴史上でも、類を見ないほどの天才だ。お前は知らないだろうが、この国には王家直属聖装士団という部隊がある。簡単に言えば、この国で最強の聖装士集団だ。彼は聖装士団の現団長の実の息子に当たる。それだけに、凄まじい才能と強靭な精神を持っている。既に現団長の実力を超えているという噂もあるらしい」
「正真正銘、エルデカ王国最高峰の実力者ってワケか」
「お前はどう感じた?彼と戦って、何を思った」
「強かった。悔しいけど、俺はほぼ常にやられっぱなしだった。策も小細工も通用しない。単純な戦闘能力でも圧倒された。何よりアイツは……俺の調子が上がっても、喰らいついてきた。リオは余裕で圧倒できたのに、アイツは圧倒できなかった」
「ほう……調子というのは、第一回序列戦で言っていた現象のことか。アレがまた起きたと言うのか」
「多分、同じ現象だと思う。アイツにズタボロにされて、どうしようもないくらい追い詰められた時、変な感じがしたんだ。頭が一気に冴えて、いつもは出来ないような事が、平気で出来るようになった」
今では、その状態こそが自身の本領、つまり本気を出せる状態と定義しているが、当時のアランはその状態がどういうものか理解していなかった。
「だから、なんと言うか……アイツが特別なのは分かってるけど……」
言いづらそうな態度をしながら、アランは言った。
「……意外と、聖装士も捨てたモンじゃないんだな」
腹立たしいが、グレイの実力は認めるしかない。
少数かもしれないが、この世にはアランと渡り合える聖装士が確かに存在するのだ。
「今後はちょっと気持ちを改めて、学業に臨むことにするよ」
自分は浮かれていい立場ではなかった。それを自覚し、アランはシリノアに背を向ける。
アランが学園長室を出る寸前、シリノアは尋ねた。
「なぁアラン、お前は追い詰められた時、調子が上がったと言ったな」
「そうだけど、それがどうかしたか?」
「調子が上がっていた時の事について、何か覚えてる事はないか?きっかけになった事や、その時の感情だとか、何でもいい。心当たりがあれば教えてくれ」
「心当たり、か……」
顎に手を当て、戦闘中の自分を思い出す。
「何もかおかしな事は無かったと思う。あの時はとにかくアイツに勝つために必死で……気付いたら強くなってた」
「本当に何も無かったのか……」
シリノアは少し考え込んだ。
(やはりそうか……■■はアランに負の面を自覚させないつもりか。相変わらずだな)
「……師匠?」
「何でもない。お前も今日は帰って休め。お前なら二週間休んだところで、特に問題無いだろ」
「無いけど、暇ではある」
「なら暇な時はここに来い。いつも通り、修行用の空間は用意しておく」
「助かるよ。じゃあな」
アランは学生寮の自室に戻った。
先程の戦闘で、制服はボロボロだ。体も血塗れである。
今すぐ休みたいが、まず服と体をどうにかしなければならない。
(あの野郎、よくもやってくれたな……あとで修繕所に制服持ってかねぇと)
目立たない程度に着替えると、ボロボロの学生服を持って寮の共同浴場に向かった。
共同浴場は男女で分かれており、二十四時間いつでも使うことができる。温かい湯は疲弊した体に最高の癒やしを齎してくれた。
浴場を出た後は、修繕所に制服を預けた。
この学園では頻繁に生徒の制服が汚れる、または損傷するため、制服の修復を担っている場所がある。それが修繕所だ。
制服を預けた時、受付の職員が激しく動揺していたが、アランは気にしなかった。
再び寮の自室に戻ったところで、アランは足を止める事になる。
自室の扉の前に見覚えのある生徒がいる。
紫の短髪、小柄な体格、寡黙そうな雰囲気。
見間違えるはずがない。アランが助けた生徒、アシュリー・フォンラッドだ。
「えーっと、アシュリー・フォンラッドさん、だよな?俺に何か用か?」
色々あった後なので、アランは遠慮気味に尋ねてみる。
アシュリーはアランの方を向くが、やはり口を開かない。アランは困り果ててしまった。
こんな時こそ、リオのようなコミュニケーション能力と親しみやすさが自分にあれば、と思う。
「……まぁ、なんだ……その……部屋、入るか?」
「……(こくり)」
無言でアシュリーが頷いたので、アランは部屋の鍵を開けた。
「その辺に座ってくれ。当分は暇だからな、時間は気にしなくていいぞ」
会話が苦手と思われるアシュリーのために、時間に余裕を持たせる言葉をかけたつもりだった。
だがアランの想定とは裏腹に、アシュリーは申し訳なさそうな顔をした。
「……ごめん」
「え?」
「私のこと……助けて…くれたのに……私のせいで……」
「謝らないでくれよ。アンタを助けたのは俺の勝手だ。俺がグレイ・フォーリダントに喧嘩ふっかけられたのは、アイツの頭の悪さが原因だ。アンタは何も悪くない」
「でも、私が……ちゃんと……説明…できてたら……きっと…変わってた……はず」
アシュリーが話せていれば、アランがトラブルに巻き込まれることは無かったかもしれない。アシュリーがグレイに説明できていれば、アランとグレイが殺し合う事も無かったかもしれない。
アシュリーは大きな罪悪感を抱いていた。
「……アラン……アートノルト……その、お礼……させて……ほしい」
「いやお礼なんて……」
「そうしないと……気が、済まない……から……私、ちょっと……話すの、苦手……だけど………出来ることが、あれば……言って……」
「……そうか」
そこまで言われては、流石に無碍には出来ない。
アランは考えた。この状況で何かして欲しい事はあるかと。
今は特に困っている事は無い。やりたい事もあまり無い。金銭が関わる頼み事は罪悪感があるので、流石に遠慮したい。
「う〜ん」
目を瞑り、考え続けた結果、アランは一つの提案に至った。
「じゃあさ、暇潰しに付き合ってくれないか?」
「暇……潰し……?」
「さっきも言ったけど、当分は暇になるからさ。俺、友達一人しかいなくて……隣の部屋に住んでるリオ・ロゼデウスって奴なんだけど、アイツとも常に暇な時間が合うわけじゃないから。暇潰しの相手になってほしい」
「良い、けど……何するの……?」
「何でもいい。適当に喋るとか、遊ぶとか、勉強するとか、天上のシミを数えるとか。まぁ俺も対人経験が少ないから、イマイチ何すれば良いか分かんないけど」
「……なるほど」
アシュリーは今回の一件で実感した事がある。
口下手な自分を直さなければ、また何かのトラブルを引き起こすかもしれない。いい加減、人と話す事に慣れるべきだ。アランの暇潰しに付き合っていれば、自然とマシになるだろう。
これは恩返しも兼ねられる良い話だ。
「分かった……じゃあ、それで……」
このぎこちない承諾が、二人の関係の始まりだった。
互いに人付き合いに慣れてない者同士なので、最初は本当に微妙な間柄だった。そこを上手く取り持ったのが、人間関係のプロフェッショナル、リオである。
三人はすぐに仲を深めた。この日の二週間後には、リオとアシュリーにアランが聖装具の正体を明かすくらいには仲良くなかった。
当時は無口だったアシュリーは、今では何も意識せずともスムーズに話せるようになった。アランもかなり人付き合いが上手くなった。
きっかけになってくれたリオには、二人はかなり感謝している。言葉にしたことは一度も無いが。
大問題はあったものの、結果的に見れば、アランは多く得をしたのである。
***
アランとアシュリーがぎこちない会話をしていた頃、学園長室に訪れていた者がいた。
ピンクの短髪の少女が、気怠げにソファに転がっている。半開きの眠そうな蒼い双眸で、シリノアを見ていた。
「……という訳で、学園の敷地の修復を君に頼みたい。シエル・グレイシア」
シエル・グレイシアは一度大きく欠伸をすると、シリノアの提案に返事した。
「面倒だぁけど、そぉのくらいの規模ならぁ……まぁ良いよぉ。受けてぇあげる」
その代わり、とシエルは人差し指を立てた。
「さっきのぉ条件にプラスでぇ、もう一個、条件をぉ追加してぇも良いかぁな?」
「構わない。何が欲しいんだ?」
「まだ先の話になぁるけど、第二回序列戦があるじゃぁん……そこでさぁ」
珍しく笑みを浮かべながら、シエルは告げた。
「アラン・アートノルトと戦わせてほしいなぁって」
「アイツとか?」
「そっそ〜。あの戦いを見てたぁら、ちょっと気にぃなってきちゃってぇさ。私もアラッチも実技成績近いしぃ、不可能じゃないでぇしょ?」
「確かに可能だが……」
意外な提案だったので驚いたが、デメリットのある話ではない。むしろ今のアランには、良い経験になるだろう。
「分かった。その条件を呑もう」
「うぅい、じゃあ今晩中に敷地ぃ治しとくかぁら」
シエルはゆっくりと体を起こし、寮の自室に帰った。
アランが知らないところで、些細な裏工作が行われていたのだった。この事を知るのは、アランがシエルに勝った後である。




